見出し画像

日記 20200528-0608


 2020年5月28日

 ごく短時間だけコンビニのバイトの掛け持ちを始めたらしい。でも同僚さん達の立ち回りが雑で雑で、全然フォローしてくれないし、雑談ばかりしてるし、私一人にレジ業務の負担が押し付けられている。私は慌ててレジを飛び出して、散らばったカートを適当に片付けて……コンビニなのに? ……次の仕事に間に合うために急いで退勤しようとするのだけど、出退勤を管理する機械の操作が分からない。慌てて触ったら変な画面に飛んでしまった。多分、退勤出来ているはずなのだけど……横から現れた店長のおじいさんは、私のことを誉めてはくれるのだけど、機械の操作を手伝ってはくれない。駅のホームで乗り換えを待っていたら、線路の際、向かいのホームのしたあたりに異様に輝く切れ目があった。その切れ目がうねうねと、ちかちかと、気分が悪くなるように動いているから、私は自分の眼が狂ったのかと心配になる。こんなもの、時空の裂け目じゃないか。これは、本当にホームの一部分に隙間が出来ていて、このホームが駅の一段高いところにあるから、下段の景色が微かに透けているのだ。チカチカしているのは電車の車体だろう。正体が分かれば別に怖くない。なのに尚も切れ目の向こうが不自然に動いていて、眼がガチャガチャして、こうやって私達は日常のなかに異界を発見するのだな、と思ったりする。電車に乗り込んでも後遺症が残っている。頭痛を起こさなければいいのだけど。夕方には、夕立が降った。夕立らしい夕立というのも季節感があって乙なものだ。甘く焼けた空気が湿っている。帰りの電車で寝落ちて、最寄り駅で慌てて飛び起きたら扉を跨ぐ寸前に、かちゃん、と何かが落ちた音がした。咄嗟に意味が分からず動転してしまった。私のボールペンが何かの拍子に飛び出して床に落ちたのだ。私は不格好にくるっと一回転して、運良くホームの隙間に落っこちずに済んだボールペンを拾い上げてホームへと飛び出した。我ながら無様な醜態である。寝起きに不意の動転を喰らったせいで、首筋の動悸が凄いことになってる。線路沿いの空には紫色の平べったい痣が浮かんでいる。随分と日が長くなった。今夜は午前五時まで延々と『36℃を越えない日々』を書き続けた。最後の二時間は、脳味噌の体力の限界がきて論理がぐらぐらに崩れ掛けたけど、今日のところはギリギリのところで誤魔化せたんじゃないかな。誤魔化したところで完全に頭が止まった。脳味噌が野球ボール並みに固まってしまっている。寝不足が確定した夜、というか朝、というのは本当に絶望的な気分になる。


 2020年5月29日

 その行列は,最初は船だったけど、途中から運搬用の歩行ロボットになる。もうオンボロの歩行ロボットだ。今日はペンギン型のロボットが寿命を迎えた。子供達が、ぺんたんばいばーい、と手を降った。私は驚いて飛び起きた、良かった、まだ出勤には全然時間がある。動悸がばくばく騒いでいる。とある女の子との約束は、何年も掛かった。少年はおんぼろの自分の船を濃いで、お互いすっかり歳を取って、水辺で再会するのである。その洋風屋敷ではパーティーの途中に殺人事件が起こる。全て繋がっている。覚醒と微睡みを細かく交互に繰り返してどうにか起き上がる。舌には巨大な口内炎が出来ている。こんな派手な口内炎は久し振りだ。外は眩しいぐらいの天気だけど、高架橋を渡るバスから富士山は見えなかった。私は今日も考える。考えて、考え過ぎて、頭がぐるぐるしてきた。閃きが上手く繋がらなくて文脈が凸凹し始める。それで、考えに考えた挙げ句に飽きてしまうのは私の悪い癖なので、時間が掛かっても最後までは根気で書き切ろう。昨日の寝不足も祟って体調は最悪なので、一旦横になって回復に努める。シーバス・リーガル ミズナラ12年のロック、氷で冷やすと一層甘さが際立つ気がする。もう一押しがあるウイスキーだけど、氷が溶けてくると随分あっさり弱くなるようだ。クーベルチュールの80%エクアドルが終わって、普通の72%に戻ってきたのだけど、どうもあの野性的な濁りが足りない。エクアドルに比べて一枚が薄くて噛み応えも弱いというのもある。でも脂っぽさというか、嫌みのない甘ったるさは健在だから、直ぐにこの味にも慣れた。部屋に帰ると強い眠気に襲われるし、寒暖差で胃を痛めたせいか最近は日記を書く気力すら弱っていて、それなのに一度考え過ぎると限界まで粘ってしまうから身体に悪い。スマホも直ぐに熱くなる。部屋はまだ熱を溜め込んでないし、服装次第では肌寒いぐらいだけど、それでも機械の熱を吸い取るには暖かくなり過ぎたのだろうか。結局午前三時まで『36℃』を書いていた。そこからお風呂に入って、二日連続で五時間睡眠を切ることが確定した。あれこれ論じたいことはあったはずなのだけど、ともかく纏まって書ける範囲で自分に前向きな結論を出せた気がする。こんな陰気な私であるが、何故か無理矢理にポジティブに持っていく不思議な才能はあると思っている。


 2020年5月30日

 今日は一日ずっと眠い。職場の忙しさも一段落がついてしまったし、すっかり気が抜けている。一度も入ったことのないまぜそば屋が潰れた。わりと新しい店だったのに、例の感染症の煽りをモロに喰らったようだ。一度も入ったことのない本屋が潰れた。こちらはちょっと衝撃的だった。確かに人通りの少ない立地だったとはいえ、通勤圏内の本屋が潰れる寂しい。でも東京は確実に賑やかになってきている。帰りの京浜東北線は異様に車体の揺れが大きい。キィー、キィーと怖い程に車体が軋む。駅への侵入が余りにも下手過ぎるので、多分、運転手が新人さんなんだろうと思う。今日は五月の終わり、そういう時期という気がする。ところで次の出勤から私の職場は通常営業に戻る。バスの時刻表も既に元に戻っている。私達の感覚に先立って、関東は元通りになる。線路沿いが今日も紫色に染まる。帰宅して艦これしてたら、スマホを何度も取り零す程に眠気が限界だったのでそのまま寝落ちて、案の定首を痛めて息も絶え絶えで眼を覚ました。明日こそは『36℃』を一気に詰めて公開したいと思っているのだけど、今晩は執筆の類いは無理そうだ。中途半端に眼が冴えてしまったので、朝の五時までそのまま延々とニコニコ大辞典とpixiv百科事典を泳いでいた。


 2020年5月31日

 自室なのか職場の作業所なのか分からないけれど,私は私服のまま、積まれた段ボールの中身を整頓している。休憩時間に私はふらっと外出して、何故か電車に乗り込んで帰ろうとした。電車のドアが不自然に早く閉って、戸惑った乗客達が引っ掛かってドアが再び開いた。元同僚さんがキャリーケースを引いて歩き去っていったのを見た。私は、休憩時間に電車に乗り込んでいる自分の不自然さに気付いて慌てて電車から降りた。駅はどんよりとした暗さである。私は母の実家周辺を歩いていた。私はそこで起こった出来事を丸ごと忘れてしまった。頭が痛い。天井はばったんばったんと引っくり返る。布団から立ち上がれないし、肝心の『36℃』を詰める元気もない。僧侶は眼前で、奇妙な方法で父親を殺されてしまう。けれど催眠術でその記憶を失っていたようだ。何か危険なものが河沿いを遡っている。もう普通の生き物ではない、捕獲は無理だ、仕留めねばなるまい。ところで私は母と一緒に、山の斜面に築かれた観光名所を見上げている。階段を登っていくと池が幾つかあって、ここからでは門の一部しか見えないけれど、その先には山寺が続いている。私達は地図を確認していて、山寺の更に向こう、一の池までは、私も行ったことがあるはずだった。私の記憶はぼろぼろで詳細が失われている。序盤のうちにRPGゲームで怪しい洞窟に入った気がするけれど、何処までが私の記憶で、何処までが私のフィクションだったのか? 夕方の六時半である。まだ外はぼんやり明るい。寝床がばたばたで、変な体勢で寝続けたものだから、頭が痛い、腰は痛い、首は回らない、喉は乾いた、寝込んでいるといえば、まさにその通り。天井で何かが転げ落ちる。今日は一日ずっと天井が五月蝿かった。主人公は鎖に繋がれてしまっている。彼は存外元気そうにしている。突如、鎖の怪物達の様子がおかしくなった。それから、怪物達が夜の公園に溢れ出した。実写映画が始まった。薄暗い公園を舞台に、白いぶよぶよした塊に軽トラックが吹っ飛ばされ、獣の怪獣の群れに少年が襲われて助けを求め、友達のカップルはそれを見捨てて走り出す。出撃するキャラクターを選ぶのだけど、頭がぼんやりして編成画面から進まない。私は結局夜の八時半まで寝込んでいた。月末の日曜日なので、艦これの任務だけ片付けた。体調が全く優れないままに六月になってしまった。今月のシフト表が行方不明になる。これでは次の出勤時間が分からない。再配達の紙が郵便受けに入っていて、締め切り寸前で慌てて再配達の手続きをする。夜中になって急に蒸し暑くなって、扇風機回して、倦怠していると眠るのすら億劫で、あちこちが痛くて、四時間睡眠を切りかねない勢い。日記を書くのすら怠いのだから執筆どころではない。行き詰まっている。息が詰まっている。遠くで、ごご、ご、ご、という雷のような音が聞こえた。シフト表は見付けた。


 2020年6月1日

 地獄眠いけど這いずり起きた。近所の幼稚園に入園式の看板が出ている。雨がしとしと降る。今年最初の蝸牛を見つける。バスは残額不足の乗客のせいで流れが止まり、駅の渡り通路は湿って滑り、うんざりするような朝の通勤ラッシュが再開した。第二波があるかもしれない、と私達は知っていて、そんな事実を全部他人のせいにして、私達は流れるように鉄の箱に詰め込まれていくのだ。座席は運良く確保出来たけど、真向かいに、透明な合羽を着た、喉に荷物からぬるっと伸びたホースを刺したお爺さんが腰掛けて、思わず自分の喉を押さえてしまった。サニーデイ・サービスの東京を聴きながら必死で車酔いのような辛さに耐えた。これが一ヶ月前だったら、加えて寒さでお腹を壊して、上野駅あたりで電車から飛び降りるところだった。無事に職場まで乗り切ったけれど既に満身創痍である。どうにか昼頃には体調を立て直したのに、秋葉原で派手に脚を滑らせた。脚を滑らせた衝撃で動悸が酷くなった。地下に潜る薄暗い中華料理屋では、おじさん達が喧しく酒盛りしている。普段もっと空いてて静かな印象の店なのに、今日は混雑してて騒々しい。飲食店ではみんなマスクしないて大声で喋るから今更だけど密度がちょっと怖い。店長さんが、顔見知りの常連さん達と、他店舗が閉店することになったとか何とか話していた。秋葉原は随分と平常運転に戻ってきている。こんな雨でも女の子達は傘持って道に繰り出している。秋葉原アトレを歩いていたら、急にお寿司を食べたくなった。私は生魚食べられない人間なのだけど、最近は味覚も違ってきてるから、試しに食わず嫌いに挑戦してもいい歳なのかもしれない。電車は朝より混んでいて荒川を越えるまで座れなかった。霧雨。霧雨は軽いから簡単に傘を掻い潜るので濡れる。紺色の紫陽花は夜に宝石のように光る。紫陽花が、一番執筆が進みそうな気がする。高架下の交差点の向こうのビルの一階に、新しいパスタ屋が出来た。この時節でも営業していて、交差点のこちら側の飲食店も飽きたし、折角だから寄ってみようと駆け足で交差点を渡った。そこそこ繁盛している。暗い、ドロッと赤みがかった空気だ。店内には行列が出来ていて、カウンターにはパスタの皿が幾つも並んでいて、ここから好きなパスタを選ぶ仕組みらしい。私はパスタ屋の関係者らしき人達にインタビューをしている。舞台は彼等の故郷の薄暗い歴史へと移っていく。肌寒さに眼を覚ました。ボウモア12年のロック。冷え切れば磯臭さも上品さを纏うものかと思ったけど、本当に最初だけだ。また無茶な新しい企画として、小説や漫画や音楽の短評ノックを思い付いたので、一先ず試しに執筆用のフォーマット探しを始めた。執筆用アプリはつくづく最適解がない。最速の自動保存機能、文字入力時の勝手の良さ、雑に使えるシンプルさからcolornoteを愛用してるのだけど、一定の文字数を設定したり、数百字レベルの比較的短い文章を複数管理したりするのには向いてない。スマホ版の無料Wordがもっと使いやすければいいのだ。慣れればレイアウトからフォントから手軽にカスタマイズ放題で、不器用な人間にはどうも煩わしいスマホ画面操作も不要なPC版Wordの利便性の高さが懐かしい。取りあえずpencakeというアプリを入れてみた。もうちょっとカスタマイズ性に優れているといいのだけど、小分け記事を書くには適していそうなので先ずはお試し。いまいち眠れなくて、夜更かしに艦これを触ってたけど、今日は六時間睡眠は確保出来るはず。地味に寒い。最近寝床が歪んでるので、枕の位置を反対にして眠る。


 2020年6月2日
 
 その大学教授が自殺したとき、私は直ぐ傍にいた。彼女の死体は水のなかから出てきた。サニーレタスのような何かが一緒に浮いてきて、私はその謎の真っ黒い濡れたふわふわを触わらねばならなかった。石庭の校門の階段で、私は眼を覚ました。私は彼女の死に関わっていたはずだ。でも、どんな風に? 私は私の関与を忘れてしまったけれど、私が重大な過ちを犯したのは確かである。イタリア語の履修がどうどか、擦れ違った学生が喋っている。私は友達と一緒に学校に隣接している駅まで歩いた。駅は通路と階段が入り乱れた巨大な迷宮になっていた。私は迷宮に迷うまでもなく酷い眩暈に襲われて、通路の隅にばたんと寝込んでしまった。他の友達が倒れている私を発見して、駅のベンチまで私を引っ張ってくれた。私の曖昧な記憶。警察がカーチェイスしている。その男性はあくまで身代わり役だったはずなのに、最後には気が狂っていた。何かをしなかった私達は村人達から腰抜け扱いされた。その黒いアンテナのような生物は、死にたがりだった。死ぬために、水槽の水底で他の水中生物達に積極的に絡むのだけど、どうしても生き延びてしまう。最後はウニに絡んで、水蜘蛛の巣のようなものまで身に纏ったけれど、多分それでも死なない。私は自分の罪を思い出せない。私は何か研究に関係していて、複雑な罪に脚を突っ込んで、罪悪感に耐えられなくなっていたはずなのに。私は私の悲しい冒険を取り零したまま再び意識を失う。朝から天井がごたごた鳴る。楽しいイベントが終わった。最後に出演していた三人のおじさん達が私達の前に現れて、みんなでわいわい踊った。私は余り乗り気ではなくて、いそいそとその場を離れた記憶があるけれど、一体どんなイベントだったのだっけ。忘れてしまった。私は何処かを旅して帰路に付いている。ここは、私がいつか知っているはずの場所だ。河の上流にあって、木造立ての垂直に切り立った不思議な高層建築の平たくて継ぎ接ぎした壁が聳えている。竹林の根元で女性が何か困っている。声を掛けたら、彼女は私の親戚なのだという。私は彼女の家に招待される。親戚達の顔は誰一人知らなかったけれど、狭くて薄暗い居間にわらわらと現れた親戚達の一人に、確かに私の祖父が混じっていた。祖父は既に亡くなっている自分の兄弟姉妹達の話をし始めた。浮浪少年が、とある山際の段々になった展望台で、客と添い寝して暮らしている。私はそのしたのテラスを借りて一人眠る。どうやら私も暫く浮浪しているようだ。青年達の仕事は不思議な白石を特定のポイントに運ぶことだった。河岸の岩壁の狭い隙間に据えられた神社にそのポイントがある。しかし巨大怪獣が河中に陣取って暴れている。しかも他の怪獣まで現れて、彼等の一人は怪獣達の暴れる衝撃で吹っ飛ばされて神社の屋根を突き破った。でも何故か無事に生きていた。神社には浮浪者のような老人が住んでいて、老人は彼等に何かヒントを与えた。とある建物の看板がライトアップされる。すると何故か怪獣がそれに引き寄せられる。警官達が慌ただしく現場に集い、老人は怪獣と真正面から向き合って、ポーズを決めながら何か紙っぺらを取り出した。きっと老人はこれから何かに変身するのだ。ところで青年達は、この隙に捕まって豚に変えられていた仲間を救い出してキャリーケースに匿った。怪獣の眼の届かないぐねぐね折れ曲がった地下に潜ってここを脱出した。彼等が発見した次のポイントは、遺跡とは名ばかりで全く発掘されていなかった。まるで公衆トイレのような薄汚い場所だ。足元の土は砂のように柔らかくて、彼等がせっせと掘り進めると地中から階段が現れた。いつの間にか青年達は少年達になっていた。遺跡の周辺は、大きなカーブのある道路沿いの、畑に雑草が生い茂るばかりの薄暗くて寂しい場所だ。少年達はまた青年達に戻っていた。一人が、就職はしたものの、上手く馴染めなかったり地方に飛ばされたり、最後は解体関係の仕事を任されたもののえげつないほど怖い廃墟ばかり任されて逃げてきたのだと明かした。彼等は今現在、何処かの廃墟にいた。壁を押したら、埃まみれの白骨死体が倒れてきた。背骨と後頭部に銃で撃ち砕いたような跡がある。電灯の傘に、月詠某、と名前が書かれている。また青年達は少年達に戻っている。人数がやたら増えている。月、がポイントではないか、と少年達は自分達の名前を確認し始めた。彼等の名前には月の文字が共通していたのだ。肋骨が窮屈な感じがする。息苦しいというか、首も痛いし、酸素が足りなくてぐっすり眠れないのだ。相変わらずどんな不調でも36℃を越えることはないのだけど、何か健康対策をしなければならないと思う。眩しい。蒸し暑い。電車のなかで紫陽花を少しだけ書き進めた。胸から肩に掛けて、何か、詰まったような息苦しさがあって眠れなかった。RaNi Musicを聴きながら息を切らす。私は怒られる。数字が狂って、何が起きてるのか分からなくて諦める。暇なのに忙しい。忙しいのに暇だ。今日の私はテンションが著しく低い。仕事中も変わらず首が硬いので、ぐりぐり乱暴に曲げてたら、ぼぎっと硬いものが削れるような嫌な音がした。福井県の地元ではもう給付金が届いたと実家から連絡がきた。赤羽駅で停まる直前、突然に乗客の誰かがあっと叫んだ。私達は周りをキョロキョロした。別に何も起きていなかったけれど、私達は揃ってそわそわしていた。先程叫んだらしき外国人の男性は、何事もなかったかのように平然と赤羽駅で降りていった。本当は帰宅したら着替えて一走りするつもりだった。でも部屋まであと一歩のところで、突然に前のめりな眠気が襲ってきた。寝床もまともに整えず変な体勢で寝落ちてもう朝の四時だ。明日が休みで良かった。左眼が痒い、背中が痛くて眠れないので、八時半までWikipediaでフランス革命の関係者達の末路を読みながらずっと悲しい気分に浸っていた。仰向けで、左手を額に当てた体勢でスマホを見てるから接触点の頭蓋骨が痛い。郵便の再配達もあるし、このままずっと起きていようか、と自棄な気分になる。こないだまた艦娘を轟沈させてしまう夢を見たことを唐突に思い出した。


 2020年6月3日

 文芸部に顧問の女性が現れた。それも外国人の顧問である。私達の文芸部は、人数はいるけれど幽霊部員も多くて、好きなときに好きに書いて部誌を発行する緩い活動をしていた。顧問の先生はこの緩さが不満だったらしく、教室に部員達を集めて自ら率先して指導を始める。しかし、小学生向けの国語のドリルを配るのはどうだろう? 最初の頁が「自分の名前を書きましょう」なのである。新しい部員達は自分で積極的に新人賞き応募していて、なかには選考が通った女の子もいるらしくて、私はちょっと嫉妬する。私は何度も他の部員達から頭を掴まれる。何でだろう。体育館のような場所で、創作大会が開かれている。審査員達の厳しい講評に続いて、点数がエフェクトをつけて画面に表示される。結構悪い点数のように思えるけれど、参加者達は無闇に喜んで飛び跳ねている。しかし、小説というのは、舞台のうえに立って、お題を受けてから集団で急いで作るものではないと思うのだ。これは、絶対に私には向かない。因みに元ネタは以前Twitterで見掛けたとある創作漫画である。所変わって、今度はみんなでアニメを作っている。私は絵が描けないので彼等の作業を横で応援している。一番重要な話の作画が特に大変だったようだ。私達の知らないところで新宿が封鎖されていた。都会の真ん中で建物が崩壊していた。それは兎も角、彼等のアニメ製作は終わったようで、みんなで互いに健闘を称えている。忙し過ぎて完成品を観れなかったひともいたらしい。彼等の一人は海外で仕事をしてみたいと意気込んでいる。私達は作業の折りに使っていた寝具を蔵に片付ける。蔵の置くの押し入れのような場所に運び込んで、畳んだ寝具に、何か意味を託した色紙を一枚一枚挟んでから仕舞っていく。とある若い女性が色紙の意味を説明している。どうやら、私達の仲間のうちの一人が、死んでいたらしかった。最後に何か悪い買い物をした。今日はこれでお終い。今日も一日天井がどたんどたんしている。最近の喧しさには悪意すら感じる。私は退屈を持て余して程好い生温さの曇天に走り出した。高速道路の高架沿いは陽当たりも悪くて、所々空き地もあって陰気だ。ここは夜中に歩くことが多いので、昼間から走るのは新鮮な気分である。あらゆる隙間から雑草が激しく茂っていて、人気もないから野蛮で、寂しい。大量の自動車を行き来させるために作られた幹線道路沿いの土地は、地べたに足を着けて歩く人間のために整備されてはいないのだ。工事用資材を販売している専門店のシャッターが閉まっていて、心配になって扉に貼られた貼り紙を読んだら、単なる短縮営業だったようで一安心した。私は何度かコースを外れて、路地の向こうに見えたスポーツセンターや学校の周囲で道草を喰った。住宅街のほうに一歩踏み込めば、区画の整ったベッドタウンの安穏がある。平日の夕方だけど学校が開いている気配はまだない。全国大会出場の看板が並んでいて、三ツ矢サイダーのペットボトルを持った大人達が何か話していて、子供達が狭い玄関先のアスファルトのうえでボールで遊んでいる。小鳥が簡単に柵を潜り抜けて学校のなかに忍び込んだ。この街は狭い。狭くて窮屈けれど、私一人が把握するには、余りに広過ぎる。この街のふと曲がった路地の一つ一つにちゃんと小さな物語がある。それを私達は、きっと死ぬまで一握りすら把握することはないのだ。折り返し地点のコンビニで水分を補給したら、今度は高速道路を挟んで反対側の歩道を走る。こちら側を通るのは埼玉に引っ越して以来初めてのことだ。相変わらず陽当たりの悪い空間で、土木や建築関係の事務所が割合に多い。歩道をトラックが封鎖してしまったりもする。今日はやたら外国人と擦れ違う気がする。みんな同じ顔をしている。大人も、子供も、みんな同じ顔をしている。大きな用水路が暗渠に消えて、そのうえは駐車場と、柵に囲まれた立入禁止区画になっている。これはどうでもいい情景。畑や空き地では雑草が元気に育つ季節。やっと見知った交差点まで戻ってきた。私は部屋に飛び込んで、用意しておいた銭湯セットを拾い上げた。何故か、ランニングの前に差しておいたはずのスマホの充電が外れていた。充電があと25%しかない。充電が溜まるのを待とうにも、部屋に飛び込んだ途端に汗が吹き出してきて不快だ。私は25%しかないスマホを手提げに放り込んでさっさと銭湯に向かう。一時間走って、一時間の長風呂。これは私にしては健康的な生活。でも湯船は熱過ぎるので、ずっとシャワーを浴びていた。数年前はもっと良心的な温度だったのだ。知らぬ間に入湯料が430円から450円に値上げしていて、些か気分が落ち込んでしまった。近所のホームセンターはまだ五時半閉店だったけれど、コメダ珈琲店は九時まで営業が延びていた。コメダ珈琲店で何か作業をやろうにも、日記を触っていたらスマホの電池が10%を切ってしまった。山尾悠子の歪み真珠を半分ほど読めた。食事をしたら急に眠気が襲ってきた。二日連続で致命的なぐらいに鈍くて重い眠気。先日首を寝付きが悪かったのも響いている。そういえば銭湯で、自分の太股に謎の黄色い染みが出来ているのに気付いた。幾ら洗っても全く取れない。位置的にポケットの小銭がじゃらじゃらとぶつかっていたところだから、打撲痣の一種かとも思うけど、余りに不気味に黄色過ぎる。私は私の皮膚の現象すら分からない。私は私の肉体を全く制御することが出来ていない。帰宅後は、ずっと放置していた積本の積み直しを遂に終わらせて、要らない敷布団とか枕とかをクローゼットの放り込んで動線を確保するところまで完了した。部屋が随分とスッキリした。冬の惨状に比べればすっと部屋が過ごしやすくなったのに、今日は眠気がどうしても抜けなくて、一向に作業が手に付かない。給付金の申請書が届いた。あと遂に布マスク二枚も届いた。直ぐに申請を用意したいところだけど、極まった眠気と痛めた首に気力を吸い取られたので、今日は後回しにすることにする。眠る前に、白州をロックで。


 2020年6月4日

 もう何の遠慮もあったものではない。朝の電車の混雑に文字通り窒息しそうになって、息を切らして職場に辿り着いた。肋骨を痛めたような気もする。私達は毎朝ちょっと面倒臭そうな顔をして危険なロシアンルーレットに乗り込む。この街に生きている限り、私達がこのルーレットから逃れる術はないのだ。胃腸の調子が悪化した。また胃薬を使い始めた。珍しく事務員さんと休憩室で地元トークが弾んで、そのまま駅までだらだらお喋りして別れたところで、他人の貴重な時間を私の地元の方言ネタ如きで浪費させてしまった罪悪感が頭に落ち込んでしまう。お喋りは好きだけど、お喋りは苦手。詰まらない性格。電車のなかで座席でころっと寝落ちたら、案の定眼が覚めると同時に貧血じみた頭痛に罹る。嫌な動悸がする。胸が痛い。胸が痛いのか、肺が痛いのか、肋骨が痛いのか、食道が痛いのか、肩が痛いのか、首が痛いのか私にはまるで分からぬ。体調が悪くても熱がないことだけが私の知り得る事実だ。この時節には、この事実だけが私の最後の砦である。実家から貰ったギフトカードを使い切るために薬局で湿布や漢方を買い込んだ。蒸し暑さと貧血じみた頭の重さとで、帰宅して即刻寝込んだ。気力を振り絞って艦これのデイリー任務を消化しようとすれば駆逐艦相手に驚異のmiss祭りが始まる。今日は完全に駄目な夜、執筆も読書も無理、かといって、眠いのに夜が眠れない、眠るための最後の一線を越えるのにも体力がいるわけで、寝込むとスマホが仰向けでしか触れなくて、画面が微かに傾いただけでくるくる回転して頭が痛くなる。いい加減にマスクを外したい。呼吸が苦しくて余計に疲労が溜まるし、何より、蒸し暑い。体調を建て直すために大量の湿布とサポーターで首をぐるぐる巻きに武装した。サニーレタスの一玉を頑張って食べたら夜が深まってしまった。扇風機を着けないには暑く、扇風機を点けるには、下痢が怖い。今日はお酒を煽る余裕もなかった。ユニバーサル・デザインのことを考える。誰にでも使える言葉について、私達の文体について。貧血対策に購入した四物血行散が劇的に飲みにくくて、驚いた。


 2020年6月5日

 昨日の四物血行散が効いたのか寝起きは良かった。でも朝から四物血行散を飲んだのが悪かったのか、ちょっと乗り物酔いした。座席を確保出来て良かった。胸がつらい。首を痛めた延長だと思ってたけど、布マスクで呼吸困難を起こしてるだけの気もする。仕事終わりに短縮営業が解除された星乃珈琲でスフレパンケーキ食べる。私のせいぜいの贅沢。珈琲は苦いので頼まない。やっと日常が戻ってきた気がする。『36℃』を詰めに入った。締めを書き上げれば概ね完成、日曜日には日記と一緒にnoteに挙げれそうだ。千葉の友達からLINEが飛んできた。スマホの電池不足で反応が遅れて生存を心配されてしまった。けど私達四人組では、健康診断引っ掛かってる他の二人のほうが危ないはずなのだ。私のは、神経だから、健康診断では全然不調が出ない。私は数値のうえでは健康である。最近電車を降りると急激に疲労が押し寄せてくる。猛烈な眠気で動けなくなって艦こればかり触る。ランニングする余力もなく、眼も痒いし、今日は寝てしまおうと思うのだけど、洗濯物干したり寝床整えたり、眠り支度をする元気が微塵もないので、今日も天井ががたがたするのに苛々しながら、寝込んでいる。文字通り寝込んでいる。私は根性で布団から跳ね起きて、洗濯物を干して、景気付けにシーバス・リーガル ミズナラ12年をロックで舐めた。やっぱりロックだと「甘さ」がある。セブンイレブンで買ったレモン風味のスモークタンの酸っぱさとも相性がいい。でも酔ったら酔ったで動けないじゃないか、と、艦これの改修更新で失敗してネジ五個が一度に消えて、途端に眼が冴えた。憤りがぶわっと溢れて、何か手頃なものでもぶん殴ってぶっ壊したい気分になった。消失、全く何の利益も痕跡も残骸すら得られない、無意味な、完全な消失こそ、私がこの世で最も嫌悪する現象の一つだ。ネジ集め地獄が相当なストレスになってるのは悪い兆候。ゲームは遊ぶもので、ゲームに遊ばれちゃいけない。鉛筆の黒鉛には鉛が含まれている、という迷信を、わりと長らく信じていたかつての私を思い出した。黒鉛は炭素のみからなる。今から考えれば当たり前のこと。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%88蒸し暑くていけない。眼が痒い。ふ。



 2020年6月6日

 金色の宝箱。小さなおじさんを踏み台に、腰まで水溜まりに浸かって胸を堂々と立っている少女。首が痛くて眼が覚めた。掛け布団を背凭れにして角度をつけて眠ったら、首は楽になったけれど、肩甲骨の後ろから腰まで背中が痛む。挙げ句、何故か右足の裏がつりそうになった。夜から雨が降ったので暇だった。やっぱり右足の裏がつりそうだった。太ったおじさんが汗を拭きながら座席の角にどんと凭れて、座ってたお婆さんが、露骨におろおろした顔でその背中を見遣る。お婆さんは王子あたりで逃げるように降りた。やっと『36℃』が実質的に執筆完了。あとはnoteに転載するだけである。この日記もnoteに転載予定だけど、相当な編集と修正が必要だろうから、明日一日で公開まで持っていけるだろうか。シーバス・リーガル ミズナラ12年のロック、セブンイレブンのレモン風味のスモークタンを併せて。苦味に溶ける甘さと浅い酸っぱさの組み合わせが最近では最大の収穫。艦これの任務消化に手間取って不機嫌になった。四物血行散の飲みにくさが壮絶で、やたら苦い粉末が塊になって喉に張り付いて、要するに、最悪だった。でも天気が悪いから寝る前に低血圧対策はしておきたいのだった。


 2020年6月7日

 バスは美しい煉瓦造りの校門の前を通る。学校の縁に沿って走っている。校庭には桃色の花が遠く咲いている。バスは堤防の狭い道路に乗り上がったけれど、一本道で対向車がやって来て、立ち往生する。これはまた全く関係のない別の校舎の一階で、廊下の蛇口で手を洗おうとしたらお湯が出っぱなしになっていた。お湯は途中で、胎児のようなものを納めたガラス瓶を経由しているから、勝手に蛇口を締めていいのか判断が付かなくて、私は周りにいた人達と相談した。私達は屋上に登って、そこから直接繋がってるグラウンドに出た。遠足の代わりのスポーツ大会だ。ある生徒達は三対三のバレーを始め、私達は、サッカーを遣ることになった。私は左サイドで走り回るのだけど、例の如く脚が痺れて上手く動けない。試合は自然とボードゲームになり、サッカーですらなくなり、派手なエフェクトで大爆発が起こり、敵の布陣したヘリコプター、ということになってる不細工な灰色のコマに対抗して、こちらもヘリコプターを幾つか配置した。ヘリコプターは足場のあるところにしか設置出来ない。不安定な場所に置いたのでコマが傾いている。私はランニングに出掛けた。前回は高速道路の高架沿いに右へ、だったので、今日は高架沿いに左へ。高架下の交差点で幹線道路を横切れば、南浦和駅方面へのルートになる。けれど私は、多分今日初めて、そのまま高架に沿って真っ直ぐ進んだ。左手は柵を挟んで学校の敷地である。高架沿いは雑草が繁って陰気だ。でも、軽く運動するには、この涼しいぐらいの陰気さが丁度いいとも思う。路地の向こうに雑木林がある。街中の雑木林は神社か寺院と相場が決まっているので、寄り道して柵の周りをぐるっと歩いたら、神社でも寺院でもなく、古い御屋敷の敷地の玄関があった。正面入口は黄色いプラスチックの鎖で封鎖されている。門前の花壇に花が咲いていたから、管理はされているのだろうけれど、現在もまだ住居なのか、それとも保存建築物なのか、私には判断が付かなかった。高速道路の高架のしたに公園があった。それもかなり広い。ちょっとした運動公園だ。日曜だから、子供達が遊んでいる。公園は日向に土埃と芝生の青を映えさせるもの、と先入観があったけれど、この街の子供達は、この天井のある公園を余り前にして育つのだ。それはとても不思議なことだと思った。公園には自転車スポーツ用の起伏のあるコースが用意されていて、子供達がスポーツ自転車を上手に乗りこなしている。巨大なゴリラがいる。冗談ではなく、ゴリラである。最初は何事かと思った。くねっと波打つ時計の柱を掴んだ巨大なゴリラのモニュメントが、日陰にどよっとした公園の端で仁王立ちしている。いよいよこんなものは私が知ってる公園じゃない。公園は線路に突き当たって途切れた。私は仕事帰りに線路沿いを歩くのだけど、ここは、私が知らない線路沿いの視界である。一帯が車両センターになっているのか、フェンスの向こうの空間がいつにも増して分厚い。高速道路の高架はそのまま線路を跨ぐ。並走していた車道も、同じ高さまで高架に上がる。公園の端には歩行者用のスロープがあって、坂道ダッシュに都合が良さそうな急斜面を勢い踏破すると、歩道は高架の高さで自動車と並走して、私達の平べったい街が灰色に敷き詰められた眺望がある。高架を走る電車から流れていく埼玉の街並みを眺めるのは好きだ。でも、自分の脚でこんな高さまで登るのは、酷く珍しい体験であるように思う。線路向こうの高架下のスペースもちゃんと活用されている。自動車教習所である。えっ? 教習用のコースがあり、緩衝用のタイヤが積まれ、二輪講習の先生が何か指示している。一目見て直ぐに分かる程に自動車教習所である。ゴリラの次が自動車教習所なのだから、私は軽く走りながらへらへらと笑ってしまった。確かに教習用の自動車は頻繁に近所を走っていた。でも肝心の教習所が、こんなところにあるなんて思いも寄らなかったのだ。私達は、青空の真下で、或いは雨のアスファルトのうえで、恐る恐るアクセルを踏みながら免許を取るものだと思っていた。この街の若者は、自動車が頭上を駆け抜ける、天井のある薄暗い教習コースで自動車の免許を取る。私の予期せぬ世界。私の寝起きする場所から軽く歩ける程度の距離に、私の知り得なかった生活体系が、こうも普通に広がっている。教習所の向こうは再び公園である。距離的には大した運動ではないのだけど、今日は呼吸が詰まるのが些か早いようだ。余り無理して走れる体調ではないことを考慮してそろそろ折り返しどころを探していたら、高架に上がっていた車道が降りてくる付近に、反対側に渡るための歩道橋を発見した。真っ白な大型犬だって歩道橋を渡る。この街は平べったい。でも下手に捻ねくれないで素直に眺めれば、灰色のブロックが凸凹と突き出して、大地に硬い起伏を作っている。その凸凹を、まぁまぁ面白いと思えるから、今日はわりと元気だと思う。こちらの歩道は日向になっていて明るい。歩道は教習所の敷地にぶつかって途切れてしまうので、再びスロープで高架の高さまで登って、線路と一緒に教習所の敷地を纏めて飛び越える。高速道路の料金所が見えた。高速道路の料金所を、自分の二本の脚を使ってだらだら走りながら横目にするというのは、何気に貴重な経験なのかもしれない。ゴリラのモニュメントを横目にスロープを降りて、遊んでいる、というより、元気にスポーツをしている子供達の若い声を聞きながら最後のスパートを掛けた。この公園の名前は、本当にゴリラ公園というらしい。何も間違っていない。ぐうの音も出ない。前回高速道路沿いを反対方向を走ったときは、同じ顔をした外国人と良く擦れ違った。けれど今日はやたら大型犬を引き連れた散歩者と頻繁に出会う。これは曜日の違いなのだろうか、それとも、住み分けの違いなのだろうか。今日は息切れも酷かったので無理せず三十分程のランニングで切り上げた。銭湯直行セットを玄関先に用意してたのだけど、何だか面倒になって、部屋でシャワー浴びるだけにした。汗を洗い流してだらだら艦これ触ってたら段々頭が痛くなってきた。首も、眼も痛くて、姿勢が悪くて血行が悪化したのか、逆に頭に血が溜まってしまったのか、それとも水分や糖分不足なのか、今日は『36℃』と日記とを最終調整して挙げるつもりだったのに、一切の作業をする気力を失って部屋で寝込んでしまう。貧血ならば何かしら効果があるはずと、四物血行散を飲んで日記を書きながら横になってたのだけど、いまいち息苦しさは治らなかった。道満晴明のヴォイニッチ・ホテル読んだ。道満晴明のなかでも一番好きな作品。道満晴明の小気味の良い散漫さが土着的・魔術的な舞台設定と上手く噛み合って不穏なのに軽く、軽妙なのに深い。眠気はないけど上半身が持ち上がらないし、喫茶店や飲食店に逃げようにも外出もままならないし、今日は作業を早々に放棄して、足りないネジを求めて艦これの週末の追い込みを優先することにした。掘りを兼ねた3-4を周回は一発大破撤退の嵐、殆んどギャンブルの様相を為し、ようやくあと1勝で5勝達成の場面、かつ中破無しで最後のボスマスに進もうというその直前でエラー落ちしてチャンスを潰される。流石艦これ、ネット接続すら日頃から慢心してはならないのだ。ゲームの遣り過ぎで首が痛さが痛烈に悪化する。いよいよ私は給付金の申請書類を書き込むことにする。一緒に住民税の通達まで来ていたので、テンションが急激に下がる。給料は一向に増えないのに年々税金の負担ばかりが増える。住民税の通知が来たときばかりは、普段呑気を気取って生きてる私も一介の不満を抱えたプロレタリアになってしまう。駄目だ駄目だ、私にはまだ修行が足りない。でも、ただでさえ時短で給料減ってるのに、今月中にそんな金額を払えと言われても無理だよ、というのは正直な本音。近所のコンビニに通帳と免許証をコピーしに行ったら、財布のなかには24円しかなかった。日曜日の夜だからATMは使えない。何だか身に覚えがある展開である。ともかく24円あれば最低枚数のコピーは出来るのだけど、コピー用紙は切れるし、印刷は明らかに薄いし、こういう時の間の悪さには我ながら定評がある。部屋に帰っていつもより綺麗な文字で必要事項を書き込んで、神経質なので何度も執拗に記入を確認して、今度は近所にポストが見付からない。可笑しい、コンビニの駐車場に一つあったはずでは? 一旦部屋に戻り、スマホでポストの位置を調べて、また出掛けて、投函して、私はすっかり疲れ果ててしまった。今日の私は本当に心身の調子が悪い。封筒の封を閉じてから、物凄く細やかな懸念が浮かんだ。でもこの懸念が的中しようものならとんだ笑い話になるので、ネタは後に取っておこうと思う。湿布をべたべた貼る。ジェムソンのロックを舐める。シーバス・リーガル ミズナラ12年を「甘い」と感じてから呑むと、ジェムソンは苦味で舌が痺れるような風味だと思う。うん、なかなか眠れないものだ。今日も寝損ねている。寝損ねている。


 2020年6月8日

 将棋の大会が開かれている。参加者の一人の挙動が明らかにおかしい。変な動きで対戦相手に擦り寄り、遂には将棋盤を引っくり返ってしまった。ところで、プロの棋士達なら、たとえ引っくり返っても盤面は全部暗記してるものなのだろうか? 所変わって、何人かの棋士達が小さな部屋に集まっている。二人一組で四組、将棋のリーグ戦を始めるようだ。私は窓の外から彼等の様子を覗いている。試合の前に鉄板を使って昼御飯を作るらしい。その模様を、誰かがビデオカメラに撮っている。いつの間にか部屋のなかに混ざっていた私も映っている。顎に醜い吹き出物が腫れていて、みっともない。窓から海辺の街を横切る電車が微かに観えた。発起人の一人が何か歌を歌って、私は下手くそなハミングを合わせた。参加者の一人は外国人なのだけど、この名前、フランスか何処かの有名な作家じゃなかっただろうか。日本列島の地図があって、その海岸線を引き合いに出して、あっちが北、こっちが南、と誰かが説明している。いや、あっちが東でこっちが西だろう、と私は心のなかで突っ込む。そもそも敦賀の海岸線は日本海側じゃないか。なら、ここは瀬戸内海ということなのだろうか? 因みに私は将棋に全く詳しくないので、肝心の将棋の試合は何時まで経っても決して始まることはないのだった。紫陽花が綺麗な季節である。紫陽花、ツツジ、ドクダミ。季節は私達を置き去りに勝手に変わっていく。目覚ましに叩き起こされたので嫌な動悸がある。開いた窓から風が吹き込んで、ポスターがばたぁばたぁとはためく。今朝もまた上野でギブアップしそうな体調だったけど、運良く座席を貰えて無事に職場に着いた。Wikipediaでゴーストタウンの記事とかを探して読む。星乃珈琲で『36℃』と夢日記の最後の詰めに取り掛かる。喫茶店は五月蝿い。静かな喫茶店というのは本当に、本当に得難いものだ。耳を塞ぐため、作業用にYouTubeでポケモン金銀のBGMを流す。懐かしいシンプルなピコピコ音楽だけど、本当に注目すべきは、電子音の単調さに奥行きを与える的確なドラムのリズムなのだとはっと気付く。スフレパンケーキ、今日は蜂蜜。日記の文量が明らかにおかしい。我ながら余りにも無駄を書き過ぎである。編集作業そのものは面白いけど、全然終わりが見えてこなくて不安になってくる。黙々とスマホ片手に作業をしていたら、予想よりずっと早く電池が切れてしまった。作業が出来なくては喫茶店に籠る意味がない。私は京浜東北線で敢えて北浦和まで乗り越して、コメダ珈琲店で充電して作業するか、折角だしBOOKOFF行くか悩んだ挙げ句、後者を選んだ。コミカライズ版京極堂シリーズを探していたら、鉄鼠の檻の一巻のカバーのしたに二巻が入っているのを見付けた。BOOKOFFならではのトリック。勿論欲しいのは二巻以降だったので、私は素知らぬふりしてそのまま購入した。今日は久し振りに興が乗って文庫コーナーを何周も長居してしまった。海外文学の棚も勿論チェックする。新潮クレスト・ブックスは、何を持ってて何を持ってないか、自分でも良く分からない。迂闊にダブりを買うのも勿体無いので今日は控えた。北浦和のスーパー銭湯に滑り込んだときには入館締切の五分前だった。玄関前で簡易体温計を首に当てられたのだけど、あのほんの一瞬で、どういう理屈で温度を計るのだろう。しっかり肩まで湯に浸かってみたけれどいまいち首の湯治が効かない。今回の首痛は随分と長引いている。右足の裏がまたつりそうになった。いつもなら終電が危なくて素通りしていたラーメン屋に寄った。線路沿いの正面に月が観えた。月の模様が、今日は髑髏に観えた。笑う月だ。笑う月が電柱に隠れている。外国人のカップルが歩いている。女性のほうはピンクに髪を染めていて、男性のほうは、がるーがるーと低音で何か吠えている。不埒、というか、こんな笑う月の真下で出会うようなものじゃない。線路沿いの夜空は広いが、何もない。虚しさに浸っていたら銭湯に傘を忘れてしまったのを思い出した。部屋で漫画をを読んでたら頭痛が激しくなってきた。息が詰まる。息苦しさに負けて寝込んでしまう。いつになったら私は私の日記を更新出来るのだろう。私は、寝込んでいる。深呼吸している。私の息、新しい私と、かつて私だったもの、すー、はー、すー、はー。錯乱してコミカライズ版の魍魎の匣を引っ張り出す。コミカライズ版の最初の一作だけあって、画風の粗削りな大胆さが原作の混沌を引き立てていて面白い。今日はボウモア12年のロック。磯臭いピート。ウイスキーを氷に注いだときの、パチパチという破裂音が好きだ。グラスに氷が当たるカランコロンも好きだ。水道水も、氷で冷やすとカルキが気にならなくて飲みやすい。日記の頁を改める。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
10
個人文芸サークルLousismが何かしら文章を投下するために使います。