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良薬は口にうまし ~ワンダーランドは徒歩圏内にあった #4~

※子ども時代の記憶をつづったエッセイです。

子ども時代のロッタは、好き嫌いが多く虚弱体質で、しょっちゅう小児科のお世話になっていた。
幼い頃から行きつけのお医者さまをもつ常連の幼児。

初孫ということもあり、ロッタはだいぶ過保護に育てられた。

祖父母にちょっとでも具合悪そうな素振りを見せてしまうと、病院に連れて行かれる。
あるときなどは、「着せすぎですね」と診断されたとか。冬の寒風に晒されぬよう大人たちがどんどん重ね着させた結果、暑さで熱が出たらしい。

小さい頃を思い出していると、家族から大切に守られていたのだなぁと、感謝とともに元気を取り戻せる。

話を戻して…
行きつけのお医者さんはとても優しかった。
頑張ってのどに薬を塗られた子どもは、大きな飴玉をご褒美にもらえた。
だからなのか、わりと小児科に行くことは嫌ではなかった。

待合室と診察室の間には、次に呼ばれる患者と付き添いが待機する小部屋があって、その壁に貼られた健康豆知識ポスターをいつもぼんやりと眺めていた。
寝台に寝そべるとヒンヤリして、熱っぽい体が冷やされとても気持よかったのを憶えている。

そして、診察を終えるとお薬を処方してもらうのだが、小さい子用のお薬といえば、シロップか粉薬が主だった。
これも当たり外れがあって、黄色やピンクのシロップ薬は、可愛らしい色とは裏腹に変な臭いがして、甘いのに激マズイ。たしか抗生物質の薬だったと記憶している。
対して風邪の症状が軽いときにもらうシロップ薬は、色も匂いもレモンティーにそっくりの、お気に入りのフレーバーだった。

さて、家に帰ってお粥を食べたあとは、食後のお薬タイムである。母がスプーン一杯分のレモンティー味シロップ薬を飲ませてくれた。
うまし。

すぐに寝かされたロッタは、お布団で仰向けになり、天井を見つめていた。
木目がだんだんハゲタカの頭に見えてくる…並んだ天井板ごとにハゲタカ模様が分身の術でまた一羽一羽と増えてゆく。
でも、眠くならない。退屈だ。

なんだか甘いものがほしい。シロップが引き金となり、口が甘いものを求めはじめる。
風邪のときにはミカンの缶詰を開けてデザートにしてくれることもあるのだが。
基本、我が家では日曜の菓子パンフィーバー以外(#3で登場)、甘いものは虫歯になるので控えさせられていた。

ハゲタカを何周も数えすぎて、目がランランとしてくる。
ついに私は布団を飛び出した。

親がテレビ鑑賞している居間を避け、背後の廊下からお風呂場をすり抜けて台所に侵入したロッタ。
素早く視線を走らせ、冷蔵庫を注意深く開く。甘味を感じそうなものは牛乳くらいか…却下。
電気の消えた薄暗い台所を、抜き足差し足する幼児の影が蠢(うごめ)く。

拝啓、飛猿さま(水戸黄門の屈強な忍び)、ロッタは忍びの道を邁進しております。

待てよ…そういえば、戸棚の上の方にいつも閉まっておく場所があった。よく見ると、すりガラスの内側には白いものが。
ロッタの背丈では到底届かないので、ダイニングの椅子をうんしょと戸棚に寄せてからその上に立った。
よし!これでガラス戸が開けられる。

白い紙袋から目盛りのついた小さいプラスチック容器を取り出す。キャップを外し、直接口をつけグビッとあおる。
うまし。
レモンティーに似た爽やかな甘さが口一杯に広がる。
もうちょっと頂こうかしら?
悪気のない小さな悪魔は、ついにシロップ薬を飲み干し、満足げに口元をぬぐった。

すると、一足遅く、母が台所の物音に気づいたのか、パチッと明かりをつけて入ってきた。
「あら?あららら?ロッタちゃん、何してるの?」
戸棚に寄せられた椅子と、空の容器を持つ我が子を見て、母の顔からサァ~ッと血の気が引いた。

母は懸命に私の背中をさすり、吐かせようとしたらしいが、当の本人はケロッとしていて、「ぜんぶ飲んじゃった」と、いとも簡単に自分の悪事を吐いた。

やがて、なんだ?どうした?と大人たちが集まり、困り果ててお医者さまに電話したところ、
「大丈夫。そんなに強い薬じゃないから安心して」
と言われ、一同、力が抜けたのだそうだ。

のちに笑い話として、このエピソードが家族の間でたまに語られた。

私は大好きな『赤毛のアン』のお茶会の話を連想した。
アンがダイアナにイチゴ水だと思ってぶどう酒を振る舞ってしまう事件だ。
いや、私の場合は確信犯で、自分自身で飲んだが。


そういえば、腹下しのときによく作ってもらったお薬も好きだったなと思い出す。

茶色い小瓶から極小の匙に黒い蜜のようなものをすくい、お椀に入れてお湯で溶いて飲んだあの薬。
甘酸っぱい梅の味がした。
調べてみると、“梅肉エキス”か、それに近いものだったのだろう。

成長とともに、もらえる薬も様変わりしていった。
大きい錠剤やカプセルを飲むのには本当に苦労したし、頭がおかしくなりそうなほど苦い粉薬も飲んだ。

しかし、家から一歩社会に出て経験したことのほうが、ずっとずっと苦いということも知った。

大人になるとは、甘いも苦いも同じ笑顔で飲み下すということなのかもな。

などと、めちゃくちゃ美味しいオロ○ミンCをグビッとやりながら、今日も健康づくりに余念がない大人のロッタであった。




最高まで読んでいただき、ありがとうございました🍀


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