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きみと桜が見たいんだ 【写真とお話】

「里の春は一度にやって来るって言うじゃない?」
道志村を父と母と祖母でドライブしていたとき、窓の外の風景を眺めながら母が言った。
野に山に畑に、桜、花桃、木蓮、菜の花、ダイコンの花、レンギョウ、雪柳…もりもりに咲き誇る花達の宴。桃源郷もかくや。

祖母はご機嫌で『荒城の月』を歌い出す。
私は花屋で覚えた“ミツバツツジ”が点々と咲いているのを見て身を乗り出し、
父はハンドルを軽やかに操作しながら、女性陣が喜ぶ様子に満足気である。

あれからもう、10年くらいの年月が流れたのか。

そして今、私はひとり里の春に迷い込んだ…というか、思いがけず仕事先が桜の名所だったので、進んでそのワンダーランドに飛び込んだ。
夫が用事を済ませている間、自由行動の時間を与えられたのである。

山が笑うと春の山を形容するけれど、そこは山の中腹が桜真っ盛りで、本当にニッコリ笑っているようだった。

昼下がりで雲も出ていたが、真っ青な空に桜が映えている。うぐいす達のコール&レスポンスが聴こえてくるものの姿は見つけられず。

普段、ダラけた生活をしているせいで、山を登るとすぐに息切れしてきた。
そんな私の横を子ども達がヒュンッとすり抜け、上の方で急旋回して山を駆け下りたかと思うと、親に呼ばれ再びダッシュで登って行った。
恐るべき体力。

桜と足下のスミレやタンポポを愛でながら、やっとこさ登りきると、眼下に広がる景色が「おまえにしてはよく登ったな」と褒めてくれた。

ムムムッ?!嘘でしょ?まだまだ上に道がある!
心臓破りの急坂を上がったばかりなのに、本当の頂上がずっと先にあるとは。

見なかったことにして、私は下山する道を選んだ。
人生においてもこういう局面はまま訪れる。
無理は禁物。そう、ここに辿り着くまでもなかなかの無理をしてきたのだもの。

途中、ベンチで休む。ヒヨドリが桜の花をついばむ。シジュウカラもお気に入りの木で仲間と追いかけっこしてる。
夫にスマホからメッセージを送る。「用事はまだかい?こっち🌸桜す…」
すると、打ち終わる寸前に着信音が鳴った。夫からだ。

「終わったよ~、そろそろ駐車場に戻っ…」
「桜すごいよ!絶対見た方がいい。一緒に見ようよ」
メッセージの続きを、彼が言い終わる前に被せた。

すると、さっきまで雲に隠れていた太陽が顔を出し、桜がフワァーッと輝き出した!

山道の下の方から彼がやって来る。まったく、間の良いヤツめ。
「こりゃ、見事だね」
「来てよかったでしょ?」
桜も青空も自分の手柄であるかのように胸を張る私。
「上からの眺めがまたすごいのよ!」

ぐんぐん九十九折を登る。ショートカットの急坂も上る。そして、心臓破りの難関を越えて…ゼェゼェ…あれ?デジャヴ?
半分見たらいいよ。くらいのテンションだった夫が、桜のあまりの美しさに勢いづいてしまい、山頂を目指し出したのである。
ついていくのがやっとの私。
そりゃそうだ。こちとら2周目なんだから!

でもね、ひとりで見たさっきの景色と同じはずなのに、なんなんだろうか?この新鮮さ。
張りきって説明なんかしちゃって。
「白いタンポポがあるのよ」
「スミレがたくさん咲いてるの」
「ほらっ、ここからの眺め!この大パノラマどうよ?」

桜色の風が吹き抜ける。花びら降り注ぎ、思わず受け止めようと手を伸ばす。
麓の方から、カカン・カン・カン…と踏切の音がここまで届く。
「あっ!電車来たよ!」鉄道好きな彼の視力に驚かされ、「どれどれ?」と身を乗り出した。「あ、ホントだ!」

桜よ桜、伝えておくれ。あの頃の私に。
家族のカタチは変化したけど、今年も桜を見ているよ。
遠い空の下、みんなもそれぞれの場所で、桜を眺めているだろうか。
再びみんなで桜の道を巡る時が来るだろうか。

そしてこれから先も、私はきみと桜が見たいんだ。


~ 終わらない ~



最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌸






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