入口
女のような顔をしたその男の睫毛は長く、指は短い。
男はその短い指で、ケースから器用に煙草を取り出して火を着ける。
男の指は十本とも、第一関節から先を切り取られている。
爪のない指が卑猥に動く。そして私は男の爪がなぜないのかを知っている。
私の視線に気付いた男が、はにかみながら私につぶやく。
「この前ついに陰茎の先っぽも持ってかれちまいました」
髭のない男の白い顔に、紫色の切り傷の痕が無数に走っている。
「そろそろあきらめたほうが良いんじゃないのか。執着する気持ちもわかるけど。深入りすると命まで持ってかれかねないぞ」
私の言葉に、男は冷たい笑みを返す。
「せっかく見つけた入口ですからね。あきらめるわけにゃいきませんよ。だいたい腕の一本や脚の一本、はなからくれてやるつもりです。命だって別に惜しかありません」
部屋の窓から、風に揺れる木々が見える。
木々の向こうに、女たちが忘れていったスカートが飛んで行く。
白いスカート、赤いスカート、何枚もの色とりどりのスカートが、西へ吹く風にのって海に向かって飛んでいる。
「じゃ、ここいらで失礼しますよ。午後はもうちょっと先まで行ってみるつもりです」
そう言って煙草をもみ消し、男がふいに立ち上がる。私は椅子に腰かけたまま、男の顔をじっと見ていた。本当のところ、何と言ったら良いのか、何をしたら良いのかわからなくなっていたのだ。
男はいつもの如才なさで、そんな私の態度に気づかい声をかける。
「あなたも一緒にどうですか。あなただったら初めてだから、親指の先五ミリくらいの代償で向こう側に行けますよ」
それでも私は沈黙することしか出来なかった。男は再びにっこりと冷たく笑い、白衣をひるがえして部屋を出て行く。
そして私は死に行く男の後ろ姿を見送っている。
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