刹那一千秒物語 一夜
~僕が月と出遭った理由~
コトリ・コトリと音がする。
誰もいないはずの小さな部屋で、そのコトリ・コトリと忍び寄るように小さな音は聞こえてくる。
その音が何処からはじまっているのか耳をすましていると、僕は気付いたんだ。
それは、僕の頭の奥からの音。
狭い汚れた窓の隙間から、月が、其処から手を伸ばすように僕の頭に忍び込んできて……
絶対に誰も入れない部屋の扉を、コトリ・コトリと叩いている。
絶対に誰も入れたくないソコを、コトリ・コトリと叩いている。
「一緒に行こうよ、君が自由になれる場所へ」
その月は、
月の透明な細い手が僕の部屋の扉を少し開けて、そっと覗くように僕に問いかけてくる。
月の眼が、月の瞳が、僕を覗き視る。
「見るな!」
僕は、なんとか開かれた扉を押し戻そうとする。
「君は何を望んでいるの? 君は何が欲しいの?」
「君は、一体どうしたいの?」
数センチだけ開かれた扉から、薄っぺらな画用紙に書かれた月がスルリと忍び込んでくる。
「見ないで!」
そう叫んだ僕の目の前に、今日僕が描いた月が浮かんでいた。
そして、ペラペラな月が僕にむかって攻め立てるように笑った。
「コレが君の望んだ姿でしょう? だから一緒に行こうよ!」
黒いクレヨンで真っ黒に塗り潰された背景に、壊れたような破片で出来た黄色い月。
僕の部屋に忍び込んだ月は、同じように丸い大きな目で僕を見ていた。
とても、とても大きな目が、僕の秘密を見て笑って静かに消えた。
そして今夜も、コトリ・コトリと音がする。
何時しか、僕はその合図を楽しみに待つようになっていた。
何故なら、あの月が迎えに来れば、僕は自由になれたから。
だから現在、俺は耳をすまして待っている。
あのヒビだらけの大きな眼を持った、月を。
頭の奥に忍び込み、その透明な手で扉を叩く瞬間を。
コトリ……
コトリ・コトリ……
コトリ……
コトリ・コトリ……
俺は、その扉の前に立つ。
そして、月が扉を開けるのを待つんだ。
恐れる事は、ない。
大きな眼と、俺の目が合った。
そして、その昔と変わらないペラペラの画用紙に描かれた月が俺を見て笑いながら言った。
「今度は何を、一緒に壊そうか?」
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