ビニールハウスをともしてくれ

恋人の家から自分の家に帰る道すがら、広い畑が広がる場所がある。夜、日もとっぷり暮れて、暗闇の中、車を走らせると、畑の真ん中にぽつんと明るいビニールハウスがある。LEDではない、暖かなオレンジ色の電球が、いくつもともっており、半透明なビニールハウスが、奇妙に浮かび上がっている。午後6時にはともっていない。午後10時半にはともっている。昼夜を逆転させて、いや、一日中暖かな昼間を作って、永遠の太陽を補って、あのビニールハウスでは何を生み出しているのだろう。どんな命を与えているのだろう。

今日は、たまたま恋人といさかいがあり、どうにも腑に落ちないまま車を走らせていた。いつもの信号を過ぎ、いつもの市境を通り過ぎても、ビニールハウスが浮かび上がってこない。今日は電球がともされていない。ただ、私が目を向ける先には、真っ暗な何かわからない土地がずっと続く。そのまた向こうには、ほとんど電気のついていない背の高いマンションと、さらにその向こうは不自然に明るい工業地帯。煙突からは、炎が立ち上っていた。どきりとする。どうして、こんな日に限って、どうして、仕事もうまくいかず、気持ちも落ち着かず、いつも優しい恋人も冷たく、永遠の太陽すらなくなってしまった。

いつもあると思うこと、いつもそこにあると思っていることが、こんなにも安らぎを与えてくれていたのだと、ばかみたいに陳腐なことしか頭に浮かばず、そういう、ままならないことの詰まったこの頭も身体も憎らしくて、さびしくて、怖くて、私は泣きながら車を走らせる。アクセルを踏み込む。

帰ってから、具合を尋ねる恋人からのメールもろくに返さず、ただ一人、持って帰ってきた書類とにらめっこをして、楽しくもない明日に、楽しくもない日々に思いを馳せる。人生には山あり谷ありと、皆、わかりきったように言うのだが、どうも自分の人生には、谷がありすぎる気がする。暗い底へと向かうばかり。どうか、今すぐにでもあのビニールハウスに永遠の太陽を補ってくれ。そうでなければ、怖すぎる。他人の気持ちの底をが見えないのは、過酷すぎる。足元を、照らしてくれ。

ビニールハウスを、ともしてくれ。