榊原紘『悪友』デジタル栞文-vol.5-

「遠泳」同人の榊原紘の第一歌集『悪友』(書肆侃侃房)が刊行されました。毎週一回、「遠泳」メンバーがリレー方式で歌集についてnoteを更新しています。第五回目は佐伯紺が担当です。

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機嫌なら自分でとれる 地下鉄のさらに地下へと乗り換えをする
/名画座

わたしの記憶のなかでの榊原さんはいつも朗らかにしていて、でもそれは「地下鉄のさらに地下」のようなところで自分を律したうえでの朗らかさなのだという気がしている。

雪の染みた靴から君が伸びている そんな顔で笑うやつがあるか
/戯れに花

雪の染みた靴、という、ウェットで小さな、低い視点からスタートするこの歌が、「君が伸び」ることで視点が上へと行き、最終地点として君の笑顔へたどりつく。「そんな顔」というくらいなので、おそらくわかりやすい笑顔ではないのだろうけど、「そんな・かおで・わらう・やつが・あるか」という三文字ごとの句切れのかろやかさも相まって、君の笑顔を悪態まじりでまぶしく見上げる主体をおもう。

立ちながら靴を履くときやや泳ぐその手のいっときの岸になる
/悪友
階段で電波の悪さに手を振れば音頭のようでしばらく笑う
/悪友
春風の厚みに指を挿し入れてばらまくように手を振っている
/天国と春服

歌の中の手は、世界を変えるための最小で最速の機関として作用しているように思う。
数年前に榊原さんの連作を読ませてもらったときに、「つねに終わりが来ることを想定しながら生活をしていて、それが危うさにつながっている感じを受ける」というようなことを言った。歌集を読んでみるとそういう歌ももちろんあるのだけれど、おわりばかりを言うのではなく、終わりは点在するけれど、終わってもなお続きがあるような、過去にも未来にも手を伸ばしながら進んでいくような印象を受けた。

最後に好きな歌を引きます。

嘘泣きを老いゆく日々に挟みたい書庫の埃がひかりを伸ばす
/名画座
カーテンが匿いきれない風あふれ部屋はひかりに散らかっていく
/はためく
おわるときやわらかくなる噴水にきみが駆けだしてなにか言う
/いつかの冬
好きだったスープは今も好きなんだ社会に出ても平気でごめん
/強くてニューゲーム
撥水のパーカーにやがて沁みる雨 約束は嘘になりようがない
/生前

『悪友』刊行、おめでとうございます。

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短歌同人誌「遠泳」です。