股旅CENTRAL_day1_名古屋
西へと向かう新幹線。
隣の席に座ったヒスパニック系の男女はスマートフォンにて大音量で動画を鑑賞しはじめた。
私は彼らに「電車では静かにするのが日本のマナーだよ」と話しかけた。
「周り皆静かだろう?」と。
二人は揃って怪訝な、というよりは明らかに不満げな表情を浮かべたが、渋々動画を止めてくれた。
4月10日。
長い冬が終わり、春が訪れるこの時期になると私は毎年きまって旅に出る。
昨年4月は「股旅SOUTH」と称して沖縄と九州の7県を、
一昨年4月は「股旅NORTH」と称して北海道と東北の1道6県を長い時間をかけて回った。
今回は「股旅CENTRAL」。
名古屋を皮切りに、岐阜/福井/金沢/富山/新潟/長野といったぐあいに中部・北信越の計7県を巡っていく。
愛知県で生まれ育った私は、名古屋が地元で岐阜が準地元という感覚でいる。
福井、金沢、富山、新潟、長野は地元からそう離れていない割にはほとんど馴染みのない土地で、石川県と新潟県に関しては今回が人生初上陸となる。
そのことを旅という観点から見ればとても楽しみで胸が高鳴る。
が、お金という観点から見れば一転、少しばかり暗雲が立ち込める現状だ。
ずっと知ってくれている方はご存知だろうが……
私の旅は極貧旅、誰かに支えてもらうことで成り立っている。
去年も一昨年も、そして今年も、行く先々での撮影依頼によって得た路銀で旅を続けることが可能となるのだ。
1か月以上前からSNSを利用してこの旅のことを発信してきた結果、事前に頂けた撮影依頼は5件。
内訳は名古屋0/岐阜1/福井1/金沢0/富山2/新潟0/長野1。
これは私の感覚で言えばとても少ない部類だ。
例えば直近で大阪を訪れた際には7日間で17件、名古屋を訪れた際には5日間で12件もの撮影依頼を頂けた。
依頼内容は店舗撮影、ヘアサロンのイメージ撮影、卒業式や成人式の後撮り、職人さんの制作風景、カップル撮影、モデル活動をしている方のコンポジ撮影等多岐に及んだ。
今回の懐事情は正直、想像していた以上に厳しいものとなりそうだ。
そうは言いつつもそれはそれ、旅はいつも順風満帆とはいかない。
成り行きに身をまかせて今迄やってきた。
そもそも撮影依頼があればそれに越したことはないが、メインは旅なのだから。
良きにしろ悪しきにしろ、どうにかなるのものだ。
名古屋、我が地元。
名古屋駅周辺なら目を瞑ったって歩けるほど、この街のことは昔からよく知っている。
新幹線を降りて、高揚感に任せてあたりを見徘徊して……
てな感じに従来の旅と同じようにいきたいもんだが、残念なことに身体がこの土地のことを憶えている。
どこに何があって、どこをどう歩けばいいのかを。
旅情はまだ湧いてはこない。
名古屋での撮影依頼がゼロということで、岐阜にほど近い片田舎にある実家に直行することにした。
愛知県滞在のときだけ実家に泊まれるので宿代が浮く。とてもありがたい。
母は独りで暮らしている。
大きな瞳も肉が落ちて随分と小さくなり、近頃は会うたびに老いを感じる。齢70前後、過去に大病もやっている。あと何回会えるかな。
母は飲食店に一人で入ることができない。
マクドナルドで期間限定のバーガーを食べることと、かつて家族で通った近所のラーメン屋でお決まりのチャーハンセットを食べることは私が帰郷した時のお楽しみとなっているようだ。
日本全国どこで食べても同じバーガーと、取り立てて特徴のないどこにでもあるようなラーメンを母と共に味わった。
この人生で最も見知った顔が目の前にある、
旅の始まりをまったく実感出来ない旅の初日。
いつもと違うのは、私のこのあとの行き先が東京ではないということ。
令和五年。
長きにわたって私たちを苦しめた疫病もようやくひと段落し、人々の生活も以前に戻りつつある。
旅というものがやっと、人の往来というものがようやく、世界規模で正常化してきた。
向かう先に未知がある。
期待感に面の皮が浮く。
旅はもう始まっている。
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