見出し画像

股旅CENTRAL_day9_秘密の海

昨日は誕生日だった。

必ずこの時期に旅に出ているのもあり毎年旅先でその日を迎えるのだが、さて今年はどこで迎えるのかな?という楽しみがある。

どこであろうが孤独なのには変わりないのだが。

一昨年は仙台、昨年は熊本、今年は愛知だった。
さて来年はどうなるか。


鈍行列車と徒歩で約3時間。
そろそろ旅を締め括るために私はある場所へ向かっていた。

最寄り駅と言っていいのかどうかもわからない駅で降りて、農道をひたすら進む。

暑い……。
つい数日前には北陸で日中であってもアウターなしでは歩けない日があったのに、今日の日差しは容赦なく私を焦がしにきていた。

見渡す限り人気のない長閑な風景の中、選挙カーが誰に向けて声を張り上げているんだか、やかましく通り過ぎる。

何処までも続く長い農道の果てまで行くと、人の背丈を優に越える薮が姿を現す。

人ひとり通るのがやっとの小さなオフロードを抜けていく。

これは、海へ続く道。

この場所は会員制のBARみたいなものだ。
というのも、ここが何処なのか教えられないからだ。

自然の海浜植生が手つかずで残る秘密の場所。
多くの人に知れてしまえば必ず荒れてしまい、利用が制限されてしまう。そうならないようにとアウトドアの先輩に教えられた。

旅の醍醐味のひとつ、野営。
一度の旅に必ず一度はなければならないと思っている。
到着後さっそくテントを設営、コーヒーを淹れる。

海を見ながらのんべんだらりと過ごしたいところだが、今日はなかなか風が強い。

火が風に煽られて湯沸かしもままならないので、仕方ないがテントの中で過ごすとしよう。

仲間たちとだったら食は大きな楽しみのひとつだが、ソロキャンプのメシなどこういうものでいい。

強風が幕をバタバタと揺らす。
風速はどんどん強くなってきたし腹は満たしたしで気づけば眠っていた。

目を覚ますと夕暮れ時。
昼間は餌を狙って上空を漂っていたトンビも姿を消していた。

風はまだ止まず分厚い雲が空を覆っている。
星を肴にウイスキーなんてことも今夜は難しそうだ。
テントに退避しよう。

小さなガス灯の明かりが隙間風でゆらゆらと揺れる幕内の広さは、おおよそ畳一畳分ほどだ。

荷物を放り込めばその半分が潰れ、50×180㎝ほどの狭い狭いスペースが残る。

前にも書いたかな、私はこの自分のテントで過ごす夜の、ひどく薄暗く狭い空間が大好きだ。

「この旅をこれからどうするか」と悩んだ夜もあれば、
万事快調で気持ちよく過ごした時もあった。
茂みの方から獣の唸り声がして震え上がったこともあるし、
ファミリーキャンプの多い所で周囲360度から聞こえてくる子供の声もあれはあれで悪くはなかった。

なにより質素で身の丈に合っていると思う。


できれば今夜は星を見ながら酒を飲んで、
どんな旅だったか?なんて振り返りをしたかったんだが……

うまくいかんな今回は。
でもねそれが普通なのよ。ずっとそうだったはずだろう。良いことも悪いこともたくさんあって、ギリギリ生活ができてるんだろう。

住む家があって友達がいて恋人がいる。
親もまだ片方生きてて行きつけの飲み屋があって自分の写真にお金を出してくれる人がいる。

充分幸せじゃないか。
ほんのちょっとうまくいかないぐらいどうってことないだろう。

さて、風は止まない。
いつの間にかテント内で煙草を吸っているしウイスキーが進んでいる。
自然界に水平な地面などない。よって、その上に立てているテントの床面も同様に凸凹している。こぼしたり焦がしたりしたら大変なのに我ながら器用なもんだ。


おそらく今日はずっとこんな感じだ。
風も己も。
はたまた深夜に風が礑と止むやもしれぬ。
人生のように。
その時を待つ。

旅は続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?