やれやれ、スプートニクで捕まえて

遊1

 村上春樹はライ麦改め「キャッチャーインザライ」を書く前に、この「スプートニクの恋人」を書いたらしい。あるいは、“スプートニク”の前に「キャッチャーインザライ」だったかもしれない。どっちが先かなんてぼくにとっては大した問題じゃない。この「スプートニクの恋人」は、みごとに記念碑的な本だったから。だからおそらく、ぼくはずっとこの本をいちばん好きだと言い続けるかもしれない。

 チャイムがなって、テストが始まる直前に「記号と象徴についてどう思う?」と、きみがぼくに尋ねたとき、きみの目は怯えた犬みたいだった。きみは今日、「たったひとつの冴えたやり方」をぼくが差し出した“スプートニク”の代わりにくれたから、「ダイタイフカノウ」とだけ言った。
 四限終わりに、誰もいなくなった教室で、ロアルド・ダールをひたすら読む続けるぼくの彼女と、きみと三人で帰った。そして22歳の春にくるみは生まれてはじめて恋に落ちた。

遊1・05
 ハルキはサリンジャーを描きたかったらしいよ、「ライ麦畑で捕まえて」をね。このライ麦に関してはいろいろ逸話があるんだけどね。中学生んとき、あわちゃんっていう国語のおじさん先生が、「ライ麦畑で捕まえて」を取り出して、「これはジョンレノンを暗殺した男がジョンレノン殺したときに携えてた本だ」って言っててさ、ぼく、偶然サリンジャーのその本を持っていたんだよね。ぼくさ、小学校んころ使ってた青い引き出しを勝手に中学校にも持ってきてたんだけど、工具とか、付箋とか持ってきてて、ハサミもノリも、プレイカラー2も、クーピーも、クレヨンも、水彩色鉛筆も、折り紙も、寿司のかたちしたホチキスとかさ、とにかくもうなんでも屋さんだったってわけ。ぼくさ、実は性格がひどくわるかったから、バレないようにうまくね、カモフラージュしてたんだ。それでさ、先生がサリンジャーのライ麦だなんていうからさ、はっとしてつい机のなかからいっきに青い引き出しひっぱったのね。教科書のいちばん上にガサガサのライ麦があってさ。野崎孝訳だから、しかも旧訳のだから、表紙にピカソの絵が描いてあんの、ブルーとクリーム色の表紙に。ぼくこれ誰かがワザワザ、落書きしたのかと思ってこのとぼけたピカソの絵見つめてたら視線を感じたんだ。斜め前からさ。好きな女の子と目があって、彼女、なんて言ったと思う?
ぼくを指さして、「犯罪者だ!」

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