見出し画像

母さんの夢 7

 もし、あの頃の私たちが今の私たちを見たら、きっと驚く。
 ええっ? かなりまともな人生を歩んでいるんだぁ、と。
 夫がパレットに指を入れた。
 あらぁ、すごく嬉しそうな顔。
 私も、そんな表情をするのだろうか。もしも今、目の前に原稿用紙があったなら。
 夫と出会ったとき、私は二十四歳だった。英会話スクールに勤めていて、迷いながらやってきた客を、入会に導くのが仕事だった。
 セールストークは頭の隅に残っている。

 独身ですか? じゃあ、自己投資できますね。
 英語を話せれば、自己実現の幅が広がりますよ。
 世界を舞台に活躍するなら……。
 どれもこれも、嘘くさい言葉だった。
 セールストークが嘘くさければ、それを喋っている私の人生も嘘くさい。
 本当は、大学で国文を学びたかった。しかし実現しなかった。
 進路を決めるとき、医療機器メーカーの営業部長である父は言った。
 国文? 今の時代に国文とはっ。就職のことを考えれば英文だろう。英文にしなさい。

 専業主婦の母も言った。
 私もお父さんに賛成よ。英語をものにすれば、いい会社に就職して、国際結婚できるかも。
 私が嘘くさいセールストークを吐くことに罪悪感がなく、営業で好成績を収め続けたのは、母のおかげだったのかもしれない。
 素直で常識的な子どもだったと思う。進路を決めた十七歳の私は、自分を納得させることに必死になった。
 大丈夫。英文を学びながらでも小説は書ける。原稿用紙さえあれば、世界のどこにいても書ける。平気よ。授業中、算数や理科のノートにだって書いていたんだもの。

   続きます

悪い子どもですな、翔子さん。
教壇というのはねぇ、子どもたちが、ものすごくよく見えるんです。
あなたが何かを書いていたことを、先生はわかっていたと思いますよ。

はい、何度も注意されました。
算数と理科の通知表は、いつも2か3でした。

写真はロンドン、
リージェンツパークです。
夫も私も、光に向かって歩いていたはずなのですが。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
Yu-to

私にサポーターが現れるとは思えません。 え? してくださった? おおきにどすえ。

サンキュー♡
61
主に小説とエッセイを書いています。 別の媒体で出版した物語を加筆訂正しました。 続けて読んでいただければ嬉しいです。