見出し画像

母さんの夢

   前書き

 忘れていたわけではないのです。
 ずっと心の中でくすぶっていました。
 私、小説家になる。
 書き始めたのは、今から四十数年前、高校生のときでした。使っていたのは、大学ノートとシャープペンシル。

 初めて新人賞に応募したのは、大学二年生だったと思います。
 コクヨの原稿用紙にプラチナの万年筆で書きました。
 文豪御用達、満寿屋の原稿用紙とモンブランの万年筆が憧れでした。

 私の夫はサラリーマンです。でも同棲していたとき、画家を目指していました。
 そうなんです。

 小説家になりたい女性と画家になりたい青年が、一緒に暮らしていたのです。
 
 なぜ、急にこんなことを思い出し始めたのかというと、夫がまた筆を持ったからです。
 持たんでもよかったのにっ!
 夫は言います。家族のため、会社のために働いてきたけど、元気な間に、自分の好きなことをしたい。七十歳までは働かへんで。
 働いたらええのにっ! 国も働けて言うてるのに……。

 夫は高いお金をかけて、再び画材道具をそろえました。
 マンションに漂う油絵具の臭い。
 同棲していた頃は、夫のシャツにしみこんだ絵具の匂いに興奮したものです。その匂いの中で食事をすることも平気でした。

 はい、匂いです。なぜなら私は、浩哉君(夫)が大好きだったのですもの。
 信じられんっ!
 でも今は、絵具にしろテレピン油にしろ、臭いに降格しました。
 クサッ!
 画家の方、申し訳ございません。

 とにかく、油絵具の臭いは、私をあの頃に連れ戻してしまいました。
 連れ戻されたが最後、書かないと気が済みません。こういう人間は、棺桶に足を突っ込みながらも、私、小説家になるねん、と言い続けるやつなのです。
 言い続けましょうとも。
 若き日の私たちが、一生懸命書いていた。描いていた。それは現在につながる事実です。

   第一章 実現したこと に続きます。

そういえば、前作の彦崎君も、絵を描くのが好きだったとか言うて、コンクールのための絵を描いてなかった?

あのモデルは、やはり……。

写真の鳥のように、同じ水に入っていても、別々の方向を見ている私たち。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
Yu-to

私にサポーターが現れるとは思えません。 え? してくださった? おおきにどすえ。

大吉!
185
主に小説とエッセイを書いています。 別の媒体で出版した物語を加筆訂正しました。 続けて読んでいただければ嬉しいです。