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連載:「新書こそが教養!」【第59回】『早すぎた男』

2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

今も「予言者」と呼ばれる天才物理学者

私がウエスタンミシガン大学に留学して最もお世話になったのは、物理学者の曽我道敏先生と奥様である。週末になると先生のお宅に押しかけては、多彩な専攻の学生たちとビールを飲みながら、あらゆる話題について議論した。その頃の体験が、どれほど今の私の糧になっているか、筆舌に尽くし難い。

曽我先生は、日本で2人目となるノーベル物理学賞受賞者・朝永振一郎のもとで1958年に博士号を取得した。1961年に渡米し、1968年より1996年に退職されるまで、ウエスタンミシガン大学教授として知的文化交流を介した日米関係の修復に深く尽力され、2010年に外務大臣褒賞を受賞している。

私が「留学生としては無謀」と言われながら、数学と哲学を同時専攻してプレジデンシャル・スカラーになり、大学院進学を考え始めたとき、曽我先生から「物理学をやるなら、シカゴ大学の南部さんに推薦状を書いてあげるよ」と言われたことがある。当時、私は「自発的対称性」の数学的表現に興味を持っていた。結果的には、ミシガン大学大学院に進学して論理学を専攻したが、もしシカゴに行っていたらと、今でも空想することがある(笑)。

曽我先生から、無謀な戦争に突入した日本に失望した御母堂が「この男が日本をダメにした」と東條英機の新聞写真に針を刺していたという壮絶な話を伺ったことがある。戦後、曽我先生をはじめとする多くの有能な日本人が国籍を変えた。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎も、1970年に米国籍を取得している。その決断を父親に伝えた際、「学問に国籍はない」と言われたという。昨年、ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎は、「アメリカではやりたいことができる」と述べている。指導者層が無能で、科学研究や教育文化を軽視するような国からは、優秀な天才が流出してしまうわけだ。

本書の著者・中嶋彰氏は、1954年生まれ。東京大学工学部卒業後、日本経済新聞社入社。同社編集局科学技術部次長、科学技術担当編集委員などを経て、現在はサイエンスライター・科学作家。著書に『現代素粒子物語』(講談社ブルーバックス)、『「青色」に挑んだ男たち』(日本経済新聞社)などがある。

さて、本書のタイトル『早すぎた男』とは、南部が素粒子物理学の世界で「予言者」と呼ばれていることを意味する。実際に、彼が1961年に理論化した「自発的対称性の破れ」から、「電弱統一理論」をはじめとするノーベル賞級の研究成果が続々と生まれてきた。1964年に南部理論に基づいて予測された「ヒッグス粒子」は、2011年に発見された。本書は、南部の「量子色力学」や「クォークモデル」に関わる論争など、彼の生涯を追いながら、同時に素粒子物理学の歴史的進展を実にわかりやすく解説した構成になっている。

本書で最も驚かされたのは、28歳の若さで大阪市立大学助教授、翌年教授に昇格した南部が、プリンストン高等研究所での任期中に研究を仕上げられず、それでもアメリカに残って研究を続けるために、33歳でシカゴ大学のポスドク研究員になったことだ。彼は、恥も外聞もなく、以前の教え子と同レベルまで立場を落として研究を続けたのである。まさに天才の選択ではないか!

本書のハイライト

陸軍中尉をしていた戦争末期、彼は恋をして結婚した。20歳代の若さで大阪市立大学の教授となった後、胸を膨らませて渡航した米国の名門プリンストン研究所では一転して、人生最悪の挫折を味わった。名門シカゴ大学でノーベル賞の対象テーマとなった自発的対称性の破れの理論の構築に成功したものの、直後には栄誉を横からさらわれかねない失敗も体験した。そのあとには、クォークをめぐって強力すぎるライバル、マレー・ゲルマンとわたりあった。つらい別れにも見舞われた。早すぎる愛息の死だ。恋愛、挫折、失意、成功、つらい別れ、名誉。こうみてくると南部は意外なほど、起伏に富み、ドラマチックな人生を歩んでいたことがわかる。(pp. 308-309)

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