野矢

推薦図書:野矢茂樹『まったくゼロからの論理学』

著者の野矢茂樹氏から本書をご恵贈いただいた。誠にありがとうございます!

野矢氏は、1954年生まれ。専門は、論理学・哲学。東京大学教養学部卒業後、同大学大学院理学系研究科博士課程修了。北海道大学助教授、東京大学教授を経て、2018年に東京大学名誉教授。現在は、立正大学文学部教授。

著書は、『論理学』(東京大学出版会)、『哲学の謎』『無限論の教室』(講談社現代新書)、『論理トレーニング』『論理トレーニング101題』(産業図書)、『ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)、『入門!論理学』(中公新書)、『心と他者』(中公文庫)、『増補版 大人のための国語ゼミ』(筑摩書房)など数多い。

野矢氏の「ウィトゲンシュタイン」や「心の哲学」や「分析哲学」全般に関する専門的な考察がすばらしいことはもちろんだが、なんといっても重要な業績は、東大助教授に赴任された1990年から30年近くにわたって、東大の「論理学」を牽引されたことだと、私は考えている。

そのうえ野矢氏は、一般にわかりやすい「論理学」や「日本語の論理」に関する有益な書籍を数多く発表され続けている。日本文化に馴染みにくい「論理的思考」を一般に普及されたことは、ものすごく重大な功績だと思う。

東京大学における論理学

東京大学教養課程の一般教養科目「記号論理学」の教科書として長年にわたって使用されてきたのが、野矢氏の『論理学』である。

『論理学』の目次は、「序論:論理と言語、第1章:命題論理、第2章:述語論理、第3章:パラドクス・形式主義・メタ論理、第4章:直観主義論理、第5章:不完全性定理」である。大学一年生が最初からこの内容を理解するためには、一定水準以上の学力が必要である。

実は、私も野矢氏からご紹介いただいたおかげで、東大で「記号論理学」を教えた経験があるのだが、「天才・秀才・奇才」の集まった東大生の理解力と発想力には、驚かされてばかりだった。彼らとの交流の様子は『東大生の論理』に詳しく述べておいたので、ご参照いただけたら幸いである。

立正大学における論理学

さて、長年にわたって東大生に「論理学」を教えてきた野矢氏が、立正大学の学生を教えることになったら何が起こるだろうか。

もしかすると、赴任された初年度の2018年の授業では、これまで通りに『論理学』を教科書に使用されたのかもしれない。そして、おそらく東大生とはまったく異なる学生の反応を、まざまざと実感されたことだろう。その結果として誕生したのが、『まったくゼロからの論理学』なのである。

本書は、次の文章で始まる。「あまりにもあたりまえのことですが、授業には相手がいます。相手のことを考えないで独演会をするのは授業ではありません。ですから、学生が変われば授業は変わります。そして教科書も変わります。……本書はいま私が教えている立正大学文学部哲学科の学生たちを念頭において書いたもので、以前出した教科書とはまったくと言ってよいほど違うものとなっています」

『まったくゼロからの論理学』の目次は、「第1部:日常の言葉に論理が生きている」と「第2部:論理を扱う記号言語を作り出す」である。たしかに『論理学』の目次とは、まったく次元が違う。

「第1部では記号を使わず、日常の言葉の中で論理学の話題を取り上げます。まずここの部分がないと、いきなり記号を使って論理学を展開しても、何をやっているのか分からないでしょう」

「第2部では、第1部で学んだことをもとに、記号を駆使した記号論理学の世界を紹介していきます。記号を使い始めると、実のところむしろ話は明確になるのですが、一方でこれは何をしているのか、よく分からなくなってしまいがちです。でも、だいじょうぶ。折に触れて全体の流れを俯瞰して現在位置を確認し、迷子にならないようにします」

「この本では、大学の授業のように、説明したら、次は問題を出してそれを解説して、そのあとにさらに練習問題を出して理解度を確認するという形を基本的にとっています。ときどき差し挟んでいる質疑応答も、本書の特徴でしょう。初心者がつまずきそうなところはいちいち質問と答えの形で手当しました。こんなに初心者に配慮した論理学の教科書は、私が以前に出したものも含めて、これまでにはなかったと思います」

「証明問題」のない「論理学一歩前」

論理学の入門書は数多いが、ここまで「初心者に配慮した論理学の教科書」は思い浮かばない。本書を読んで最も驚かされたのは、「記号論理学」の醍醐味である「推論規則を駆使して証明を発見する」という説明はあるが、その練習問題がないことである。記号化された推論規則に基づく論証の妥当性の「証明問題」ばかりは、いかなる「記号論理学」の入門書にも登場するのが普通だが、この本にはそれがないのである!

たとえば、中学校のユークリッド幾何学を考えてみよう。まず「点・線・平行線・角度・三角形」などの定義を理解する。次に、二本の平行線に交差する一本の線を引いて「錯角」を定義し、「錯角が等しいことを証明しなさい」というタイプの「証明問題」に進むのが普通の数学の授業である。

ここで補助線を引いて二つの直角三角形を作り「錯角」が等しいことを導くのが、証明の「醍醐味」である。とくにパズルやゲームの好きな学生だったら、楽しんで考えながら証明を演繹的に導くだろう。しかし、このタイプの考え方がどうしても苦手で、ここで数学嫌いになってしまう学生もいる。

とすれば、思い切って「証明問題」は諦めて、むしろ「点・線・平行線・角度・直角三角形」の定義と同等に「錯角が等しい」という知識としてのユークリッド幾何学を学ぶという道もある。邪道と言えば邪道かもしれないが、野矢氏はそのような「論理学とはどのような学問なのか」を示す「論理学一歩前」の道を本書で示しているのである。

これまで「論理学」を理解しようとして、とくに「証明問題」の時点でついていけなくなった読者には、ありがたい入門書になるだろう。まさに「超初心者」が「まったくゼロから」出発する教科書として、オススメである。

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