輪廻の車

輪廻の車  2019年7月24日

 輪廻局最高指導者のチャイ導師が突然叫んだ。「秘密結社だ」遠隔地の映像を受信する装置の金属部分は錆びていて緑青もついている。しかし実は緑青は有害ではないと言われているので導師はそれがはびこるままにしていた。この汚れた銅の台座に立つ水晶柱の一角の三角形部分に、チャイ導師は国家を揺るがす危険集団の映像を見たのだ。それは複数の睡蓮の葉が水に浮かぶ光景だったが、チャイ導師からすると睡蓮の葉のひとつひとつが人物に見えた。とくにひとつひとつが優雅な気配をたたえているというのが気に障った。
「そういえば、昔睡蓮を描いていた画家がいたな。エメラルドグリーンの絵の具の中にあるヒ素で、失明したんだったか。画家は音楽家の下の地位だが、時々少しましな絵を描く者もいるな。しかしそれでも音楽家を凌駕することはない」
「秘密結社がどうしたんですか?」スン・ウー導師は野太い声で聴いた。自分の声が輪廻局では不釣り合いに大きいことは気にしていたが、幼少期からの習慣はなかなか変えられない。高校生の時に、合唱部に入り、毎日発声練習をしていたことも影響する。腹の底から声を出し、太陽神経叢を刺激してしまったのか、やたらに大食いになった。弁当は持参していたが、空腹に耐えきれず午前中に早弁をして、昼の時間には四つの菓子パンと素うどんを食べた。高校は大阪だったので、放課後に級友とお好み焼き屋に入り、全部載せを食べ、家に帰ってからは、母親は通常の夕飯を出す時に、スン・ウーのためにチーズ入りのナンを添えた。それはある日ウーがテレビのコマーシャルをマネして「もうちょっとおかず食べたい」と言い、母親もそのコマーシャルは知っていたので「何がいいの?」と聞き、「なんでもいいよ」と答えた時から、毎日ナンが出てくることになったのだが、母親の作るナンは小麦の厚さよりもチーズのほうが二倍厚かった。イタリア人はうまみ成分として、パルメザンチーズとトマトを組み合わせることを思いついたと言うが、スン・ウーの母親はナンの生地とチーズの間にトマトとおかかと海苔とシイタケを挟み、チーズの上には大量のマヨネーズを生クリームのように積んだので、世界のうまみ成分の大集合だった。スン・ウーの家族は日本への移民だが、母は日本の食材を徹底して使い倒すことを決意したらしい。

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