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アル中からの学び

今日も「前世物語」から一症例をご紹介しましょう。
この「前世物語」の症例は、15年ほど前の症例です。
 ゆかりさんは小さな声で私たちに身の上話を始めました。
「私はひどい家庭に育ったんです。父は私が物心ついた頃からアル中で、借金ばかりしていました。生活がとても苦しくて、小さい頃の思い出と言えば、借金取りが怖くて押入れの中でいつもビクビクしていたことです。母もそんな生活苦のためか、私を嫌っていました。よくいじめられて、ちょっとしたことで折檻されました。私は母を憎んで育ちました。そんな家庭が嫌で、高校を中退して東京へ出てきました。私は昼も夜も一生懸命働きました。貧乏はもう嫌だったんです。何年か後には、私は疲れを忘れるためにお酒を手にしていました。子供の頃あんなに憎んだはずのお酒に、です。もう私に過去はありませんでした」
 彼女はハンカチを握りしめました。
「そんな私でも恋をして、そして結婚出来ました。これで幸せが来る、お酒から逃げられる、私はそう思いました。でも、やがて夫が借金生活するようになりました。返済の催促の電話を取った時に、私の子供時代が蘇ってきました。あの恐怖、あの悔しさ・・・」
 彼女の声が震えています。
「そんな時、女の子が生まれました。でも、かわいく感じないんです。私はつい虐待してしまいます。まるで母が私にしたように、そう母と同じなのです。私はそんな自分が嫌なのです」
 彼女の涙が止まりません。
「アル中の父が借金だけ残して病気で死んでしまいました。私のところにまで借金取りが押しかけて来ました。夫はさらに借金してしまいます。私のお酒の量が増え続けていきました。そして私もアル中状態になってしまいました。あの父と同じです。なぜですか?」
 彼女は唾を吐くように言いました。
「禁断症状が出て、私はアルコール専門病院へ入院させられました。情けないですよね、全然記憶にないのですから。入院中に、弟が実家で自殺してしまいました。私は何もしてやれませんでした。でも、そんな弟が天使になって私を助けてくれました。あれ以来、私は断酒会に入って完全にお酒を断てています。もう四年になります。私だけの力ではありません。弟のお陰です」
 先生はワークの主題を探しながら身の上話を聞いていましたが、ちょっと困った顔をして、ゆかりさんに尋ねました。
「あなたの過去生のテーマは、アルコール中毒ですか? お父さんですか? お母さんですか?」
「どれも知りたいのですが、ともかく人が怖くて困っています。仕事もうまくいきません。人が怖いのを治したいのです」
「では、人が怖い原因となった過去生へ戻りましょう、という誘導になりますが、いいですか?」
 彼女は大きく頷きました。いつもより時間がかかっています。先生は催眠誘導に取りかかりました。
ゆかりさんは良好な催眠に乗って、人が怖い原因となった過去生へと降りて行きました。
「地面を見て、地面を感じて。どんな地面が見えますか、感じますか?」
「濡れてる石畳にいます。暗い石の道です」
「足下に意識を向けて。足は何か履いていますか、裸足ですか?」
 彼女の目がゆっくりと動きます。
「革の黒いブーツです。中まで濡れていて気持ち悪いです」
「身体をゆっくりと感じていきます。下半身から感じて、上半身へあがります。どんなものを着ていますか?」
「黒いスカートです。フレアーになっています。上着は黒いフワッとした長袖のシャツみたいです。とても汚い格好です」
 彼女がしかめっ面をしました。
「長袖の腕の先に右手、左手があります。その手に何か持っていますか?」
「木の杖を右手に持っています」
「では左手を見て。その手はどんな手ですか?」
「しわくちゃの年寄りの手です」
「その手を見て。肌の色は何色ですか?」
「汚れていて黒茶色をしています。垢だらけです」
「その手で頭を触って。頭に何かかぶっていますか?」
「魔女がかぶるようなグレーのとんがり帽子をかぶっています。破れていて、やっぱり汚いです」
「頭を触って。どんな髪ですか?」
「長い白髪です。ウェーブがかかっています。垢でベトついていて耳の後ろで固まっています」
「ヒゲは生えていますか?」
「口元から三角形に白いヒゲが伸びています。ヒゲの先が垢で絡まっています。・・・乞食みたいな男の老人です」
 彼女はとても嫌そうに言いました。
「目は何色ですか?」
「黒ですが・・・白まなこが見えません・・・鋭い目をしています。怖い目ですけど、どこか悲しげです」
 先生は、ゆかりさんの意識をその老人に同化させました。
「その老人の中にしっかり入ります。暗い石畳の上に立って、足を入れて濡れたブーツを履きます。身体を入れて汚い黒い服を着ます。右手に杖を持ちます。頭に魔女の帽子をかぶります。髪の毛が白くなって汚くベトつきます。ヒゲも生えてきます。その老人の中にしっかりと入って一つになります。二人の心が結ばれます。そしてその鋭い目でまわりを見て。まわりはどんな風景はですか?」
 彼女は痰の絡んだような声で答えました。
「町並みが見えます。小さいお店が二、三軒見えます。ここは街の中です」
「今日の天気はどうですか?」
「晴れています」
「気候はどうですか?」
「暑くもなく寒くもなく、普通です」
 視覚的にも感覚的にも彼女と老人は繋がりました。私はカルテに二重丸をしました。
「心に触れて、今そこで何を考えていますか?」
 老人が答えました。
「何を盗もうかなぁ、いいカモが来ないかなぁ」
 先生が老人に尋ねました。
「あなたの年齢は?」
「七十九歳だ」
「名前は何と言いますか?」
「リンキンだ」
「あなたの仕事は何ですか?」
「何もしておらんわ」
 先生が時を進めました。
「それから何が起こりましたか?」
 老人は彼女を介して答えました。
「杖で男の子を叩いて持っていたリンゴを取りました。私はただ食べようと思って取っただけなのに、町の人たちに袋叩きにされました。私のリンゴも踏み潰されました」
「その時、どう思いましたか?」
「家族がいないから寂しくて、でも生きていかなくてはならないし・・・この歳では仕事なんかないし、誰からも相手にされないし・・・でも食べていかなくてはならないから盗んだんです。それなのに誰もわかってくれません。この町の人はみんな意地悪です。冷たい人ばかりです。いつもこうやって私をいじめるのです」
「あなたがいる場所はどこですか?」
 先生の世界地図が目の前に拡がりました。
「スイスです」
「年代は何年ですか?」
「1836年です」
「そこは何という町ですか?」
「ジュネーブです」
 先生が時を進めました。
「それから、どうしていますか?」
「私は町の人たちに謝りました。でも、叩いた子供の目の前で引き倒されて蹴られ続けました。今日はなかなか赦してもらえません。私は悪いとは思いながらも心のどこかでは、また盗みをしなくてはいけない、と思っています。私には盗癖があるみたいです。町のみんなは前からそれを知っているみたいです。だから話も聞いてもらえずに打ちのめされたのです。ずっとこんな人生だったような気がします」
 彼女が溜息をつきました。先生は大きく時を戻しました。
「リンキンさんの人生で、一番最初に物を盗んだ場面に戻ってください」
「六歳です。友だちと輪になって遊んでいる時に、大人の人が置いていた洋服から財布を盗みました」
 彼女の嗄しわがれ声が治りました。
「なぜ財布を盗んだの?」
「家が貧しかったから。ひもじい思いをしてたから」
「それはうまくいったの?」
「はい、そのお金でパンを買いました。でもそれがお母さんにばれて、そのお金を取り上げられて、それ以来、お小遣いをもらえなくなりました。あの時から盗まないと食べていけなくなりました」
「それはどんなお母さんですか?」
「とっても恐いんです。黒い目で睨みつけるんです」
「そのお母さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
 彼女は悲しそうに答えました。
「今の母親です」
「お父さんはいるの?」
「どこかに出稼ぎ行ってしまったみたいです。もう帰って来ないかもしれません」
 先生は、お父さんはどんな人か、今の誰か、を確かめに戻りました。
「お父さんとの一番楽しかった思い出の場面に戻ってください。あなたはいくつになって、何をしていますか?」
「お父さんと草原で、おもちゃの飛行機を飛ばして遊んでいます。五歳くらいの時かなぁ。お父さんの髪はゴールドがかった茶色で目はブルーです。ニコニコしています」
「お父さんは好きですか?」
「はい。お父さんはとっても優しいです」
「そのお父さんは、今のあなたが知っている人ですか?」
「はい、主人のような気がします。家のお父さんです」
 彼女は黙り込んでしまいました。先生は彼女の主題に時を移しました。
「ではリンキンさんの人生で、人が怖い原因が最もよくわかる場面に移ってください。あなたはいくつ
になって、何をしていますか?」
 彼女は大きく溜息をついてからボソボソと答えました。
「十四歳の時です。何かを盗もうと民家に忍び込みました。でも家の旦那さんが帰ってきて見つかって、棒で背中をいっぱい叩かれました」
 彼女も身体を少しよじりました。横から見ていると本当に背中が痛そうに見えました。
「それからどうなりましたか?」
「ぐったりとしたら、ネコのように首をつかまれてドブ川に放り出されました。泥水を飲み込んじゃい
ました。苦しい・・・」
「その時、どう思いましたか?」
「何で見つかったのかなぁ」
「それからどうしていますか?」
「また違う家を探して物色しています。でもいい家がないから、今日もひもじい思いをしたままトボト
ボと家に帰りました。背中がとても痛みます」
「家に帰ると、お母さんは何か言いましたか?」
「家の手伝いも満足に出来ないのかい、って感じで無視されています」
「お母さんはあなたが盗みをしていることを知っているのですか?」
「当たり前です。盗んでくるのを待ってるんです。盗むのが私の仕事なんです。稼ぎが良い時だけ上機嫌です。酒に酔って抱きしめてくれることもあります」
「どんな物を盗むの?」
「食べ物とかだけど、一番はお金です」
「盗みに入っている時、何を考えていますか?」
「見つかるのが恐いんです。人が入ってこないかとドキドキしながら盗んでいます」
 ゆかりさんの主題にたどり着きました。でもリンキン君に悪気はありませんので、時空間を越えたネガティブなエネルギーはここにはなさそうです。先生は他の場面を探りました。
「ではリンキンさんの人生で、次に大切な場面に移ってください。何か見えますか?」
「真っ白で何も見えません」
「ではリンキンさんの人生で、一番大きな盗みをした場面に移ってください。何が見えますか?」
 彼女の声が少し元気になりました。
「二十歳くらいです。立派なお屋敷に忍び込んで、大きな花瓶を盗んでいます。うまくいきました。古い街で出店を開いて盗品を売りさばいています」
「その時、どう思っていますか?」
「盗みもうまくいっているし、ボチボチ品物も売れているから楽しいです」
 先生はリンキンの人生の幕を引きました。
「ではリンキンさんの人生で、死ぬ場面に進んでください。あなたはいくつになって、どこでどんなふうに死にそうですか?」
「八十一歳です。老いぼれた小屋に独りで寝ています。身体の苦しいところはありません。どうやら老衰で死ぬみたいです」
「死ぬ間際に何を考えていますか?」
「自分の人生って楽しいことは何もなかったなぁ・・・」
「その死ぬ場面を通り越して、リンキンさんの魂が宙に浮いたら教えてください」
 リンキンはすぐに答えました。
「はい、離れました」
「身体を離れた時に、何か決心したことはありますか?」
「こんなしんどい人生はもう嫌です。孤独でした。結婚しなかったから、いつも独りでした。いつも寂しかった・・・」
「だから、次はどうしようと思いましたか?」
「あったかい家庭を作りたいです」
「あったかい家庭を作るためには、どうしようと思いましたか?」
「わかりません・・・」
 先生は彼の魂にその人生での死を確認させました。
「リンキンさんの死体を見て、どう思いますか?」
「とても汚いです。痩せ細っていて汚らしいだけです」
 彼の魂が見るのも嫌そうに答えました。
「身体を離れて宙に浮いたあなたのまわりに、あなたを迎えに来た存在や声をかけてくれるような存在はいませんか、感じませんか?」
「柱の後ろに光が見えます」
「その光はあなたに何と言っていますか?」
「こっちへおいで、って呼んでいます」
「その光はリンキンさんの知っている人ですか?」
「はい、なんだか若い感じの人です」
 先生は彼の魂を高みへと導きました。
「そのまま上へ高くあがります。高く高くあがって、そこから下を見るとリンキンさんの人生が一本の道のように見えます。その人生を高い高いところから見て、そして何か気がつくこと、感じることはありますか?」
 彼の魂が静かに答えました。
「盗みを働いてはダメです。一生懸命働けば幸せになれていた人生だったのに、盗癖に負けて、それを治そうとしませんでした。もっと努力するべきだったのです。本人はそれに気づいていましたが、治す努力をしませんでした」
 先生はさらに高みへと導きました。リンキンさんの人生とゆかりさんの人生が交錯しました。
「もっともっと上へ、どんどん高く高くあがりますよ。その高い高いところから下を見ると、リンキンさんの人生と、今のあなたの人生が平行に並んで見えます。ふたつの人生を高い上から見て、そして何か気がつくことはありますか?」
「償いです。盗みで人を困らせたことへの償いです。だから今、自分が人から奪われる苦しみを味わっているのです・・・。まじめに働くことです。もうちょっと人に心を開くことです。もっと素直な心で人を信じることが必要です」
 ゆかりさんの声が答えました。
 先生は光へ向かって導きます。彼女の魂のヴァイブレーションが高まります。部屋の空気が踊りだします。そして先生が尋ねました。
「そこから上を見ると、上の方はどうなっていますか?」
「青い空に白い雲が見えます」
「その空に向かって昇って行きましょう。白い雲を突き抜けて雲の上に出ます。そこに誰かいますか、何かありますか?」
 彼女はびっくりした声で答えました。
「死んだ弟が座っています」
「弟さんはどんな表情ですか?」
「頭の上に天使の輪があって笑っています」
「彼は何と言っていますか?」
「よう来たね、って、なんだか照れくさそうに笑っています」
「あなたに会いに来たのよ、って言ってあげたら?」
「ふーん、って感じです。今ひとつ、実感がありませんね」
「弟さんとそこでお話してください。話が終わったら教えてください」
 ゆかりさんは無言になりました。でも彼女の魂のヴァイブレーションは高いままだったので、先生はそのまま待ちました。しばらくして彼女は話し始めました。
「これからお姉ちゃんはどうやったら前向きに生きていける、って聞いたら、お姉ちゃんは何でも決めつけてかかるから、話を最後まで聞いてくれないんだ。そこがお姉ちゃんの悪いところだ、って言われました。もうちょっと人の話を落ち着いて聞くこと、気持ちを落ち着かせることがこれから先に重要になるよ、って教えてくれました。これが出来なかったら、まだまだ色々なことで失敗するから、必ずワンクッションを置いて落ち着くことだよ、って諭してくれました」
 先生はマスターを探しています。
「そこからさらに上はどうなっていますか?」
「白い雲で出来たお城みたいなものが見えます」
「あのお城に一緒に入ろうよ、って弟さんに聞いてください」
 でも弟は一緒に行けない様子です。先生は弟に尋ねました。
「どうして君は入れないの?」
 弟が姉を通じて答えました。
「僕はまだここで勉強中だから、あそこには入れないんだよ」
「君は何を勉強中なの?」
「僕は生きている時に、いろんなことを中途半端にしたまま生きて来たから、そういうことをやり遂げるために必要なことを勉強してるんだ」
「君は自殺してから、すぐにここまであがって来れたのかな?」
「最初は自殺した場所の宙に座っていたんだ。お母さんに向かって助けを呼んだんだけど、なかなか来てくれなかったんだ。仕方ないから隣のおばさんを呼んだんだよ。警察署にお姉ちゃんが来てくれた時にはホッとしたよ。お姉ちゃん、ありがとう。でもね、僕の死体が警察の安置室に入れられた時には寂しかったなぁ」
 ゆかりさんが彼に「ごめんね」と言いました。
「お姉ちゃん、いいんだよ。お姉ちゃんたちが家でお葬式をしてくれて、お寿司とか僕の好きなものをお供えしてくれたから、とっても嬉しかったよ。僕、お腹がすいてたからね」
「それからどうなったの?」
「死んだお父さんがこの勉強している場所まで連れて来てくれたんだよ」
「君のそばに、まだお父さんはいるのかな?」
 ゆかりさんの魂に戻って答えました。
「もう見えないんです。お父さんはそのお城みたいなところに行ってるのかなぁ・・・」
「では、あなたはそのお城に入ります。お父さんはいましたか?」
「はい、ニコニコ笑っています」
「お父さんはあなたに何と言っていますか?」
「お母さんのことを頼む、って。お母さんを大事にしてくれ、って。お姉ちゃんと仲良くしなさい、って。お母さんをあまり怒らないでくれ、って。お母さんはあれでお母さんなりに一生懸命やっているのだから、もういいだろう、って。お前ももうちょっと自分の家族を大事にして相手の立場になって物事を考えるようにしなさい」
「お父さんはなぜ先に死んでしまったの?」
 お父さんが彼女を通じて答えました。
「その時が時期だったんだ。役目が終わったんだよ。最初から長くいるつもりはなかったんだ。子供を一人前にするのが役目だったんだ。その役目が終わったから、ここへ帰ってきたんだよ」
「今、幸せ?」
「うん。ここは楽しいよ」
「お父さんはいつも私たちを見守ってくれてるの?」
 お父さんは「えへへ」と笑いながら答えました。
「お前たちにはそれぞれ旦那さんがついているから大丈夫だけど、残されたお母さんのことが心配なんだ。お母さんのことを頼んだよ」
 先生はマスターを探しました。
「そのお城の中には王様のような人はいませんか?」
「お不動さんみたいな人がいます」
 先生がお不動さんに尋ねました。
「今回の私の人生では、なぜ人が怖いのですか?」
 お不動さんがゆったりとした口調で答えました。
「自分自身が怖いからです」
「それはどういう意味ですか? もう少しわかりやすく教えてください」
「アルコール依存症のことです。断酒会で自分を見つめなおす作業を疎かにしてはいけません。常に自分を点検していなさい」
「アルコール依存症はどうやったら治るのですか?」
「落ち着きなさい。とにかく心に落ち着きを求めなさい。落ち着いて人に接すれば怖くはありません。あなたは人と話をする時にいつも考え過ぎてしまっていて人の話に心が集中できないでいます。だから自分で様々な妄想を作ってしまうのです。そう、すべてはあなたの妄想なのです。人が怖い原因はあなたの心が生み出しているものなのです。もっと広い心であなたの中にある神を信じなさい。きっとあなたの中にいる神に祈れば、そんなあなたに落ち着きを与えてくれますから。祈りと瞑想があなたを導きます」
 お不動さんの言葉のエネルギーが彼女をしっかりと包み込みます。先生が続けました。 
「今回の人生の目的は何ですか?」
「忍耐です」
「忍耐とは何ですか? どういうことですか?」
「あなたは今まで自分の力で困難を乗り越えて来たことがありません。いつもお酒に逃げてばかりでした。でも今回の人生ではお酒をキッパリとやめています。あなたは自分の力だけでいろんな試練を乗り越えていくチャンスを初めてつかみ取ったのです」
「今の借金生活からいったい何を学ぶのですか?」
「お父さんを許しなさい。夫を許しなさい。お母さんを許しなさい。すべてを受け入れてあげなさい。すべてをなすがままに受け入れなさい」
「でも、すべてをなすがままに受け入れても借金は減りませんよ。実際の生活は苦しいばかりじゃないですか?」
「夫の責任せいばかりじゃありません。あなたがノーと言う時に、その強さの使い方を間違えているのです。夫の借金はあなたが意地でも止めさせようと思えば、止めさせることが出来ることだったのです。それなのにあなたも情に流されるところがあって借金の保証人になってしまったのです」
「では情に流されないためには、どうすればいいのですか?」
 彼女は少し黙り込みました。お不動さんのメッセージを翻訳するのに手間取っている様子です。
「最初に嫌だと思った直感を大事にしなさい。最初の閃きを大事にしなさい。心を落ち着かせると直感が働きだします。心を開いて耳を澄ませれば私の声が聞こえます」
 先生が話題を変えました。
「人間は何のために生きているのですか?」
「成長するためです。魂を成長させるのです。魂の輝きを磨くのです」
「人間は成長していったら、最後はどうなるのですか?」
「神の国に行けます」
「あなたも神の国に住んでいるのですか?」
「神の国よりひとつ下のレベルに留まって人間の世話をしています。お父さんや弟がいたところで、いろんな魂を救っているのです」
「あなたもそうしながら何かを学んでいるのですか?」
 お不動さんは無言でした。先生は質問を変えました。
「お母さんから私は何を学ぶのですか?」
「許すことです。あなたは今生では許すことが大事なのです。あなたのまわりはそんな人たちばかりで、あなたはいつも怒ったり攻撃したりしています。しかし、その怒りを解き放ってすべてを許していきな
さい」
「私に許す力はありますか?」
「あなたの努力次第です。あなたが許そうと努力すれば、その力はあなたの奥深くから湧き出てきます」
「どんな努力をしたらいいのでしょうか?」
「あなたは断酒会に行って自分を見つめなおす作業を続けなさい。必ず許せる時が来ます。私を信じなさい。あなた自身を信じなさい」
 お不動さんが力強く言いました。先生は続けました。
「なぜ私は何度も生まれ変わっているのですか?」
「あなたの今までの人生はアルコール依存症だったり、自殺したりばかりでした。途中で逃げてしまう人生が多くて、まともに人生を全うしたことが少ないのです。でも今回の人生では、いつものアルコール依存症から断酒会につながって、一人で人生をちゃんと歩いています。よく頑張っています」
「私は今までに何回生まれ変わりましたか?」
「八十六回です」
「息子との関係は何ですか?」
「あなたはもう答えがわかっているはずです。すでに気づいているとおりです。あなたは息子をいじめています」
 彼女は囁きました。
「生まれた時もかわいくなかったんです」
 お不動さんは続けました。
「息子からいっぱい学ぶことがあるはずです。あなたもこれから息子と一緒に成長して行くのです。息子の言葉に耳を傾けなさい。子供が言っていることだから、と疎おろそかにしないことです。息子は寂しがっています。彼も孤独を感じています。あなたと同じです」
「八十六回の中で息子と一緒の人生は何回ありましたか?」
「二十四回です」
「夫との関係は何ですか? 夫から何を学ぶのですか?」
「彼はあなたの鏡です・・・彼は落ち着いています。彼は人を許せる大きな心を持っています。あなたのすぐそばに良いお手本があるでしょう。それに気づきなさい」
「八十六回のうち、今の夫と一緒に生きた人生は何回ありますか?」
「八十回です」
 先生は人生の計画について尋ねました。
「今の私の人生はここまで順調ですか?」
「予定通りです」
「これは私が計画した人生なのですか?」
「頷くだけです・・・自分が計画したんだ、って今はよくわかっています」
「今のこの人生を計画している場面を見せていただけませんか?」
「雲の上にいます。今回はいっぱい成長したいと思っています。だから厳しい人生を選びました。今まではあまり成長できなかったから、今回は霊的に成長したいのです。それが人生を繰り返す目的なのです」
「ではそこにいる、あなたの人生を計画している魂に聞いてください。今回の人生はこの調子で大丈夫ですか?」
「ふたつの声が聞こえます。ひとつは大丈夫だよ、って。もうひとつは人生の計画は教えられないよ、って言ってます」
 先生は彼女に今の人生を生き抜くための目標を与えよう、と未来へと誘いざないました。
「今回の人生の目的をクリアーできた、未来の私の姿をちょっとだけ見せてください・・・。あなたは何になって、何をしていますか?」
 ゆかりさんの魂が嬉しそうに答えました。
「十七、八歳の若い女の子になって、パーティーで楽しそうに踊っています。白人で金髪をショートカットにしています。目はブルーです。とってもチャーミングな女の子です」
「その未来のあなたから今のあなた何かアドバイスをもらいましょう。未来の彼女は何と言っていますか?」
 踊っている彼女が答えました。
「必ず乗り越えられるよ」
「どうやったら乗り越えられるの?」
「あせらないことだよ」
「あなた、今、幸せ?」
「もちろんだよ。見てごらん!」
 先生が未来の彼女にしっかりとアンカーしました。
「彼女と握手をしてみて。どんな感じですか?」
 ゆかりさんが答えました。
「手が冷たいです」
「あなた、本当は心が冷たいんじゃないの?」
 先生がちょっと意地悪をしました。
「そうかもしれないよ」
 未来の彼女は笑いながら答えました。
「パーティーに来ている人たちに彼女のことをどう思う? って聞いてみてください」
「結構人気あるみたいです。みんな、ニコニコしています。そう、ここはアメリカです」
「どうして彼女のこと、みんな好きなの?」
「明るいしチャーミングだからだよ、ってみんな口々に言っています」
「彼女の良いところは何ですか?」 
「いつでも、どんな時でも明るいことだよ。人に元気を与えてくれるからさ。一緒にいると元気をもらえるんだよ」
「未来のあなたにお願いしましょう。あなたの元気を今の私にも分けてくれませんか?」
 ゆかりさんはガッカリして言いました。 
「・・・・分けてくれません」
「なぜ?」
「私の考え方を変えない限り、いくらポジティブなエネルギーを渡してもあなたの元気は持続しませんよ、って言われました」 
「では、私はどうしたらいいのですか?」
 ゆかりさんはしばらく考え込みました。
「祈りと瞑想から色々な気づきが得られます。心を開くように頑張りなさいね、と言われました」
「未来のみなさんに聞いてください。今の私を応援してくれますか?」
「みんな、ヒューヒューって口笛を吹いて拍手喝さいしてくれています。私を歓迎してくれています」
 彼女の頬を涙が伝いました。先生は彼女をお不動さんのところへと戻しました。
「お不動さん、私はこれから今の人生に戻って生きていきますが、最後にもう一言、何かアドバイスをいただけませんか?」
「あなたは自分が思っている程、弱くはありません。もっと自分の力を信じなさい。もっと自分を好きになりなさい」
 お不動さんの言葉のエネルギーがこちらにも伝わりました。
「お不動さんと握手してください。どんな感じですか?」
「お不動さんが抱き締めてくれました」
「どんな感じですか?」
「フワフワしています。お不動さんも笑っています」
「お不動さん、これからも私を見守ってくれますか?」
「うん、うん、って微笑みながら頷いています」
「これから辛い時にはどうしたらお不動さんを感じられますか?」
「祈りは必ず届いていますよ。祈りなさい、って言われました」
「下の方にお父さんと弟が見えますか?」
「はい」
「ふたりからこの人生を生き続けていくあなたに何かメッセージは届いていませんか?」
「もっと楽しみなさい。気は持ちようだよ、って言われました」
「では、あなたはもといた安全な場所に戻ります。しっかりと着地をします。あなたのまわりに何か変なもの、嫌なものは付いていませんか?」
「羽根が背中にあります」
「その羽根を持って帰りたいですか? そこに置いて帰りますか?」
「置いて帰ります」
「では上の方にいるお不動さんに、その羽根を預かっておいてもらいましょう。お不動さんは何と言っていますか?」
「笑いながら、うん、うん、って頷いてくれました」
「その安全な場所から、今この時へと戻ってきます。催眠から完全に覚めて、今のこの身体へと戻ります。身体を感じて。戻ってきましたか?」
「はい」


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