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地域の人だけでは地域は良くならない 木下斉×糀屋総一朗対談(中)

ローカルツーリズム代表の糀屋総一朗がさまざまな方をお迎えして語り合う対談、第1弾はエリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉(きのした・ひとし)さん。中編は地方に対する「外の目」についてです。

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「外からの目」をいかに地域に入れ込むか

糀屋:大島に2年ぐらい行って思ったのが、最初の感動とか完全に消えてしまっているんですよ。たった2年いるだけでそうなっているので、何十年と住んでいる地元の人達はもっと、いろんなものが常態化してしまっているんだろうなと思います。

だから本を読んだりいろんな人と会ったりするのが必要、と言われていますが、それってなんで必要なのかって言うと、「外からの目」を入れないといけないっていうことなんですよね。そういうことが本来だったら島の中だけで行えればいいんだけど、それは難しい。外からの視点をどういうふうに地域に入れ込んで事業をやっていけるかが鍵になるなと。

地域をダメにしてるのはいろいろな原因がありますが、地域の人達自体にも原因があるのかなって最近思ってます。全然ディスっているとかではなくて、いいものがあっても構造的に見えなくなってしまうから、価値付けも難しくなってしまう。そのあたりを変えていくのが重要なんだろうなと思ってます。

木下:僕も一緒に仕事をするのは、地元の中で普通ではない、異常な人ばかりですよ(笑)。例えば、今、熊本県上天草市にあるシークルーズという会社と仕事をさせてもらっているのですが、同社は10年前に三角港から松島港までの定期航路に参入しました。当時は絶対に成功しないと言われたそうですが、着実な営業努力をした結果、JR九州と提携してきっぷをみどりの窓口で販売してもらったり、熊本駅から三角駅までA列車という特別急行列車まで走らせる話へと発展していったのです。

特別急行列車・A列車と、シークルーズの船を組み合わせて公共交通機関で天草までいけるようにしたことで、年間何20万人以上の方が天草に来るようになりました。さらに、生活経路としても重宝されるようになりました。もともと橋しかないからいつも通勤・通学の時間帯や土日は渋滞していたので、住民は皆困っていたんですね。今や島から熊本市内に通う子どもたちにとっても船が通学・通塾の足になっています。観光客を呼ぶに加えて生活の質も向上する、素晴らしい成果へとつながっています。最初はあれこれ言われた同社の瀬崎社長も、今や地元で一目置かれる存在に当然なっています。誰しも最初は何者でもないわけですし、変わり者くらいに言われたりするのですが、そういう人ほど挑戦し、地元の常識を覆して新たな発展を作り出します

糀屋:その事例は本当に素晴らしく、お手本にしたいですよね。

木下:あと同社は観光船もやっているのですけど、地元で一番高い値付けなんですね。一見すると大変そうに思えるのですが、逆で最も人気になっています。高いけど、良い船で良いサービスをする。高い値段をちゃんと払う顧客ばかりだからクレームとかもあまりなく、スタッフも定着する。好循環を生み出しています。

安くたくさんではない、値段を高めていくのに必要なサービス改善こそ、地域を安定的に成長させていくことになります。安くてたくさん供給されるものはわざわざ遠くから人が訪ねてくることはありませんが、品質が高く、価格も応じて高いものこそ本物とされて、遠くから人がわざわざ目的にして訪れるようになります。

欧州の300年、500年単位で繁栄している都市は、適切にこの流れを組んでワイン、チーズ、ハム・ソーセージ、皮革産業などしっかりと自分たちの核を持って、多様な地場産業を作っています。

時代にあった実態に「変化」する

ーー信念を持って「いい」と思ったことはやりつづけるということでしょうか。

木下:もちろん信念、思いも重要ですが、変化していく、変化を促していくことも重要です。拙著「まちづくり幻想」でも触れているのですが、フランスで最も一人あたり平均所得が高い都市の一つに、エペルネーという3万人ほどの地方都市があります。シャンパーニュを生産するメゾンの集積地になっているところです。海外にも輸出するシャンパーニュは、6000億円を超える産業とも言われていますから、本社が多数ある同都市の平均所得はとても高くなるのです。

正直ワインは、ぶどうを醸造して作る農業加工品にすぎません。畑がひたすら広がっているようなまちですが、それが大きな富につながっているのです。このプロセスは多数の技術革新による変化によって成し遂げられています。有名な話ですが、エペルネーはもともとはあまり糖度の高いぶどうのできない寒冷地で、それを逆手に取って加糖するなどの工夫を通じてきれいな泡がでる方法を作り出していました。同時に、シャンパーニュ地方の西側でフランス産業革命が起きて、工業力が高まり、高い気圧に耐えられる高品質なガラス瓶を大量生産できるようになった。これがシャンパーニュの国際輸出を可能にするイノベーションとなったわけです。

そのうえで、イギリスに輸出するようになり、世界的評価も高まって今のような地位を確立しています。シャンパーニュと呼んでよいものをしっかり法律で規定して守るとともに、数々の技術革新を通じて新たなものを作る、新たな市場を形成していっているわけです。今となっては、産業革命で名を馳せた都市は衰退してしまいましたが、エペルネーは500年にも渡り、豊かな生活が可能になっています。

糀屋:なるほど。

木下:時代時代で革新性を取り込みながら、稼ぎ方を変化させていくことこそ重要です。一ついえるのは、農林水産業は土地からとれる恵みによる生産力をもっているから強みになり、長期に渡る稼げる分野であるということです。工業やハイテクは国際競争も激しく、また地理的に移動していきました。欧州、米国、日本、そして中国、台湾、韓国、そしてこれからはインド、ベトナムなど次々と移転していっています。しかし、生産地の特性が重要な農業加工品については、その地域に固定化され、移動しません。生産量がいきなり増加することもありません。国際的評価が高まり需要は拡大するが、供給量は一気に増加しないからこそ、安定的な地域の繁栄につながるのです。

日本でも戦前は国からの支援なんて当てにならなかったので、「各地域で稼がないといけない」ということで殖産が活発に行われていました。しかし、今は長期にわたり地域の土地の力を稼ぎに変えるための努力について、全く議論されなくなってしまいました。むしろいかに国からの予算をもらうか、が戦後定着してしまい、稼ぐより貰うが先にたってしまう。戦後を通じて一貫して「稼ぐためにどうするか」を考える脳みそを回す力がなくなっていってしまっているのを感じます。

糀屋:国の支援もいつまで続くかわからないし、民業の存続ってローカルで見ていくとなおさら大事ですよね。僕も最初大島でMINAWAを始めた時、「何やってんだこいつ」って哀れみの目で見られたんですよ。でも今や、MINAWA1つで島の総所得の1%ぐらいを増やせた。本来であれば島の資産を生かした事業を島の人達が率先してやっていくようにしたいんですけど。僕がやることで、その仕組と自分たちの島の価値に気づいてくれるといいなと思っています。

木下:そうそう、小さな経済圏ほど成長の機会って作りやすいんですよ。むしろ100万都市とかのほうが難しい。まず島とかであれば、稼ぎの10億を次の5年で20億にするにはどうするか? というロジックをみんなで考えていかないとダメですよね。

糀屋:ほとんどの人がやる気ないですしね。

「現状維持」が地域を衰退させる

木下:地方の深刻なところは、年金生活者が大半を占めているということもあるんですよね。年金もらってる人はある程度生活できるし、持ち家だし、身の丈にあってるしこのままでいいんじゃないか? という発想になってますよね。今の日本の年金支給額はGDPの1割に達していて、当然高齢化率の高い地方ほど経済に占める年金のインパクトは多い。今多くの地域ではスーパーのセールは、給与支給日ではなく、年金支給日に行われるようになっています。

さらに働いていない人は給与上昇が期待できないから、物価上昇も生活にとってマイナスだし、人生が終わっていく中で経済的成長も目指さないし、新たな投資にも消極的な方が多かったりします。「コロナ禍からの経済回復」と言われても、働いていないので関心は低く、むしろ経済よりも安全とか言い出してしまう。働かなくても収入がありますからね。もちろん、人によりますが、まちでの話をしていても、経済成長とかの話への関心があまりに低い。こうなると、資産がまだない、これから稼いでいかねばならない若者たちは大変困ります。でも子供を産んで、育てて……となると、「このままじゃマズイぞ」となる。だから手っ取り早くその「マズイ」を解決するために、外に出ていってしまう人がほとんどです。

地方の高齢者で、子供、孫の代に向けてこの地域を良くしようと考えてる人ってほとんどいません。もっと言うと東京ですらそう。「次代に向けて何を残すのか」という発想になっていなかった。最近の若い人たちの方が、「次世代」ということをしっかり考えて動いてる感じがしますね。

糀屋:大島も人口構成は65歳以上が半分で、残りの労働力人口男性の3分の2が漁師さんや漁業関係者って感じなんですよね。

木下:それでいうと、各地で林業が新しい展開になっています。もう誰もやる人がいないところまで至った上で、大変革につながっていたりします。誰ももう今までのやり方でやっている人もいないので、新たに「やりたい」と言ってくれる若い人にタダ同然で工場を貸したり、資材を使ってもらえばいいよ、ということになるのです。従来のやり方が細々とでも続いていると、どうしてもそれに固執しますが、それが完全に絶えると次のことが動き出す。なにか今までのものが一旦なくなるということ、非連続になるということも、決して悪いことではないのです。

どうしても衰退とか、なくなるというとネガティブになりがちですが、今までの何かがなくなり、新たなものに置き換えられて何らかの変化が起こることのほうが、実は長い目でみれば大切だったりするのです。

(取材・構成 藤井みさ)

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