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突然、鬱病になった大学院生。明日は我が身と知って欲しい。

「朝起きたら、体が動かずそのまま気がつけば一週間ほど経っていた」

某大学で研究をしていた僕の体に異変が起きたのは突然だった。自分で話すのもなんだが、社交的でストレスなく研究生活を謳歌していたと自負している。確かに困難な壁に直面することは多々あったが、それを乗り越えるプロセスも楽しんでいた。それがどうだ、気がつけば意識なく食事をし、先生には体調が悪いと連絡を入れ、シャワーを浴びていたらしい。意識がはっきりとした時に気づいた。

「自分が鬱病だと言えるうちは鬱病じゃない」

そんなことを友人と話した記憶がある。冗談交じりで発したこの言葉は重く自分に突き刺さった。会話ができない。外出できない。食事ができない。最低限の生活ができない。そんな自分がそこにいたのだ。一ヶ月前はあんなに元気だったのに、二ヶ月前はあんなに意欲的だったのに、一年前の写真に映る自分が別人に思えた。最初は自分を鬱病と認めたくなかったが一ヶ月も外に出られなければ、そう思う他無かった。

「最近気分が悪くて外に出れないんです」

細々とした声量で言葉を口から出したのは、異変から半年後のことだった。季節は半年で変わる、流行は半年で変わる、人間は半年で変わる。良くも悪くも変わる。僕の場合は考えられる悪い方向に進んだ。半年で体重が20kg落ち、外に出るのは大量の食材を買い込む時だけ、言葉を発することはなく、ただひたすらに横になっていた。何も考えていない訳ではなく、ゆっくりと自分と対話していた。自分はどんな人間で、どうなりたいのか、どういう人と話すのが好きか、将来はどんなお父さんになりたいか、どんな食べ物が好きか、失敗は怖いか、小学校の時は何が欲しかったか、今はどうしたいか。心療内科に電話をかけるまで半年かかった。

「来てくれて良かった」

どういう意味だろう?何が良かったんだろう?誰がプラスになったんだろう?良かったことって良いことなのかな?帰ってこなかったらどう思うんだろう?次いつ行くと喜ぶんだろう?人と会話するってこんなに頭を使うんだったっけ?何話せば良いだろう?何話せば悪いだろう?そんなことを3分ほど考えているうちに、医者の前で泣いた。半年ぶりに感情が出て来た自分に驚きはあったが、止まらなかった。

「また来たか」

薬を飲んだり、大学を変えたり、新天地で一年後にまた再発したり、恋をしたり、色んなことをしている時間が鬱を遠くに離してくれた。でも、最近黒い影がこちらを見ている気がする。しかし、今は昔と違って突発的な恒例行事のような関係性で鬱と付き合い、しっかりと向き合っている。正直辛い。辛い。助けて欲しい。そう思うが、最終的には自分がなんとかしないとどうもならない。助けを求めるのも自分だ。そこが最終防衛ライン。助けを求める体力だけは備えておきたい。

6%の日本人がなると言われている「鬱」。みなさん明日は我が身です。

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鬱くんと最近は友達
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