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3Pプレイと海苔巻と

これは、国内0.5%レベルの富裕層も来店するような、老舗高級店にいた頃のはなし。

その頃わたしの源氏名はニーナで、在籍して数年が経ちそこそこ客が付いていた。春を札束で買う男達を軽蔑してたかといえば案外そんな事も無く、社会性を脱ぎ心まで裸になれる相手が娼婦しかいないって、昭和生まれの男はつくづく大変だなとか素直に思っていた。性より人肌を買いにくるような遊び方の男は総じて孤独だ。

資産運用で40代セミリタイアだけどEDに悩み抜いた結果、体外受精を計画中のお客。

業界トップ企業の管理職だけど元読者モデルの奥さんとはレス、本人は無自覚なセックス依存性で週2で風俗通いのお客。

過労死ラインをひた走りながら不眠症と発達障害の息子と離婚訴訟に追われる、アル中気味な広告代理店のお客。

幕の内弁当のごとく、あらゆる種類の金持ちと接することが出来た。今思えば捕まってないだけの詐欺師なんかも混ざっていたように思う。

そんな日々を終えて時が過ぎた今なお、ある食べ物を目にすると思い出す客がいる。

なんでも親から相続した遺産が使い切れない程あるらしく、それを湯水のごとくばら撒き、酒池肉林と淫蕩の限りをつくす店付きの太客だった。
朝から晩まで出前寿司やウナギを肴にベッドで酒を飲み、気が向けば女の子にまたがってもらい、また酒を飲み、膝枕でウトウトしたり、また酒を飲む。プレイはほとんど無いに等しい。
そんな調子で一日八時間とか平気で店にいるもんだから、店の女の子たちのあいだでも有名だった。

その客は特定のコンパニオンに入れ込まないのが信条だと言っていたが、いつの間にやら元ヤンのS先輩に惚れ込み、いつの間にやら貸切(一人の女の子の一日分のシフトを買い上げること)が何ヶ月も続いたかと思えば、財産を使い切ったのかぱったり見かけなくなった、店に初めて顔を出してからたった一年半の出来事だった。

S先輩は元ヤンらしく控え室で肩肘ついて高級弁当を広げながら、「あいつ来なくなったね、持ち家も無いのに食う金あんのかな」と言ったきり、その客について口にしなくなった。店を通さずに裏で会うタイプの先輩じゃなかったから、みんなそれを信じたし、先輩以外にその客の連絡先を知ってる人間はいなかった。


親の資産を高級風呂屋に溶かしきったその客はまだ先輩に恋慕を抱く以前、二輪車(女性が二人付く遊び)の二人目に時々わたしを指名する事があった。
決まっていつも寿司桶に梅きゅうの巻物を用意し、こう言った。
「梅きゅう好きだったろ、ニーナと言えば梅きゅうだもんな。だから今日は呼んだんだ、一緒に食おう、な、どうだ旨いか?」

梅きゅうが好きだなどと言った記憶は一切無かったが、安い海苔巻きでたいそう喜ぶわたしの演技を視界におさめては、その客はいい顔で笑った。

金の使い方が下手な金持ちは、金目当ての下品な女に疲れている。

いびつな金持ちたちの奇妙な生態系の中でユカイに仕事をしながら、金は手段であり人生の目的では無いこと、人気嬢になるよりこの世界から綺麗に足を洗うことの方がずっと大変であることは、火を見るより明らかだった。
学校へ行って資格を取ろう、もしくは結婚でもする?太客の会社に就職させて貰うのもアリ。日々あがり方を模索しながら、少しずつ着実に、夜の色に染まる自分を見て見ぬふりをしていた。若くて、無知で、ただひたすらに愚かだった。

あれから月日が流れた。今も私は別の店で同じ仕事を続けている。

大枚はたいて孤独を飼い慣らす客たちを不憫に思いながら、寝過ごした休日の夕方に重い身体をなんとか起こす。ベッドの中で営業用のスマホの返信を一時間かけて終えたら、私用のスマホを開く。LINEの通知は薬局からの一件だけ。仕事に全振りするあまり、友情の繋ぎ方なんてとっくにわからなくなっていた。
このままここで死んじゃっても家賃を引き落とす口座の中身が尽きるまで誰も気付かないだろう、店では人気嬢としてチヤホヤされる女の実態なんてこんなものだ。

昨日の夜から何も食べていないが、動く気力は無い。銀のさらのアプリを起動し、慣れた手つきで寿司桶をひとつ頼む。茶碗蒸しや味噌汁を追加してから、ふと何となく思い立ち、梅きゅうをカゴに入れた。



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或る娼婦の顛末
いただいたお金は酒…仕事の備品を買います。