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【900字】行方不明者たちの国

 日本という国は、四季折々の美しき自然に恵まれ、古来より情緒豊かな文化を育んできた土地である。しかし、その豊穣なる社会の影において、人々が忽然と姿を消すという現象が、驚くべき数で生じていることを、我々は知っているであろうか。実に、毎年約8万人もの人間が、行方不明者として届け出られているのだ。この数字は単なる統計に過ぎないが、その背後には、一人一人の人生があり、家庭があり、友情があり、物語が存在する。

 例えば、2021年の公式な記録によれば、警察に報告された行方不明者の数は、実に79,218人に上ったという。これは、決して無視できる数ではない。現代の日本において、これほどの人々がどこかに消え去っているという事実は、ある種の不安感を掻き立てるものである。

 さらに、行方不明者の内訳を見れば、最も多いのは20代の若者たちであり、次いで10代の若者たちがそれに続いている。青春期の彼らは、未来への期待と不安、あるいは現実からの逃避を抱えているのかもしれない。また、老境に達した人々、特に認知症を患う高齢者たちが、疾病の影響で姿を消すケースも増えており、この現象は社会全体の高齢化に伴い、今後も続くであろう。

 こうした人々がいずこへ去りしや、戻る者はごく少数に過ぎない。日本という国が、無情に見えるこの事態に、いかに向き合うべきか。これこそ、我々が今一度考慮すべき問題であるに違いない。

 ところで、私は時折、ふとした瞬間に、行方不明者たちが一堂に会し、彼らだけの帝国を築き上げているという奇妙な妄想に囚われることがある。
 その帝国は、驚くべきほどの平和に包まれている。そこでは、争いもなく、感情の波立つこともない。ただ静かな日々が淡々と過ぎてゆく。退屈という名の風が、帝国の大地を渡り、そこに住まう者たちは皆、あくびをかみ殺しながら過ごしているのだ。

 そんな無為の王国に思いを馳せる時、私はまるで深い沼に足を取られたように、自らの意識が次第に重くなり、やがて惰眠の甘美な淵へと滑り落ちていく。帝国の住人たちの退屈が、私の心をも包み込み、夢とうつつの境目が曖昧になるその瞬間、私は彼らと同じく、平穏だが無意味な日常の一部になっているのかもしれない。

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