こだわりのタイム ~走るフォーム~
※前回より続きです。気軽にお付き合いください。
「志保、あれからずっと図書室にいたの? 部屋で休まなくて大丈夫だった」
図書室で野乃花と別れてから、私は荻原さんと出会い、結局午後の練習時間が始まるギリギリまで話し込んでしまった。でも今は詳しく話すようなことでもないので、適当に本を読みながら寝てたと野乃花には言っておいた。女子はみんな一時だけでも部屋で昼寝をしていたようだ。2日目の午後。再び野乃花と一緒に幅跳び練習の場所へと向かう。
「よく来たね。石館中コンビ。まだ大丈夫そうじゃん」
火浦がからかってきたので、私も適当な言葉で返しておく。こいつと話す時はこれぐらいがちょうど良い。午前中と同じで練習前は柔軟体操をみっちりこなす。日陰でやれるのと疲れと眠さが相まって気持ちが良い。昼休みに荻原さんと話したことで、高校生と一緒でも変に緊張することもなくなってきた。
「柔軟体操が意外と気持ち良いことがわかった」
隣でやっていた野乃花も同じに思ったらしく、同じ感想を口にする。
「でも午後はいっぱい走ると思うよ」
ペアで組んでいた高校生がそう言って、野乃花はうぇっと露骨そうに嫌な顔をする。高校生だって大変なんだぞと言われて気持ちも少し楽になる。
「じゃあ、それぞれ柔軟体操終わったら午後の練習メニューをやってきまーす! まず中学生から…………」
2日目午後の練習が始まる。午前中の技術トレーニングとは違い、午後はスプリントトレーニング中心のメニューだ。加速走。セット走。マーク走。テンポ走。走る。走る。ひたすら走る。
トップスピードを鍛え、加速力を向上させ、フォームを崩さず安定した走りを教わる。強豪校でもなんでもない石館中の私と野乃花はとにかくフォームが安定しない。1つ1つの動作を先生方や若いコーチから徹底的に指導される。陸上強化人間にでもされてる気分だ。
「石館中の出木さんと多屋さんは持っている素質は素晴らしいんだけど、いかんせん活かしきれてないわね」
女の先生に体の使い方を教わる。途中一旦足を止めて、入江中学や光山中学の走りや跳びを観察する。たまたま火浦が走って跳んでいたのを間近で見た。安定した走りとフォーム。それでいてダイナミックな跳び。
「中学陸上界で有名人な火浦さんみたいにやれって言われても無理でしょうけど、よーく見ると凄いでしょ。彼女は」
たしかに改めて見ると凄い。走りに跳びに崩れないフォーム。同じ中学生かと思わざるを得ない。あんなのと張り合おうとしている無名の私たちが少し恥ずかしい。
「でもね。2人も基本をしっかり覚えて、場数を踏んでいけばそのうち彼女に追いつき、追い越せるかもよ」
最後は励まされて再度練習に戻る。暑い。体が重い。しかし、私や野乃花は言われたことを何度も頭で再生させては火浦の真似事をしてみる。それでもなかなか上手くはいかない。ようやく休憩時間になった。
「暑い………そして辛すぎる……」
野乃花がげんなりとしてドリンクを飲み干す。私も日陰に入り少し休む。他の種目も休憩時間に入ったらしく、石館中メンバー全員が合流した。
「大丈夫? みんな」
気力も元気も暑さと疲れで持っていかれているのか、みんなの反応が薄い。それでもドリンクを飲み、日陰で少し休んだら少しずつみんなの声が戻る。
「死ぬっつーの。マジ……」
「高跳びがあんなに奥深いものだとは思わなかったな……」
「短距離も地獄ですよ~」
「長距離走も変わんないよ。ねぇ、小木」
「……はい」
斉藤さん、山田さん、前野、佐藤さん、小木。顔色に血の気が戻り、みんな息を吹き返す。
「奈織は、大丈夫そうね」
最後に奈織を見やる。
「まぁ……かなりキツイけど。まだ大丈夫」
奈織もドリンクを飲み干し、みんなまだ大丈夫そうだ。私は少し安心した。一方男子は。
「したら、横でこいつが転びそうになって!」
「ちげーよ、押されたんだよアレは」
「お前のせいで俺まで巻き沿いくらうとこだったんだぜ」
「先輩は武蔵女子のJK見てばっかだからですよ」
談笑しながら笑っている。以前から男子に思っていたことを口にしようとしたら。
「あー、いたいた~! 志保」
やっと見つけたと言わんばかりに火浦が近づいてきた。こいつに名前で呼ばれるほど親しくないのだが。
「……なにか用」
急激にその場の空気が変わる。女子はジト目で火浦を見て、男子は一歩下がるように引く。なにやら良くないことが起こりそうなのは言うまでもない。
続く
※齋藤はじめさん。フォトギャラリーお借りしました。ありがとうございます。
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