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トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」⑨

大衆酒場のネオ力——祐天寺「もつやき ばん」の「サワー」

 本連載はネオ日本「食」をめぐる冒険と銘打っているが、食べ物だけじゃなく、飲み物にもネオいものはある。とくに炭酸関係がアツい。
 すこし歴史をひもとくと、炭酸飲料の原理が発見されたのは、1772年のイギリス。その後、現在の炭酸飲料の元祖だと言われているものが1808年のアメリカで誕生している。日本に炭酸飲料を持ち込んだのは、黒船来航でおなじみのペリー提督で、船に乗っけてきた「炭酸レモネード」を幕府の役人が飲んだらしい。そしてこの「レモネード」がなまって「ラムネ」になった、なんて話も。このあたりの事情は、一般社団法人全国清涼飲料工業会のホームページがすごくわかりやすいので、興味がある人はぜひ読んでみて欲しい(http://www.j-sda.or.jp/drinkhistory/)。
 このように、炭酸飲料の日本上陸はかなり早いわけだが、アルコール×炭酸の組み合わせは、昭和20年代以降ようやく活発になる。ホッピーは昭和23年に登場したビールの代用品だし、チューハイも、戦後進駐軍が広めたハイボールを、ウイスキーではなく焼酎で作ってしまうという、けっこう強引なやり口によって広まったものとされている(戦後のドサクサ感が素晴らしい)。いずれも「元ネタ」に似せて作るところからはじまってはいるが、いつの間にか元ネタが関係なくなり、おいしければいいとばかりに、どんどん種類を増やしている(コンビニの缶チューハイの多さをご覧なさい)。炭酸で割った酒の歴史は、海外からもたらされた炭酸を日本人が利用し倒してきた歴史なのだ。
 で、今回わたしが紹介したいのは、レモンサワー。EXILEが1回の打ち上げで2500杯飲むと噂のレモンサワーである。ベースとなる焼酎を炭酸で割り、レモン汁を加えたもので、いわゆるチューハイの一種である(と改まって説明するのもなんだかおかしいが)。海外にもサワーと呼ばれるカクテルは存在するが、向こうのサワーは、蒸留酒を柑橘系のジュースで割ったもの。もちろん焼酎なんて使わない。つまり外国人が飲んだら「思ってたんと違う」となりつつも「うめえ」となるのが日本のサワーなのだ(自分調べだが外国人のレモンサワーファンはけっこう多い)。
 レモンサワーを飲むとなれば、やはり祐天寺「もつやき ばん」に行かねばなるまい。同店のレモンサワー(メニュー名は「サワー」)は、日本でサワーという名がつけられた最初の飲み物であるとされている。ちなみに1杯400円。
 大衆酒場にたいへん詳しい人(おかもっちゃん)と結婚した関係で、ばんにはこれまで何度も足を運んでいる。はじめ1店舗で営業していたばんは、いまでは2店舗に増えているが(本店のすぐ隣に二号店ができた)、それでも混雑時には待たないと座れない。しかし我々は諦めない。立ち飲みしながら席が空くのを待つ。この店が、おいしくて、安くて、活気があって、とにかく楽しいからだ。
 あと、相席が当たり前なので、客同士の距離が近いのもいい。見知らぬ客と喋る機会が多いと、その流れで名物のおいしい食べ方・飲み方を教えてもらえることもある。レモンサワーについても、常連のおじさんからおいしい飲み方を習った。
「手で絞る方がぜったい旨いよ。絞り器のアルミにレモンがふれると反応しちゃって味が変わる気がするし、それにね、手で絞ると、指がめっちゃいい匂いになる! ほら!」と鼻先におじさまの指を突き出されるわたし……ぶっとい指先から、レモンのフレッシュな香りが漂ってくる。それ以来、レモンは手で絞ることに決めた。ただ、絞り器で思い切り絞りまくっている常連もいるので、結局のところ人それぞれである。自由に飲めばいいのだ。


 焼酎、炭酸、レモン汁。たったそれだけで構成された飲み物が、なんでこんなにおいしいのか。甘くもなく、苦くもなく、ただただ爽やか。しかもばんの場合は、完成品が出てくるわけではないので、自分でレモンや炭酸の量を調整し、好みの味にカスタマイズできる。基本のレモンサワーは、半分の炭酸で割るようだが、わたしは全部入れてしまう。薄めの方がごくごく飲めて、わたしにはちょうどいい。
 ばんはもつやきのお店だが、それ以外のメニューも大充実している。ネオいところでは、レバカツがおすすめだ(カツはフランス料理のコートレットがネオったもの)。1本130円だけど、けっこうデカい。揚げたてあつあつのレバカツはさっとソースにくぐらせてあり、からしをつけて食べると旨い。ついでに言うと、ここはハムカツもおいしい。こちらは4切れで280円。しっかりめに揚げられたカリカリの衣が歯に気持ちいい。先日ひとりで飲みにいき、しょうゆ+からしでハムカツを食べていたら「おっ、そう食べる人ですか」と、隣のおじさんに言われた。ちなみにおじさんは、アジフライはしょうゆ+からしで食べる派とのこと。それ以上深く話し込むでもなく、言いたいことだけ言うとまた自分の世界に帰っていったおじさんが、なんだか粋に思えた。

 ネオい酒あるところに、ネオいつまみあり。日本の居酒屋はネオ日本食の宝庫だ。あと、やたらと安い。ばんなんて、2杯3品で1600円とかだぞ。しかも、タダでアイスとかゆでたまごとか柿ピーをくれる日だってあるんだぞ。どうかしている。どうかしているが、それで幸せなのだからなんの問題もない。


もつやき ばん

https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13010363/

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