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トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」②

わたしのホームタウン——三軒茶屋「セブン」のオムナポ

 三軒茶屋駅から歩いて数分のところにある喫茶店「セブン」は、古き良きレトロ喫茶である。三茶は、渋谷から東急田園都市線に乗ってたった二駅だから、かなり都会的ではあるのだが、二両編成の路面電車・世田谷線の発着駅だったり、「三角地帯」と呼ばれる飲み屋街があったり、八百屋や総菜屋が建ち並ぶ商店街があったりと、実は庶民的で暮らしやすい面も持っている。

 そうした土地柄を反映してか、セブンの店内も、いろいろな客で賑わっている。作業着を着たおじさんの隣に、裏原宿からやってきましたみたいなイケメンがおり、おばさま4人グループの隣では、帽子・サングラス・マスクで顔面をガードした男がひとりスマホをいじっていたりする(コーヒーを飲むときだけマスクを外すのだろうか)。このあいだは、マンガ家らしき女性が原稿を描いているのも見た。雑多としか言いようがない客層だが、あらゆる客を受け入れる度量を感じるので、わたしはセブンが大好きだ。自宅からは少し遠いのだが、どうしても足が向いてしまう。仕事の打ち合わせをするときも、ここを指定することが多い。ひょっとしたら、人生で一番通っている「ホーム」的な喫茶店かもしれない。

 この店には「オムナポ」なるメニューが存在する。オムライス+ナポリタン=オムナポ、である。はじめて知ったときは、「どうせおもしろさ重視のメニューだろう」と、斜めから見ていたところもあったのだが、何度も通ううちに、まあ一度くらいは食べてみるかと思うようになり、いまではオムナポとナポリタンのどちらを食べようか悩むほどになってしまった。

 オムそば(=オムライス+焼きそば)があるんだから、オムナポだってあっていいハズなのだが、オムそばほど広まっている気配がない。これはあくまでわたしの説だけれど、世間は「ナポリタンに卵を合わせるなら目玉焼きだろう」と思っているフシがある。もちろん、ナポリタンと目玉焼きの相性はいい。でも、もうちょっと流行ってもいいと思うんだよな、オムナポ……。

 オムレツとチキンライスを合体させたオムライスが、そもそも明治期の日本で生まれたネオ日本食である。そして、ナポリタンも、もともと海外で食べられていたトマトソースの代わりにケチャップを使うパスタを改良することで生まれたネオ日本食。それを掛けあわせたのが、オムナポだ。「どんだけネオられせば気が済むんだよ」と言いたくなるようなメニューである。

 セブンのオムナポは、薄く焼いた玉子焼きの中に、極太麺のナポリタンがぎっしり詰まっている。けっこうきっちりくるんであるので、ちょっと見ただけだと、ふつうのオムライスと見分けがつかないが、端っこからチラっと見えているのは、米ではなく麺。

 頂上に飾りとして小さなソーセージ×2が乗っかっているところが、なんともかわいらしい。少しずつ玉子焼きをはがしながら、中の麺を引っ張り出して食べる。それはまるでプレゼントの包みを開けるような楽しさだ。ナポリタンの具は、ベーコンとピーマンとたまねぎとマッシュルーム。ケチャップたっぷりめなので、粉チーズを多めにかけ、まったりさせてもおいしい。細かいことだが、トッピングはソーセージなのに、ナポリタンの具はベーコン。わたしだったら「面倒だからどっちもソーセージでいいや」とか思ってしまいそうだが、わざわざ2種類の肉を使うのが、セブン流の気配りである。

 付け合わせは、生野菜とポテトサラダ。これにドレッシングをかけて食べる。「付け合わせの野菜にドレッシングがつくかどうか問題」は、案外無視できない問題だと思う。たとえば、とんかつについてくるキャベツをソースやしょうゆで食べてもいいのだが、ドレッシングが出てきたら、かなりテンションが上がる。野菜の味を変えてあげたいという店の気持ちが、すごくうれしいのだ。だから、わたしの中でドレッシング出す系の店の評価はかなり高い。

 オムナポを食べるといつも思うのが「食べる人の性格が出そうなメニューだな」ということ。卵をきれいに剥がすのか、上からフォークでぶっ刺すのか、そんなことから、食べる人の性格が透けて見えそうである。わたしは卵と麺のバランスを計算しながら慎重に食べてしまうのだが、ほかの人がどういう食べ方をするのか見てみたい。なにかもっといい食べ方があるかもしれない。

 ちなみに、セブンでナポリタンを頼むと、付け合わせが生野菜とポテトサラダとゆで卵になる。焼いた卵がなくなる代わりに、茹で卵が出てくるのだ。セブンとしてはどうしても卵を食べさせたいのであろう。なんだか栄養価を気にするお母さんみたいだ。

 そういえば、この店のテーブルには「只今セブン開業54周年としてお飲物・セットご注文の方に限り『ホットコーヒー1杯お代わりサービス中』です」というポップが立っているのだった。54ってなんだ、キリのいい数字でもなんでもないじゃないか。もはやそれは周年記念ではなく、いつもの日常である。そして「とにかく飲みなさい、美味しいから」と言われるこの感じは、やっぱりお母さんぽいなと思う。

 そういう意味でいうと、セブンはわたしにとって実家によく似た場所なのかもしれない。こんな店がたまたま徒歩圏内にあって、「ネオ日本食」なんて言葉を思いつく前から通えている幸運に感謝したい。と同時に、ネオ日本食が食べられるくつろぎの店は、あなたの街にもきっとあるだろうと思う(たくさんではないにせよ)。というわけで、みなさんにおかれましては、いま一度ご近所の店をチェックの上、「隣のネオ日本食」を発見していただきますようお願い申し上げます。

セブン

https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131706/13025723/

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