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英国ナショナル・シアター『フランケンシュタイン』ベネディクト・カンバーバッチ、ジョニー・リー・ミラー:演出も演技も最上

「ナショナル・シアター・ライブ」として日本でも映画館上映された、イギリスのナショナル・シアターの演劇『フランケンシュタイン』の2つのバージョンの公演映像が期間限定で無料配信された。それぞれ約2時間。

メアリー・シェリーの同名のゴシック・ホラー小説を原作に、ダニー・ボイルが演出した本作では、ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー・ミラーが、ダブル主演で、クリーチャー(怪物)とヴィクター・フランケンシュタイン博士を交互に演じた。

同じ役を演じるときの2人の演技は似ているが、シーンによって、受ける印象が決定的に異なるところもある。生の舞台は毎回違うので、たまたま映像に録画されたものからの印象がそうだったのかもしれないが。

映像では、カンバーバッチのクリーチャーの方が観客から笑いを取っていたが、ミラーのクリーチャーの方が「愛らしく」、親近感を抱かせ同情を誘うかもしれない。カンバーバッチの博士はエリザベスへの狂おしい思いを抱いているように見える瞬間があるが、ミラーの博士は仕方なくエリザベスを愛する振りをしているようにも見える。

クリーチャーの行いはおぞましく決して許されないが、彼がこの世に生まれたときからの様子を見ていると、動機に関しては見えやすい(しかし決して許されない行為であることに変わりはないが)。生の喜びや愛を知りかけたところに、自分の「せい」ではない外見のために疎まれ、憎まれ、虐げられ、排斥され、憎しみと復讐の心を持つよう仕向けられてしまう。

対して、博士の方は、少なくともこの舞台では、なぜ彼が「おぞましい」、「科学」と称する所業に手を染め、「神」の領域を侵し、自らが創造主、神になろうとしたのか、ほのめかされているだけだ。おそらく、幼くして母を亡くしたことが大きく影響している。母親を生き返らせたかったのかもしれない。

しかし、実際に「人間のような生物」を造り出すことに成功した途端、「それ」を忌み嫌い、「それ」が増殖することを恐れて、クリーチャーが伴侶に望んだ「女」を抹消してしまう。これらの行為もまた、「おぞましい」。クリーチャーが自分をおびき寄せるために幼い弟のウィリアムを殺害したことを知っていた博士が、クリーチャーをおびき寄せる(lure)ために、婚約者エリザベスと急いで結婚式を挙げたことも、ほとんど人間の行いとは思えないくらいひどい。

エリザベスが、博士が「実験」(experiments)に夢中になったのは、「科学」(science)のためではなく「自尊心」(pride)のためだ、と指摘したように(こうした箇所で彼女が賢いことが示されている)、自分はすごい人間なのだ、ということを証明するためにクリーチャーを造り出した、とも言える。この点、どこまでも自分勝手と思えてくる。

しかし、博士が最後に自らクリーチャーに告白するように、「愛」を知らずに生きてきたゆえ、そしてそのために「孤独」だったゆえと捉えれば、彼一人の「せい」にすることも難しい。

クリーチャーは親切にしてくれた目の見えない老人に「愛は何か」と尋ね、博士はクリーチャーに「愛とはどんなものか」と説明することを求めるが、愛は言葉で表せるものだろうか?言葉で表せなければ、愛を知らない、感じていないことになるのだろうか?(そんなはずはない)

クリーチャーという存在は、人間として生まれれば人は「人間」になれるのか、そもそも「人間」とはなんなのか、口先で「すべての存在には価値がある」と言うとき、それは真実だろうか、本心だろうか、社会はその理想に立脚して成り立っているのだろうか、といったことを、私たちに突き付けてくる。

博士の父親は、博士を「monstrous」(怪物のようだ)と形容し、自分はこの息子を育てることに「I failed」(失敗した)と嘆く。博士もクリーチャーも、「失敗作」という烙印を押されている。たとえ博士がいい家の生まれで、高等教育を受け、「天才」だとしても。

博士とクリーチャーは、クリーチャーが最後に「We are one」(俺たちは一つだ)と言うように、一心同体の存在だ。ほかの人々と自分は「different」(違う)と感じていること(クリーチャーは醜さゆえに、博士は頭脳と、愛を知らず、家族にも溶け込めずに孤独で、憂鬱であるゆえに)、そのために孤独で、愛に恵まれず(クリーチャーは愛を求めるが拒絶され、博士は愛を差し出されるが受け入れない。そして、2人とも同じ女性エリザベスに引かれる)、復讐に燃え、求めるのは互いのみ。どちらかが生きているから、もう一方も生き、どちらかが死ねば、もう一方も死ぬ。

この物語は、人間として生きるとはどういうことなのか、何が「正しい」のか、といった根源的な問題について、私たちを悩ませ、混乱させる。

私が最も泣いてしまうシーンは、クリーチャーが1年間、目の見えない老人に親切にしてもらって、言葉や感情や世界を教えてもらえた後、老人が、自分の息子とその嫁もきっと優しくしてくれるとクリーチャーに言い、「彼らは自分を見たら憎むだろう」と言って逃げようとするクリーチャーを引き留めて、彼らを会わせるが、やはり若夫婦はクリーチャーをののしって、たたき、クリーチャーが老人に「(夫婦は優しくしてくれると)約束したのに!」(You promised!)と言い残して追い出されてしまい、 老人が「What have I done? Oh, dear God, what have I done?」(おお神よ、私は何をしてしまったのか?)と叫ぶところだ。このときの老人はどういう気持ちだったのだろうか?クリーチャーとの「約束を守れなかった」という後悔と悲しみか、それとも、目の見える息子夫婦に「あれは人間ではなく、怪物だ」と言われ、「怪物に人間の言葉と知恵と感情を教えてしまった」という後悔と神への懺悔か?

クリーチャーが言葉を獲得していく過程、自然の神秘や人間の愛に触れようとし、知ろうとする過程も、非常に興味深い。原作(英語か日本語訳)を読んで、どんなふうに描写されているのか確かめたくなった。

クリーチャーの「よろしくないけど幸せな夢」の中で、彼が女性のクリーチャーと交流する場面は、ダンスのような動きで構成されていた。

作品情報

演出:ダニー・ボイル(『スラムドッグ$ミリオネア』『トレインスポッティング』)
原作:メアリー・シェリー
脚本:ニック・ディアー
キャスト:ベネディクト・カンバーバッチ(『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』、BBCドラマ「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズ)
ジョニー・リー・ミラー(『トレインスポッティング』)
受賞:ローレンス・オリヴィエ賞 主演男優賞W受賞 ベネディクト・カンバーバッチ ジョニー・リー・ミラー

Official Frankenstein with Benedict Cumberbatch as the creature | Free National Theatre Full Play

A new play by Nick Dear, based on the novel by Mary Shelley. Watch Danny Boyle's monster hit Frankenstein with Benedict Cumberbatch as the creature and Jonny Lee Miller as Victor Frankenstein.

Frankenstein with Benedict Cumberbatch as the creature is streaming for free from 7pm UK time on Thursday 30 April. Available on demand until 7pm UK time on Thursday 7 May. It is subtitled and the running time is 2 hours.

See the cast swap roles with Jonny Lee Miller as the creature and Benedict Cumberbatch as Victor Frankenstein, streaming for free from 7pm UK time on Friday 1 May. Available on demand until 7pm UK time on Friday 8 May on YouTube here: https://youtu.be/dI88grIRAnY

Childlike in his innocence but grotesque in form, Frankenstein’s bewildered creature is cast out into a hostile universe by his horror-struck maker. Meeting with cruelty wherever he goes, the increasingly desperate and vengeful Creature determines to track down his creator and strike a terrifying deal.

This filmed performance is recommended for ages 12 and up. The recording has been adjusted for YouTube.

A full list of the cast and creatives is available here (version 1) and here (version 2).

If you're studying this play, or sharing it with someone who is, you might find this Education Resource Pack helpful.

National Theatre Live is National Theatre’s ground-breaking project to broadcast the best of British theatre to cinemas in the UK and internationally.

Frankenstein was filmed live on-stage in 2011 by National Theatre Live. This recording has been edited for use on YouTube.

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