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昭和12年のお嬢様料理「鶏肉のから揚」

掲載:「料理の友」昭和13年8月号(原文抜粋)

先ず鶏肉八十匁は大切のまゝ熱した揚油の中で狐色に揚げ、すぐに醤油大匙三杯位の中に入れておき後冷めてから厚さ二分程に切ります。皿にサラダ菜を敷きその上へ切つた鶏肉を體裁よく並べ、つけ合せにトマトと胡瓜をドレツシングソースで和へたのを添えて頂きます。ドレツシングソースは小瓶に酢とサラダ油を半々に入れて盬味の素少々御加へ、強く振つて混ぜ合わせます。


まずは読み解く

 材料:鶏肉 80匁(1匁=3.75として、300g)、醤油 大匙3杯
(残りの野菜とドレッシングは付け合わせなので割愛します)

以上。

ものすごく、シンプル。ものすごく、材料が少ない。ものすごく。
下味を付ける指示もなければ、塩胡椒を使えという文言もない。どうしたって頭の中にあるのは、粉をまぶして油で揚げたアレです。なんで、これだけなの?

そもそも『からあげ』って、何?

唐突な壁にぶつかった私は、まず、ウィキペディア先輩のお世話になった。そうしたら、

食材に衣を付けずに揚げる料理・調理は「素揚げ(すあげ)」とも言い、鎌倉時代などには精進料理の揚物として(米粉など衣を付けて揚げることもあった)[4]、江戸時代には「油揚」とも呼ばれた[5]。
(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/から揚げ)

という説明が。そもそも、具材を油で揚げたものは江戸時代から「空揚げ」と呼ばれていたとのこと。ウィキ先輩が言うには、衣を付ける「てんぷら」に対して、つけない「からあげ」という語ができていったんではないかということらしい。

なるほど、合点です。
そういう成り立ちなら、今回のレシピもそれほど不思議なものではない。が。次の疑問が。

じゃあ、いったいいつから、粉をまぶして揚げちゃってるの?

脱線

とりあえず、「からあげ」が素揚げを指すとして、メジャーになってる粉まぶし系揚げ物の「からあげ」はいつからなのか。もう気になっちゃって、レシピを掘っていってみました。

と。ありました。粉が。

豚の空揚
出典:『軍隊調理法』(S12)

材料(一人前) 豚肉(赤身を可とす)一〇〇瓦 古生姜二瓦 澱粉八瓦 食盬少量 醤油一〇竓 ラード二〇瓦 青菜一五〇瓦 黒胡麻二瓦
                  (註:瓦=グラム、竓=ミリリットル)イ、豚肉は半糎厚の大切れとなし、食盬、醤油を加へてよく混ぜ、之に澱粉を振りかけながら粉の斑なく附着する様まぶし置く。
ロ、鍋にラードを煮立て将に煙立たんとするとき、肉片を一つゝゝ離しながら投じて揚ぐ。
ハ、青菜は茹でゝ、胡麻醤油をかけ、前の附け合わせとする。
                       (註:太字は私がつけました)

「陸軍調理法」というのは、日本陸軍が作成したレシピ本です。何回か改訂もされていて、基本は炊事兵用のテキストです。行軍中は各自自炊が基本だったようですが、宿舎や陣地を張っている時には炊事兵が調理をしたようです。

ここで、注目! 「澱粉」です。粉です。何の澱粉かはわからないですが、節米を叫んでいた当時、お米ではないと思います。とにかく、なんかの粉をまぶして、油で揚げているのだけは間違いない。

これが始まりかどうかは不明ですが、「からあげ」に、肉に粉を付けて揚げるスタイルが昭和十年代にはあったのは確かです。もうちょっと、研究したいところであります。

作ってみた

本線に戻って、調理!

鶏肉を、揚げる。油で。
今回使用したのは、サラダ油+ラードのブレンドオイルです。このところ、気に入って色んな物を揚げています。カラッとパリっと揚がるのが気持ちいいです。

こんがりしたので、醤油にどぽんと漬けます。ほんとに醤油オンリーです。

食べやすく。一口サイズに切って、盛りました。盛り付けのセンスは長いこと探し求めていますが、まだもって見つからないワンピース……。

左上のクリーミーな物体は、ゆで卵と胡麻だれのソースです。醤油オンリーに恐れを隠せずに作ってしまいました。私のチキンハートの証ともいえましょう。

ですけど、これ!
美味しかったんですよ!

味付けが醤油だけなんて、ってびびっていたのが申し訳ないくらいです。鶏肉の肉っぽさがよく味わえて、醤油が香ばしく、肉汁もしっかり閉じ込められていました。今後、うちのからあげはこれでいいんじゃないかと思うレベルです。

だって、粉を漬けて揚げるより全然簡単で楽ちんなんですもん。下味の塩胡椒もなしです。シンプルです。揚げるのも一枚をバーンとやっちゃうので、コロコロと面倒を見ることもない。

うん、すばらしい。レトロレシピ、ごちそうさまでしたー!


9/14追記:
 レシピの人数が抜けていました。「料理の友」は基本、一家族5人前のレシピです。つまり、300gで一家族分。一人あたり60gの鶏肉。私の乱暴な切り分け方で言えば、だいたい2片です。
 ……少ない! って思いますが、当時の日本人の年間肉類消費量が現在の一ヶ月分程度になるとのことなので、そんなものかという気もしてきます。
 一方、『軍隊調理法』は一人分で100gの豚肉をあてています。このあたりが、「兵隊さん向け」と、一般家庭向けの違いだと思います。
丁度この頃、国民の目標一日あたり摂取カロリー量なんかが発表になっていて、どのくらいの栄養が必要なのか、っていう考え方が普及しはじめた模様。


(了)

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