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LITALICO研究所 2019年度 活動報告会レポート

障害福祉の分野では、日々多くの研究者や支援者が様々な取り組みを行い、より良い支援のあり方を模索したり、障害当事者の困りごとの解消を目指した活動などを行っています。

その中で、LITALICO研究所が日頃どのような研究・活動を行っているのかを知っていただくため、2020年6月14日(日)に「LITALICO研究所 2019年度 活動報告会」を実施しました。

なお、今回は新型コロナウイルス感染症の影響を鑑み、ビデオ会議ツールZoomを使った完全オンライン形式で実施いたしました。

加えて本イベントでは、自動文字起こしアプリ「UDトーク」を使用し、発言をリアルタイムで文字表示する情報保障を行いました。

また、研究者の方を対象とした「研究発表会」も同日に開催しました。こちらは活動報告会の内容を詳細かつ専門的に発表したものです。

活動報告会では、2019年度にLITALICO研究所が行った活動の中から、3つの取り組みについて発表を行いました。

当日参加された、LITALICO仕事ナビのライターでもある 雨田泰(アマダユタカ)さんに、活動報告会の様子をレポートしていただきます。

「LITALICO研究所とは」

はじめにLITALICO研究所所長の野口晃菜さんより、株式会社LITALICO・LITALICO研究所がどのような理念のもとで、どのような事業・活動を行っているのかについて発表がありました。

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発表者:野口 晃菜(LITALICO研究所 所長)

株式会社LITALICOのビジョンは「障害のない社会をつくる」。障害は個人の中にではなく社会の側にあるという「社会モデル」の考えに則り、社会にある様々な障害をなくしていくことを目指して、障害当事者・家族・福祉従事者向けのサービスを運営しています。

LITALICO研究所は株式会社LITALICOの研究チームとして、研究を通じて「障害のない社会をつくる」という目標の実現を加速することをミッションとして活動しています。

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具体的には、先行する研究結果や新たに得られた知見を、LITALICOの運営するサービスに取り入れて実証するといった活動を行っています。

では「障害のない社会」をつくるために、なぜ研究が必要なのか。それは福祉や教育という分野において、しっかりとした根拠に基づく実践が大切だといえるからです。なぜ「良い支援」といえるのか、根拠が明確でないものも少なくありません。

LITALICOでは「なんとなく良い支援だからやる」のではなく、根拠にもとづいた支援と実践を行うため、下支えとなる研究活動を行っています。
(個別支援計画の作成プラットフォーム開発など)

また、研究者の間ではよく知られているものの、現場で導入・実践がされていない知見も多くあります。研究所ではLITALICOのサービスなどを通じ、実際の現場での応用・活用にも取り組んでいます。
(就労支援におけるオープンダイアローグの活用可能性の研究など)

そのほか応用の場をLITALICO内のみに留めることなく、他法人や公教育の場など、社外にも積極的に広げています。
(小学校でのペアレントトレーニング導入、ASD体験シミュレーターによる当事者理解と支援の質の向上など)

今後は、世の中にある知見や研究結果を、支援現場で応用できるような取り組みをさらに広げ、続けていきます。

活動報告1「OPEN LABについて」

続いて、研究員の鈴木悠平さんより、2019年7月から開催された講義シリーズ「OPEN LAB」についての発表がありました。

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発表者:鈴木悠平(LITALICO研究所 研究員 / 社長室チーフエディター)

OPEN LABは「共に語ろう、未来を描こう」をキーワードに、2019年7月〜2020年3月まで全9回の講義シリーズとして実施しました。

誰もがオープンに、フラットに参加できる市民の学びの場。答えよりも問いを共有してじっくり考えていく。そんな趣旨の企画です。

学ぶことの障害をなくし「誰もがオープンに」参加できるよう、会場の環境調整、講義のオンライン配信、スカラシップによる経済的サポート、自動文字起こしアプリ「UDトーク」を使った情報保障など、アクセシビリティと合理的配慮を実現するための仕組みを整えた上で実施しました。

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2019年の取り組み〜OPEN LABの開催と内容〜
OPEN LAB開催にあたり、先述した「学ぶことの障害」についての問題意識などを広くお伝えするため、クラウドファンディングという形をとって開講サポーターを募集しました。最終的に418名の方から総額4,163,777円のご支援をいただきました。

各講義内容の概観
各回の講義内容の企画にあたっては、困りごとや障害は個と環境の相互作用によって生まれたり和らいだりするものであるため、どちらか一方だけではなく両側を考え、相互作用がどう起こっているのか見ることを念頭に置きました。

全体の大まかな流れやテーマは以下の通りです。

第1回:障害を取り巻く歴史
初回は基調講演的な位置づけとして、熊谷晋一郎先生にお話をいただきました。障害当事者を取り巻く歴史の変遷をたどりながら、今日広く知られるようになった当事者研究について一連の流れを概観する内容でした。

第2回〜第4回:「個」にフォーカス
第2回から第4回までは「個と環境」のうち、「個」にフォーカスした内容で様々な取り組みをされているゲストにお話しいただきました。

障害は固定的なものではなく関係・相互作用の中で生じ、また変化していく。ではその中でいかに個人やコミュニティのウェルビーイングを求めていくかを考えました。また第4回の講義では、後の講義テーマにもつながる「体(個)と社会は対立するものなのか?」という問いが提示されました。

第5回〜第7回:「環境」にフォーカス
OPEN LAB後半では、環境やシステムの側に視点を移し、ゲストにお話しいただきました。

テクノロジーが私たちをどう変えるのか、一人ひとりが自分らしく働き、安心して暮らしを営むためには、企業や地域に、どのような仕組みや考え方が大切なのか。それぞれのゲストの取り組みを通じ、多様な個が生かし合う環境とはどのようなものかを考えました。

第8回〜第9回:優生主義と生命倫理、孤独とケア
第8回、第9回は、ここまでの講義で触れられてきた支援のあり方、仕組みのあり方などを踏まえながら、個と環境の間に生まれる「相互作用」についてゲストにお話をいただきました。

生命倫理や自己決定、グリーフケア、優生主義などのテーマから、個人の生と経済的価値の関係、自己決定についてどう捉えるのか、回復とはどういうものかを考えました。

詳しくは各回のダイジェスト動画やイベント速報が公開されていますので、ぜひ御覧ください。

・ダイジェスト動画:


・イベントレポートなど:

今回のシリーズ講義には、会場受講379名、オンライン受講331名と、多くの方にご参加いただきました。またオンライン講義再生回数2,771回(2020/06/08時点)と、合計すると3,000名以上の方々に講義にアクセスしていただきました。

今後の活動
OPEN LABでは情報保障、アクセシビリティについて多くの知見が得られました。今後はこの知見をもとに学術研究を行っていきます。

活動報告2「通所型発達支援施設におけるペアレントトレーニングの効果」

続いてLITALICOジュニアの井田美沙子さんより、児童発達支援の中にペアレントトレーニングを取り入れる研究についての発表がありました。

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発表者:井田美沙子(LITALICOジュニア 児童発達支援部 ジュニアサポート室)

ペアレントトレーニングとは
ペアレントトレーニングは、保護者の方々が子どものとのより良い関わり方を学びながら、日常の子育ての困りごとを解消し、子どもの発達促進や行動改善を目的とした保護者向けのプログラムです。

厚生労働省が発表している「児童発達支援ガイドライン」の中にも、「家族支援プログラム」としてペアレントトレーニングが挙げられています。

支援に対するLITALICOの考え方
LITALICOの支援は、子どもの特性やスキルだけでなく、個と環境の相互作用の中に生きづらさがあるという考え方にもとづいています。

そのため、子ども個人のスキル獲得支援だけでなく、環境面でのサポートも重視しており、特に多くの時間を過ごす家庭での関わりを支えるものとして、ペアレントトレーニングの導入を実施しました。

保護者の方2,000人を対象としてサービスの希望を聞くアンケート調査を行ったところ、ペアレントトレーニングを希望する声が約3割ありました。これを受け2016年4月より、特に注力してペアレントトレーニングを実施しています。また、2017年10月からは児童発達支援・放課後等デイサービスにて、通所利用者の方向けにも提供を開始しました。

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今回の研究について
すでに発表された研究の中にも、療育とペアレントトレーニングをセットで行ったものがあります。しかしそこでペアレントトレーニングを実施したのは、支援事業所のスタッフではないファシリテーターでした。そこで今回は、普段発達支援を行う事業所スタッフがペアレントトレーニングも行うという形で、その効果を検証しました。

プログラムの内容
今回のペアレントトレーニングプログラムは、鳥取大学教授の井上雅彦氏が開発した「鳥取式」をもとに作成しました。1回90分を計6回、隔週で約3ヶ月行うプログラムです。2018年度は約40名、2019年度は約120名の方々が受講されました。

今回発表するのは2018年度のデータをもとにしたものです。

ある一つの事業所内で、ペアレントトレーニングの実施前後で「保護者の抑うつ」と「子どもの問題行動」の項目がどう変化したかを調査しました。

今後の課題と展望
今回の研究を受け、今後の課題・展望として「復習や関連する内容の学習会、コミュニティの形成など、フォローアップ体制の確立」、「ペアレントトレーニングを行うファシリテーター育成の拡大」、「スタッフが実施しやすく、かつ療育と組み合わせて効果が出るプログラムの開発」などが挙げられました。

質疑応答

この発表を受け、参加者自身の経験も踏まえた多数の質問、コメントがありました。一部をご紹介します。

Q. 鳥取式はどのような経緯、判断で導入されたのでしょうか。

A.(井田)鳥取式は診断の有無等にかかわらず用いることができるメリットがあります。またプログラムの基本理念とLITALICOの指導員の考え方が近く、一貫性のある導入が可能でした。この2点の理由から鳥取式を採用するに至りました。

活動報告3「障害者雇用の職場定着に影響を与える要因の検討」

本イベント最後の報告として、LITALICOワークスの陶貴行さんより「障害者雇用の職場定着に影響を与える要因の検討」について発表がありました。

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発表者:陶 貴行(LITALICO研究所 研究員 / LITALICOワークス)

研究の背景
2018年10月から就職後のフォローアップである就労定着支援事業がスタートし、就労継続支援から連続した長期的なサポート体制が確立しました。今回の研究は、2018年の定着支援事業スタート時、新たに利用を希望された方を対象に行った調査をもとにしたものです。

過去の研究で明らかになった問題
身体障害・知的障害のある方の就職数はなだらかな推移をたどっている一方、精神障害・発達障害のある方の就職数は年々増加傾向にあります。しかし、精神障害のある方の1年後定着率は49.3%(2017, 厚生労働省調べ)と他の障害種別に比べて低いことも明らかになっています。

精神障害のある方の離職理由を詳しく見ていくと、職場の雰囲気や人間関係、賃金や労働関係の不満、体力・体調、職場への不適応などが主な理由として挙げられていました。また発達障害のある方の離職理由もほぼ同じものでした。

これは職務満足度の低さや、希望の勤務条件・合理的配慮が充たされなかった可能性が考えられます。これらの離職理由は会社の都合ではなく個人的ものではありますが、その背後には環境側の要因があると推測されます。

では、定着支援の有無で定着率は変わるのでしょうか。
2015年に障害者職業総合センターが行った調査によれば、定着支援を利用したグループは、障害種別を問わず定着率が高いという結果が得られています。

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今回の研究と同じテーマで行われた過去の研究について
これまで行われた研究では、「希望条件が実現していないこと」「合理的配慮がなされていないこと」の2点が直接離職につながるのではなく、これらが職務満足度を下げて離職に繋がるという道筋をたどることがわかっています。

つまり単に合理的配慮や希望条件だけを実現すればよいのではなく、職務満足度を向上させる必要があるということです。

ただしこの研究では精神・発達障害のある方は研究対象外でした。

そこで今回は、先述の研究で用いられた調査材料を含め、「希望条件がどれくらい充たされているか」「合理的配慮がどれくらい充たされているか」「仕事でどれくらい『できた』という感覚が得られているか」の3項目が「働き続けたいという意思」に与える影響を分析しました。

質疑応答

この発表を受け、参加者自身の経験も踏まえた多数の質問、コメントがありました。一部をご紹介します。

Q. 精神障害者の離職理由の多くは服薬では?服薬が生きづらさ、働きづらさに与える影響を研究対象とできないのでしょうか。

A.(陶)服薬の有無や内容は様々なので、今回の研究では変数としては入れられませんでした。しかし服薬が及ぼす影響もありうると考えられます。今後は現在進行中の研究も含め、検討をしていきたいと思います。

むすびにかえて

学び、ペアレントトレーニング、定着支援と、報告されたテーマは様々でしたが、すべてに通じるのは「障害や生きづらさは、個と環境の間で生まれる」という考え方です。

この考え方は発表の中にもあったように、「社会モデル」と呼ばれます。

車椅子を使っている人が上の階に行こうと思ったとき、車椅子が登れない階段しかなければ、その階段が「障害」であると考えるのが社会モデルです。たとえば階段をスロープやエレベーターにすれば、「障害」はなくなる―。

今回の報告会は、LITALICO研究所の取り組みを通じて「障害とはなにか」を改めて問うものだったと感じました。

ライタープロフィール

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雨田泰(アマダユタカ)
1990年生まれ。LITALICO仕事ナビでの執筆をはじめ、障害福祉・社会福祉の分野で活動中。

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(発表者・運営メンバー)

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今後ともLITALICO研究所をよろしくお願いいたします。

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