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夏の本棚 #4

小学校生活最後の夏休み。終わらない宿題と消化不良のワクワク感の間で鬱々とする悠太に、ちょっとしたイベントが舞い込んだ。そんな中、ふとしたことをきっかけによみがえる記憶とは……
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海の近くの家

 おじさんの家はとても古そうで、周りの家も同じような家が多かった。おじさんにとっては夏の間だけを過ごす、いわば別荘なのだが、「別荘」という言葉からイメージされる家とはちょっと違っていた。

 こわれかけた門を入って、草ぼうぼうの庭を進むと玄関がある。
 庭には手作りの花だんもあるようで、ひまわり、あさがお、それと数えきれない種類の雑草が巨大な花束のように庭をかざっていた。理科の授業で、「雑草という名の草はない。みんなそれぞれ名前があるんだぞ」なんて、習ったことをふと思い出す。

 家にあがると、おじさんはまず冷たい麦茶を出してくれた。白っぽい氷が三つうかんでいる。

 悠太と聡介は、食卓のいすにならんで座らされ、向かいにおじさんが座った。

 夏の間過ごすだけの家ということもあってか物が少なく、部屋の隅に段ボールが何こか積み上げられているほかは、家の中はとてもすっきりしていた。

 おじさんがこれからの予定を発表した。

「えー、まず、今日は、まあ、ゆっくりしなさい。本を読むもよし、昼寝するもよし、だ。あ、例の、本の部屋はあとで紹介するとしよう。そして明日はちょうど、天気もよさそうだし、虫干しを行う。やり方はしっかり説明するので、二人で全部やってもらう。そしてあさって。あさっては、わたしは本の仕入れに出かける。朝から留守にするので、二人でなんとかやってくれ。で、しあさっては、君たち、帰る日だな」

 林間学校のときの校長先生みたいだった。

 悠太と聡介はいくつか聞きたいことがあった。なんとなくそんな雰囲気だったので、悠太が挙手をする。
「明日、虫干しということをするのはわかりました。あさっての、二人でなんとかやってくれ、っていうのはどういう意味ですか?」
「本を買いに、街に出るんだよ。仕入れ、といっても、まあ、気に入った本を探して買ってくるというだけだけどな。悪いが、食事の用意なんかも、二人でなんとかしてくれ」

 電車を降りておじさんに会ってから無口になっていた聡介も、少しずついつもの調子を取り戻してきたようで、手を挙げた。
「それで、虫干しってどうやるんですか」
「それはあとでしっかり説明するって、言っただろ」
 こんなとき聡介はいつも的外れなことを言ってしまう。憎めないやつなのだ。少ししょげている。

「それより、食事の用意も二人でするって、ぼくたち、やったことないですけど」
 悠太が話を元に戻す。聡介のさっきの質問がますます間の悪いものになり、ごめん、と思う。

「材料はなんかしら、置いておくから。なんとかなるだろ。おれたち動物は、生きるために、物を食べる。食べるために、知恵を使う。工夫をする」
なんだか突然、原始時代みたいな話になってしまった。

 例の「本の部屋」は、二階にあった。木の階段をみしみしいわせながら薄暗い中を上がっていく。

 案内されてのぞくと、思っていた以上に広い部屋だった。まさに学校の図書室のようなかんじだ。
 かべはぐるりと本棚になっていて、部屋の中央にも低い棚があり、本がぎっしり入っている。そして、棚に入りきらない本が床のところどころに積まれていた。

 大掃除をする、というような話を聞いていたので、ほこりだらけの部屋を想像していたけれど、意外にも清潔感があった。それに明るい。
 窓が大きくて太陽の光がよく入ってくる。ちょうど窓の高さに桜の木の濃い緑色が風にゆれて、ちらちらと光を反射している。春にはこの部屋でお花見ができそうだ。

 おじさんがその窓を開けると、むっとしていた暑い空気が一気に流れ出し、生ぬるい、夏のにおいの風が部屋の中をかけめぐる。電車のドアが駅で開いたときと同じく、セミの声が勢いよく部屋に入りこむ。
 なんて気持ちのいい部屋なんだろう。
 悠太も聡介も、すぐにこの部屋が気に入った。

 本の部屋のとなりに小さな畳の部屋があり、二人はここで寝るようにと言われた。部屋のすみに、布団が二組たたんで置かれている。

 夕飯まで好きにしていなさい、と言い残しておじさんが階下に去ってしまうと、二人は本の部屋に寝転んだ。ほとんど黒と言ってもいいような、深いこげ茶色の木の床は、ほてった体にひんやりと心地よい。

「あー、うちのフローリングよりずっと気持ちいいや」
 悠太は家でもそうしているように、うつぶせになってTシャツの体とほほをゆかに密着させた。
「最高の昼寝ができるな」
 聡介は仰向けになる。目を閉じると、セミの声が体じゅうに降ってくるような感覚になった。

 絵にかいたような、夏だ。

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