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青森、拾えた鈴

これは、2009年8月の話。
※ 2021年、外出自粛をきっかけに過去の一人旅を振り返るシリーズです。時系列は順不同で気まぐれにお届けしています。
まとめはこちら「旅行ではない旅の記録」

函館経由で青森へ

10年以上前のことで詳しくは憶えてなかったけど、当時の日記によると「なんかのフリーペーパーみたいのでねぶたの写真をひとめ見てビビッときた」とのこと。行きあたりばったりが大好きな私が珍しく、2500円で指定席のチケットを事前にとったことは憶えている。

青春18きっぷも購入済みだったが、直前で「青森・函館フリーきっぷ」なるものを見つけて購入した。往復の新幹線と現地での普通列車乗り放題がセットになったきっぷだ。おとくなきっぷとはいえ、私が新幹線に乗るなんてレアなこと。

もちろん「目的地」は青森なわけだが、せっかくの函館までのきっぷが惜しくなってくる。結局、東京から新幹線で八戸、そこから特急で函館へ。ねぶた祭りのチケットの前日に出発した。

函館からはさらに大沼公園へ足を伸ばし、周辺をサイクリング。人が見当たらないのをいいことに大声で歌いまくった。ひまわり畑があると思っていたが、見当たらない。案内所の人に尋ねると、冷夏の影響で咲いてないという。当時の日記には「悪石島で日食見られなかった人の気持ちを想像してあきらめる」とある。なんだそれは。とにかく、「ひまわり畑」には幼い頃から絶大な憧れがあるのだ。

塩ラーメン、ビール、夜景と、函館を満喫。一人旅ってほんとに小回りがきく。当時すでにすっかり一人旅に慣れていた私はきっとそう満足していたに違いない。北海道は広くて、徒歩派の私には難所でもあるけれど、函館の街はとてもコンパクトで回りやすい。

翌朝、函館朝市で海鮮丼の朝食を済ませ、「生とうもろこし」も初体験。見るからにカニなんて買いそうにないこんな私に、茶髪のお兄さんが熱心にカニの解説をしてくれた。

本州に戻ると、弘前に立ち寄って軽く歩いて回った。昔バンクーバーで会った子が弘前大学の学生だったことをふっと思い出した。ただ、それだけだ。

ねぶた祭りは、桟敷席の指定チケットを持っていた。マス席になっていて、その中での場所取りは早い者勝ち。私は一番乗りで、ねぶたが通る道に面した最前列を陣取った。2時間以上待って、祭りが始まった。

拾えた鈴と拾えなかった鈴

ねぶた祭りと言えば、誰もが思い浮かべるのがアレだろう。でも、10年以上経って、私にとっての一番の記憶はソレではない。

鈴の音だ。

ねぶたでぴょんぴょん踊る人たちのことをハネトという。全身に小さい鈴をたくさんつけて踊る。はねるたびにシャンシャンと鈴が鳴り、鈴がぽろぽろこぼれ落ちて道に転がる。その鈴を拾うと、幸せになるとか、思いが叶うとか言われているそうだ。

同じ桟敷に家族で来ていたおばさんが、そのことを教えてくれた。特に前の方で見ている人たちは、みな道にサッと出ていって、鈴を素早く拾って席に戻ってくる。素早くしないとぶつかったりして危険なので、みな虎視眈々としている。うまい人は、一人でいくつも鈴を集めている。

私はこういうのがすこぶる苦手だ。

3歳のとき「おかあさんといっしょ」に出演した。最後に上から落ちてくる風船をみんな拾うのに、私だけ拾えなかった。バスケットボールとかサッカーとか、ボールをとりに行く系の球技はどうしてもできない。大学でも体育の授業中それで泣いてしまって、球技の授業は見学を許可された。

回転寿司もとれない。バス停で待っていても「乗りたい素振り」が下手すぎて、乗りたかったバスが通過してしまったことが何度もあった。

そんな私が、初めてのねぶた祭りで、しかもタイミングの難しいこの鈴を拾うのは到底無理なことだった。だけど、そのおばさんが、独りで祭りを見に来ている奇特な私に、拾った鈴を1つ分けてくれたのだった。

うれしかった。でも、自分でも拾いたかった、という気持ちが、祭りが終わってから、じんわり胸に残った。

それで帰り道に下を注意して歩いていたら、少しへこんだような形の鈴が、たくさんのゴミにまぎれて落ちているのを見つけた。私にも拾える鈴があったのだ。

まだ、帰らない

「帰り道に」と書いたが、その日に泊まったのは青森駅近くのカラオケである。眠るつもりだったが、朝まで歌ってしまった。

翌朝は仙台に立ち寄り、昼間は作並温泉、夕方から仙台七夕まつり。時間が余ったので、仙台駅の近くで献血もした。

ねぶた祭りの印象が強いけれど、このときの露天風呂は最高だった。今でもはっきり憶えている。川の急カーブと崖と森と苔に囲まれた風呂で、川にたくさん魚が泳いでいるのが見えた。

露天風呂に行くまでの渡り廊下がまたとてもきれいで、風鈴と、しまいわすれて雨に濡れた下駄が、夏の終わりを慰めるようだった。

8月上旬、「夏の終わり」というには早いのかもしれないけど、この立秋の頃は、子どものときから、大人になった今でも、毎年とても切ない。


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