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『ギミーシェルター』(テーマ:お買い物)

モニター上の商品を閲覧して数クリックで決済。「ご購入ありがとうございます!」の確認メール。
たいていの買い物はネットで済ませるようになった。以前は店頭で見て、欲しい物か確認し、同等の物・値段などの比較をしてから購入の判断をする慎重派だったのだが。それが今では広告会社に登録すれば、生活状況や趣味嗜好を徹底分析し、各メーカーの膨大なリストの中から、購入する可能性のありそうな商品の広告を直接、通信画面上に提示してくれる。更にはネットの通信網から、クレジットカードの明細や検索ワード、ネットサーフィンの履歴をチェックした上で、関連商品の広告メールがピンポイントで届く。その中から必要なもの、欲しいものを画面上で決算すれば買い物は終了。
例えば食料品は履歴を分析して、栄養が偏らないようセレクトしてくれるし、家電も購入時期から製品寿命を見据えたタイミングで次の商品を進めてくる。高級なフランス料理店で食事をした翌日にはアクセサリーやぬいぐるみが提示された。意中の女性がいることにも察知する気が利くサービスだ。
この種のターゲット・マーケティングが主流になって、マインドコントロール・ショッピングだという声もあるが、必要なものだけ買っているので家計に無駄もなくなったし、あれこれ考え探す苦労もなくなり良いことばかりだ。現にネットから紹介される商品にはこんなものが欲しかったと気付かされる商品も多く、画面上に添付された自分専用の無駄のない広告を眺めるのは、効率のいいウィンドウショッピングだといえる。
今日も自分が必要としている商品だけが画面上に紹介され、欲しいものを買う。ゲームソフト、自転車、流行の柄のシャツ、ガーデニングセット、サプリ、等々。

最近はクラウドファンディングの企画商品も目立つようになった、ベンチャー企業のビジネス書を買った履歴からかもしれない。新しい物やアイデア商品が好きだし、資金を集めて形にすることに夢を見たり、文化祭でカンパを募ってTシャツを作るような青春を感じてしまったり、物欲というより好奇心を煽るような商品に食指が動く。映画の製作費、多機能バッグ、町おこし、新素材の枕、アイドルの応援、等々。

ある日、ひときわ興味を引く企画に目が止まった。
『新規クラウドファンディング!核シェルターの共同購入!』
・内容[先行き不安な国際状況で生き延びるための唯一の方法、それは核シェルターです! 土地とシェルターを共同購入し、有事の際に部屋を分け合い生活しませんか?]
提携しているニュースサイトで読んだのだが、数年のうちに大戦争が起こり、ついに核兵器が用いられる。
そして我が国にも終末がやって来る。そんな内容の預言書が見つかり翻訳され、今話題になっているのだ。おそらくこの記事を見たことで広告が来たのだろう。先進国中、最もシェルターの普及率が低いのが日本らしいが、土地も高く個人で持つのは限られた富裕層だけだ。しかし核戦争だけではなく、原子力発電所の事故に備える必要だってある。考えればこのご時世、持ち家よりもシェルターの確保の方に価値があるのではないか。
支援する金額により部屋の大きさが決まるらしい。これは不動産にもなるはずだ。一人で暮らすのに無理のない大きさの部屋があり、この企画に支援をした。数日経ちプロジェクトは目標金額を超えた。
「ご購入ありがとうございます。あなたは親愛なる共同居住者です!」
いつものように確認のメールが来て、僕はシェルターに住む権利を買うことができた。
これは好きな時に入居できる訳ではなく、有事の際に自宅に迎えが来てシェルターに行くシステムになっている。自分の収入から見てかなり巨額の買い物をしてしまったが、ある種の財産を買ったことに後悔はない。持ち家を買った人は、生涯賃金の2・3割に達するような巨額の商品を購入してしまった自分を否定できないから買って良かったと思うらしいが、それと同じだろう。

それから数カ月、大きな買い物をした反動からか物欲が減ってきた気がする。実際にシェルターを買ったことの実感が得られていないからかもしれない。よくない考えだが、せっかく買ったのだからシェルターに住みたい、住む日が来てほしいと思うこともある。安心は退屈と似ていると聞いたことがあるが、本当にそういう気持ちになってしまったようだ。

そんな状態の日でもモニター上には生活を充実させようとするダイレクトメールが来て、流し見していると信じられないような商品がありスクロールする手が止まった。
『極秘新規クラウドファンディング!目標金額に達成次第ミサイル発射!』
・内容[核兵器を持たない国に平和が永久に続くと信じられますか? 核保有国からの核兵器攻撃が起こったとしたら、被害の処置、仕返しを挑めるのは核を研究開発している国のみなのです。そこで凍結されている核の開発設備に運転資金を共同出資して、もっと安全な生活を手に入れましょう!]
核開発の支援とは馬鹿みたいな話だ、そんなものに出資して世界の混乱を望む人などいるのだろうか。しかし驚くことに既に数百人もの出資者が募り、目標金額達成に迫る資金を集め、あとひと押しまできていた。
信じられないとあきれながらも内心興奮して詳細内容を確認した。この広告は限られた人にしか送られてないようだ、僕は選ばれた人間なのかもしれない。必要な支援金額は僕の全財産とほぼ同じだったが、それで目標金額に達する見込みのようだ。これはもう運命に導かれていると確信してこの企画に支援した。
直後に目標金額に達成し、いつものようにメールが来た。
「ご購入ありがとうございます。あなたは親愛なる協力者です!」

数日後にはミサイル発射に係る緊急情報が発信され、間もなくシェルターへの迎えが来るだろう。このタイミングで避難用の生活用品や食料の広告が大量に来たので、僅かに残った貯金はそれらの購入に充てた。
そういえば確認をしていなかったけれど、シェルターはどこにあるのだろう。少し心配ではあったが荷造りを終えるとノックの音がした。迎えだ、いよいよシェルターに行ける、安堵の息をついて玄関に出ると男が二人、年配のほうが胸元から右手を出し警察手帳を見せた。
「共謀罪の疑いで署までご同行願えますか。」

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