【創作】受け継がれる夢
「ねぇ、これって写真?どこの?」
土曜日の午後、5歳の息子ルイと留守番していた。ルイは僕の書斎から、何か気になるものを見つけたようだ。
それはかなり古い絵葉書だった。写真のようにも見えるが、おそらく緻密なスケッチ画だろう。荒海に浮かぶ孤島の上に、高い塔のあるお城が建っている…そんな風景画だ。宛名や文章などは書かれていず、どこかの観光旅行のお土産で買った絵葉書… そういう類の。
「ルイ、こんな古い絵葉書を、どっから見つけたんだい?これは、写真じゃないよ。誰かが描いた絵だ。上手だよね。」
「うん。本物かと思っちゃったよ。で、ここってどこにあるの?なんだか悪い魔法使いが住んでいるようにも見えるし、とっても偉い王様が住んでいるようにも見えるし… 僕、ここに行ってみたいな。」
***
ルイが言うように、僕も何十年ぶりかで見たその絵葉書から、同じ思いを受けた。
あれは小学校にまだ通っていない頃、多分ルイと同じ歳位の時に見つけたんだと思う。僕も父の本棚辺りから、不思議な風景の絵葉書を見つけて、その絵の中の世界に思いを馳せていたものだ。父に、どこの風景か聞いたけれど… 確か父は忘れたと言っていた気がする。
僕は、その風景が本当にあるのかもわからないけれど「いつか、この絵葉書の場所を探し出すんだ!」と夢を見ていたことがある。そして…
***
「ねぇ、お父さん!聞いてる?このお城って、どこにあるの?教えて!」
「ごめんごめん。それはね、わからないんだよ。本当にどこかの国にあるかもしれないけれど、絵を描いた人の考えた夢の世界かもしれない。ルイはどっちだと思う?」
「え〜っ?本当にあった方がいいに決まってるよ。」
「じゃあ、世界中のお城のことを、これから調べなくっちゃな。」
「わかった。お父さんも、手伝って!」
「ははは… それは、自分でやらなくっちゃ!」
「え〜っ、ケチ!じゃあ、この絵、僕にくれる?」
「あぁ、あげるよ。そして、どこかわかったら教えてくれ。」
「うん。わかった。」
***
「ただいま〜!帰ってくるの遅くなって、ごめんね。」
妻が帰ってきた。夕飯の準備をしなくてはならない。いや、その前に、ルイと遊んだままのおもちゃや、読みかけの絵本を片づけないと。
「お母さん!おかえりなさい。見てみて!お父さんにもらったんだ。」
ルイは古い絵葉書を妻に見せに行った。さて、どうしよう。妻は、あのことをしゃべってしまうのだろうか…
「あら。これは… 魔法のお城じゃない?」
「魔法のお城?じゃあ、ここって本当はないの?お話の世界のお城なの?」
「違う、違う!お母さんには『魔法のお城』に見えただけ。どこかに本当はあるかもしれないわね。」
「なんだ。お母さんもお父さんと一緒で、わからなかったんだ。僕ね、このお城を調べて、いつか行ってみたいんだ!その時は、みんなで行こうね。」
「そうね。お城におでかけもしたいし、ご飯も食べたいけれど、お片づけをまずしましょうね。」
ルイは「は〜い」と返事して、おもちゃや本を片づけ、夕飯をもりもり食べ、お風呂に入って寝た。絵葉書を手に持ったまま…
***
「ありがとう。絵葉書の場所を黙っていてくれて。」
「私たちの新婚旅行の行き先だったわよね。あなたが『どうしても行きたい』って言っていた場所。理由もルイと一緒…でしょ?」
「どこかからルイが見つけ出したんだ。驚いたよ。こういうことって、あるんだなぁって。」
「本当に不思議ね。あなたのお父様も行かれたんでしょう?モン・サン・ミシェル。」
「あぁ、親父も柄にもなくロマンチックな所があったんだな。あ、僕もか。」
「でも、私も夢に見ていたお城の島だったし… とてもすてきな所だったわ。」
「いつかルイも、行くのかな?… 彼女とかと。」
「そうね。私たちじゃなくて、彼女とね。」
「なんか、さみしいな。」
その夜は、家族みんなで、モン・サン・ミシェルに向かって舟を漕ぐ… そんな夢を見ていた。
絵葉書と同じ朝焼けの光が、家族三人をあたたかく包んでいた。
[約1700字]
ソーさんの『2月にアップしたイラストまとめ』の中の『静寂(加工)』からの、イメージ短編です。
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