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"ミドリ"の日々 第3話


田村「え?…」

〇〇「俺が音楽やめるってなったら、保乃はどう思うんだろって」

田村「…そりゃ悲しいけど…」

〇〇「…けど?」





田村「〇〇が選んだことなら、保乃はなんでも応援するで」




〇〇「…そっか…」

田村「え、ほんまにやめるん?」

〇〇「ちょっと迷いが出てきてさ、由依さんのあの質問に返事の一つもできなかった自分が情けなく感じてきて…」

田村「…そ、そんなんあれやん!急な質問やったし…いくらなんでも音楽丸ごとやめんでもええんちゃう?そんな今すぐ決めやんでも…」

〇〇「保乃はバレーボール選手になりたかったんだよな?」

田村「…そうやで」

〇〇「こんなこと聞いて良いのかわかんないけど」

田村「…うん?」




〇〇「未練、ないの?」



そこまで聞くと保乃は黙ってしまった。彼女の大きな瞳が少しだけ光っているような気がした。

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僕は保乃になぜこんな質問をしたのか。

同情を得たかったわけではない。

なぜかわからないが、保乃の過去について、そして保乃が抱いている本心を知りたかった。

いや、わからないわけではない。わかろうとしていないだけだ。

僕が、逃げているだけだ。





いつからか、僕は保乃に対して好意を抱くようになっていた。



高校1年生で出会った時、生で初めて聞く大阪弁が珍しくて、なんだか気になってしまう、そんな存在になった。

そしてあの眩しすぎるほど明るい性格に甘えて、どんどん仲良くなっていった。

こういう時、漫画や映画、それこそ歌詞の世界なら、すぐにでも告白して良い結末を迎えたり、一生をかけて幸せにすると決意したりするものなのだろう。しかし、そんなこと現実ではほぼあり得ない。

どれほど背伸びしたって所詮は高校生、人間関係や他の色恋沙汰、日々しなければならないことに目を向けていると、生きていることが煩わしくなるほどに色んなことが起きる。

ただ過ぎていく日々の中で、僕と保乃は「もし2人が付き合っていたら」なんて周りからのくだらない質問にも「ないよ、俺たちは親友だから」と、深く考えることを避けるような関係になっていた。

何回も迷っては、何回も逃げた。

保乃が僕に好意を抱いていた時期があることも知っている。情報通みたいなポジションにいた男友達から、高校2年生の時に聞いた。

チャンスだと思ったが、そこでもし失敗した時、僕が楽しんでいた高校生活にヒビが入る、そう思った。

頭の中で妄想しても、告白は成功するシュミレーションしか出来なかった。単純で情けない自分にも、嫌気がさした。

そんなモヤモヤとした日々から僕を解放してくれたのは、音楽だった。

親に借金をして、憧れのあの人と同じギターを買った。赤色に渋く輝く、ギブソンのES-335だ。コードを覚え、何回か挫折しかけながらも、簡単な曲なら書けるほどの腕になった僕は、当時軽音部に入っていた友人何人かに声をかけ、「レッドミント」というバンドを結成した。

それからは保乃に対する思いは封印し、音楽だけに向き合った。




今、僕はそうやって続けてきた音楽を、やめようとしている。



それはつまり、"翠ヶ丘高校"時代に逃げてきた自分を結局受け入れなければならない、ということだ。

保乃への想いと真剣に向き合うことから逃げ続けた僕を、正当化できない、ということだ。



時間も何もかも、無駄にしてしまう。



そういうことだ。



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あの後、保乃は目に涙をためながら、

「あるわ、そんなもん」

と一言だけ言って、無理に笑顔をつくった。

少しだけ世間話をして、その場の空気だけでなく、色んな感情からまた逃げるため、保乃の家を後にした。
僕たちは当初の、お酒を飲む約束を完全に忘れていた。
いつもは玄関まで来てくれる保乃も、今日は部屋の中で「またな」とだけ言って、扉を閉めた。

その方がありがたかった。

なんとなく、まだ家に帰る気分ではなかった僕は公園によった。いつも行く公園は知り合いの人が犬の散歩でよく通るから、少し遠いところまでわざわざ歩いて行った。

ビル群の中にひっそりと存在する、大河公園という公園は、中にテニスコートやランニングコース、遊具エリア、ライブ会場にも使われるほど大きな体育館を備えている。

一番人が少ない噴水の横の森のような場所にあるベンチに、ゆっくりと腰を下ろす。

タバコを吸っては、ただ目の前を歩く鳩や猫を眺めていたその時、久しぶりに人の声を聞いた。

??「あ、あのー…」

〇〇「ん?」

左を向くと、かなり身長の小さい女の人が立っていた。驚いた。知っている顔だ。

??「〇〇さん、ですよね?」

〇〇「あなたはあの時の…」

??「お、私の顔覚えてくれてます?」

〇〇「…やっぱそうですよね?由依さんの…」

??「はい!こんなところでお会いするなんて!」

〇〇「今日はたまたま来たんです、大河公園はよく来られるんですか?」

??「私もたまたまです、今日はこれを」

そう言ってその人は、カバンから一枚の白紙の画用紙を出した。

〇〇「絵、描かれるんですか?」

??「私、芸大生なんです。この近くにある真州芸術大学ってところで」

〇〇「あぁ、真州芸大なんですね!僕の友人も1人進学した奴がいますよ」

??「え、そうなんですか!」

〇〇「はい、ってか仕事の後でしんどくないんですか?」

??「これのために頑張ってました、今日初出勤だったんです」

そう、この人は今日由依さんの喫茶店で働いていた新入りの人だった。あの時は無愛想だと感じたが、初出勤ということで納得した。

〇〇「なるほど…お疲れ様です」

??「ありがとうございます!また来てくださいね」

〇〇「是非!あ、お名前聞いてなかったですね」

??「ほんとですね、すいませんいきなり話しかけちゃって」

〇〇「いえいえ、僕は山﨑〇〇といいます」

??「私、森田ひかるです、〇〇さんと同い年です!」

〇〇「え、そうなんですか!てっきり僕…」

森田「年下と思ったんでしょ?」

〇〇「はい…だって…」

森田「それ以上言うと怒りますよ!」

彼女はそう言った後、背伸びして見せた。
それでもあまりにも小さいので、つい笑ってしまう。

森田「ちょっと!バカにしてませんか?」

〇〇「とんでもない、可愛げがあっていいですね」

森田「ならよろしい」

森田さんの保乃と同レベルで単純な思考に、冷たくなっていた心は少しだけ温度を取り戻した。

〇〇「てかなんで僕の名前とか年齢を知ってるんですか?」

森田「由依さんから聞きました、今日朝から入ってましたけど、あの人が休憩中に話し行く人ってどんな人たちなんだろって興味があって」

〇〇「なるほど、まあわかります、確かに由依さんってミステリアスな感じで休憩中とかも1人でいそうですもんね」

森田「ですよね」

そう言って彼女は笑った。笑い方につられて、僕も笑ってしまった。彼女の笑顔は大きな安心感を感じさせてくれる。

僕は、この人と仲良くなりたいと思った。

〇〇「次はいつ出勤なんですか?またお話ししたいです」

森田「えっ、私もです!次は…えーっと…明後日ですね」

〇〇「わかりました、行けたら行かせてもらいます」

森田「ありがとうございます!てかこの後って予定ありますか?」

〇〇「いや、予定はないですけど…」

森田「じゃあ良かったら私のデッサンに付き合ってくれませんか?1人もいいけど東京はどうもまだ怖くて…」

〇〇「ん?ご出身東京じゃないんですか?」

森田「福岡から来ました!」

〇〇「福岡ですか、またそれは遠いところから」

森田「一人暮らしも始めたてで、友達もまだあんまりできてませんし」

〇〇「そうだったんですね、付き添い、僕でよければって感じですけど…絵描くのに邪魔じゃないですか?」

森田「むしろ楽しめると思います!」

〇〇「じゃあ遠慮なく」

森田「あ、あと!」

〇〇「なんですか?」

森田「敬語、やめましょ」

〇〇「わかりました。いや、わかった。〇〇でいいよ」

森田「私もひかるで。よろしくね〇〇」

〇〇「こちらこそ」

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僕は突如として知り合いになったひかるのデッサンに付き合った。彼女の描く絵は素人の僕からすれば当たり前に上手く、時折ひかるが納得のいかない表情を見せるたび、一体どこがダメなのかさっぱりわからなかった。

森田「そろそろ終わりにしよっかな」

〇〇「おつかれ」

森田「どう?」

〇〇「どうって言われても俺みたいな素人は上手いとしか…」

森田「だよね、〇〇ってこういう感性なさそう」

そう言って僕の顔を見たひかるは、僕のその時の表情にツボってしまったようだ。

森田「何!その顔!まゆげっ!もっかいやって!アッハハハッ!」

何がそんなに面白いのかわからないが、デッサンの途中も変なタイミングでツボっていた。
喫茶店ではクールな感じだっただけに、このギャップには驚いた。

それからしばらく歩いて駅まで行った。

彼女は反対の方向だったため改札で別れた。

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帰ると風呂を済ませ、晩御飯も食べずに速攻でベットに倒れ込んだ。

精神的にかなり疲れたので、今日だけは何も考えずに寝ようと帰りの電車で決心していた。

しかし、なかなか眠れなかった。

保乃と久しぶりに長い時間を過ごし、ひかるという新しい友人もできたのに、夢の世界に行くまでずっと僕の頭を支配していたのは、由依さんだった。

理由はただ一つ。




由依さんの質問の答えが、見つかったからだ。




第3話 完
次回へ続く

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