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第26話◉響の能力◉

視えるという病

オーナーママのリリーは今宵も妖艶な光を放っている。

まるで瞑想をしているかの様に目を閉じて意識を解放している様に見えた。

ボーイのサトシは厨房の入口からリリーを見つめながら微笑んでいた。

リリーは視線に気付いて目を開いた。

「どうしたの?

何か言いたいことがあるの?」

サトシは満面の笑みで答えた。

「今日は響様が来られる予定です。

ママは響様とは長い付き合いだと仰ってましたよね?」

リリーはサトシを真っ直ぐに見つめたまま話す。

「そうだけど…

ストレートに言ってくれない?」

「以前、響様とはあの世の公務員でご一緒でしたよね?

しかも、魔女狩りの時代もってお話しだったので…

響様もママの様な能力がお有りで記憶もあるってことでしょうか?」

サトシは思い切って質問した。

リリーはタバコに火をつけながら答えた。

「能力は人それぞれだけど視える人ってのは当たってるわよ。

それと記憶もあると思うけど…

何で聞きたいの?」

「いや、何か特別にというよりは素朴な疑問です」

サトシは真っ直ぐな瞳をキラッキラさせながら言った。

リリーはタバコの煙を大きく吐くと低めのトーンで話し始めた。

「響はね…

小さい頃から視えることを周りに否定されて育ったの。

そういう人は私も何人も知ってるんだけど、響は根が真面目なの。

自分が視えているのに視えてないふりをすることがかなりのストレスだったわけ。

視えないふりは彼女にとって辛くて耐えれなかったんだと思うの。

結果、彼女はその機能を自分で殺したの」

サトシが驚きのあまり両手で自分の口を塞いだ。

リリーは続けて話す。

「そんなことをするとね…

心が普通じゃいられなくなるのよ。

響以外にも何人も会ったことあるけど、親は自分が視えてないものが視える子供を病気扱いするの。

何ヵ所も病院へ連れて行くのよ。

内科、外科、脳外科、神経科、精神科ってね。

それでも原因不明だとお寺や神社にお祓いに連れて行くの。

挙げ句の果てに悪魔祓いをさせようとしたりもする。

本当に色々なケースがあるわ。

響の場合は察しも良いから自分で自分の1部分を破壊したの。

それで本当に彼女には視えなくなっていた。

分かりやすく言うと力を封印してたの」

「封印ってことは…

単純にですが力を使えなくしていたってことですよね?」

サトシは口を塞いでいた両手を少し浮かせて質問した。

「そうね。

力の放棄とも言うんだけど…

そうなの。

長年使ってなかったのに私と出逢ってから強制的に映像をキャッチしてしまう回数が増えていってね。

そこから封印が徐々に解けてきて…

ここ最近は全開モードというか…

バージョンアップというか、アップデートというか…

そんなところね」

リリーは言い終わると突然笑い出した。

サトシがまだ両手で口を塞いだままだったからだ。

「もうやめなさいよ。

怪談話してるわけじゃないんだし」

リリーが指差して笑ってる所に店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

反射的にサトシが明るく言った。

もちろん響の来店だ。

響は全身黒の洋服に包まれている。

それでいて超ロングネイルに目を奪われるインパクト。

独特な世界観である。

響は定番の席に座りながら

「今日なんだか暑いよね?

ここへ辿り着くまでに長かったわぁ」

入って来た瞬間に響ワールド全開だ。

リリーは微笑んだままタバコを消した。

「で、何飲むのかしら?」

「う〜ん…

暑いし最初は冷たい緑茶にするわ。

リリーもサトシも呑んでよ」

響は鞄からタバコケースを出しながら答えた。

「かしこまりました」

とサトシはいつも以上に爽やかに言って厨房へ消えた。

「で、どうだったって?」

リリーが間髪いれずに聞いた。

「あぁ。

どうって大変だったわよ。

何が何って夜中から何でか分からないまま私がソワソワしちゃって禊を始めたりしたわけよ」

禊とはお風呂に入ることだ。

響の言葉は独特のものが多く、初めましての人には通じない言葉も多いかもしれない…

リリーが自分のタバコに火をつけながら聞いた。

「禊は何に備えて?」

「そうでしょ?

私にも理解不能だったわ。

彼女の出産なのに私も産む気満々って感じ。

わかる?」

響はタバコケースからタバコを取り出しながら早口で喋る。

リリーが笑いながら

「わかんないわよ。

何で一緒に産む気になったの?」

誰もが思う疑問をぶつけた。

「だから何故だか分からないけどって説明してるでしょ。

何か流れでソワソワしちゃって…

彼女の陣痛を何でか分からないけど半分個してたわけ。

夜中に痛いし気持ち悪いわで大騒動よ」

響が言い終わるとリリーは響のタバコに火を付けてから口を開いた。

「それで陣痛の後は?」

「それもまた流れのままよ。

気が付いたら生まれてくるベイビーが自然分娩で出るのが大変そうだったから…

つい、ベイビーと痛みの半分個してて」

「ベイビーと半分個?」

リリーが聞き直した。

「そう。

だから私は彼女から産まれた気分なわけよ」

「面白すぎるわ。

痛みをわざわざ半分個して引き受けてあげてるんだよね?

頼まれてもないのに優しいとしか言いようがないわ」

リリーが半分呆れ気味に話してるとサトシが厨房から出て来た。

「お待たせしました。

響様には冷たいグリーンティー。

ママと私はビールをいただきます」

そう言いながらサトシはグラスを皆んなの前に置いた。

「私は注文の時に冷たい緑茶って言ったのに、冷たいグリーンティーって言い直さなくても良くね?」

響は半笑いで抗議した。

「申し訳ございません。

冷たい緑茶でございます」

出来るボーイ代表のサトシが言い直した。

響は細やかなことも気になるのだ。

真面目で繊細である。

リリーとサトシは響の顔を見てグラスを持った。

響も自分のグラスを片手に言った。

「では、十何年ぶりの擬似出産にカンパ〜イ」

3人は微笑みながらグラスを合わせた。

リリーはグビグビと音を鳴らしてビールを半分近く呑んだ。

「あぁ。

そう言えば、前にもあったよね。

私と半分個事件。

あれは心底大変だった分よ」

リリーは眉間にシワを寄せてその当時の痛みを思い出していた。

「あったねぇ。

お義父さんが亡くなったときよね。

あの時は左腕に絡みついて引っ張られて発熱して…」

響はタバコを吸いながら思い出す様に斜め上を向いた。

「あったねぇって軽いわねぇ。

あの時、響と半分個してて私は高熱と吐き気、寒気に左腕の怠さと大騒動だったのよ。

病院へ行ってインフルエンザの検査したら陰性だし。

あら?っと思って響に連絡したら半分個してたのが解って」

リリーは思い出して嫌な苦い顔をした。

「あの時は痛さのあまりに半分個してたのよね。

しんど過ぎて何日か記憶ないもん」

響は少しうつむいたままで言うとタバコを消した。

「半分個…響の得意技ね」

そう言うとリリーはビールを飲み干してサトシに目配せをした。

「必殺技じゃね?」

響は笑いながら言うと新しいタバコに自分で火を付けた。

「さ、今夜も呑むわよ。

サトシ、早くおかわり持って来て」

「私はノンアルコールでも酔っ払いと同等の喋り出来ますから」

響が声高らかに笑う。

・・・

・・・

響の話は他にもあるので又今度…

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