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第30話◉リリーの母親◉

血筋と能力

「ありがとうございます」

【Bar Siva】のボーイのサトシは安定の爽やかさで言った。

オーナーママのリリーはカウンターの中から軽く左手を振っている。

お客がドアから出るのを見送った後にリリーはタバコに火をつけた。

カウンターの上のグラスを片付けながらサトシが話し出した。

「ママ、今夜は今の方が最終予約でした。
お店の閉店時間まで呑まれますか?」

リリーはタバコの煙を吐き出しながら答える。

「いただくわ。
誰か来る気配がするし…」

「かしこまりました。
どなたか来られるのでしょうか?」

サトシは厨房へ入りながら言った。

リリーはその場を動かない。

軽く目を閉じて左手で右手の肘を支えたポーズでタバコを楽しんでいた。

そこへサトシがビールを持って来た。

リリーはゆっくり目を開けて、まるでスローモーションの様な動きでグラスを受け取った。

「今…いろんなこと思い出したわ」

リリーが真顔で言った。

「何を思い出されたのですか?」

サトシが普通に聞く。

「お母さんのこと」

「お母様とはママのですか?」

「そう…」

「えっ?
ある朝、金目のものを全て持って男と駆け落ちしたっていうあのお母さんですか?」

サトシは早口で言った。

「そう。
母親である前に女であることを選んだ人のこと」

リリーはそう言うとビールをゴクリと呑んだ。

「失礼かもしれませんが、そのお母様の何を思い出されたのでしょうか?」

サトシが上目遣いで聞いてきた。

リリーは薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。

「あの人の能力を思い出したの。
我が家は前にも話したことあると思うけど、母親の家系は女が生まれると何かしらの能力があることが多いの。
ま、それを使うか使わないか受け入れるか拒否するかは別としてね」

サトシはトレイを両手で抱きしめた状態で小さく頷いた。

リリーは淡々と続けて話す。

「そこであの人の能力は枕元で御告げを受けるのもあったけど、1番上の姉と似ていて人が死ぬのが視えるの」

サトシはビクッとしたが黙って聞いている。

「その視え方がね、
人が透けていくんだって…
私が中学1年生の時だったかな?
父親が胃潰瘍で入院したことがあって、お見舞いに病院へ行ったの。
大部屋で父親以外に5名の方と同じ部屋だったのね」

サトシは頷きながら聞く。

リリーはタバコを消しながら続けた。

「その大部屋の奥のおじさまを指差して私に説明してくれたの」

リリーはその当時の母親の映像を見ていた。

その映像の中でリリーの母親は話す。

「ねぇ、見てごらん。
あのおじさんは向こうが透けて見えてるでしょう?」

中学1年生のリリーが答える。

「向こうが透けてなんて見えないわ」

「あら?
あなたにはその眼は無いのね…
でもあなたの能力なら私の言っていることが出来る様になると思うわよ」

「どういう意味?」

「今は気が付いてないだけかもしれないから、私が視えているものを話しておくわね…」

リリーの母親は続けて話した。

「あのおじさんは向こうが透けて見えてきてる。
だから毎日どんどん透けて見える範囲が広がってくるの。
おそらく1週間は生きられないわ。
見てたら答えは出るから…」

「お父さんは大丈夫?」

心配になってリリーは聞いた。

「お父さんは全然大丈夫よ。安心して」

リリーの母親は笑顔で答えた。

「それでその人はどうなったのですか?」

サトシの質問でリリーは現実の世界に戻って来た。

「あ、それでね、1週間後の日曜日に父親のお見舞いに再度行ったの。
その時にそのおじさんのベッドは空いていたわ」

「亡くなったってことですか?」

サトシの目がクリクリに見開きながら聞いた。

「そう…母親に聞いてみたら、3日後には危篤になって個室に移されてってバタバタだったらしい。
でも、苦しまなかったって」

リリーが説明した。

サトシはクリクリしたまま

「すっごい話ですね。
ママも透けて見える様になったのですか?」

素直にたずねた。

「いいえ。全く透けて見えないわ」

リリーは微笑みながら答えた。

サトシは興奮した状態で

「ママ、何で急に思い出されたのですか?」

鼻息荒く質問した。

「さぁ、何でかしらね。
もう、どこに居るのかも知らないのにね。
何かの虫の知らせかしら?って言っても長生きするタイプよ」

リリーは笑いながらタバコに火を付けた。

その時店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

サトシが反射的に言った。

「あら?珍しい人のご来店ね。
元気にしてたの?」

リリーがいつもより大きめの声で言った。

入って来たその人は右手をあげて微笑みながら近づいて来た…

この人の話は

また今度…

・・・

リリーの母親が全てを捨てて家を出る朝は…

あの入院の話の1年半後であった…

リリーへの最後のレクチャーになったのだ…

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