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久留米青春ラプソディ vol.11

<<vol.10の続き>>

Y尾を待つ間、僕らは歩いてD君を探しつづけた。

商店街の脇の路地裏や暗がりの駐車場など、思いつく場所を片っ端から探した。

しかし、D君は見つからない。
さらに言えば、もうほとんど商店街周辺には人さえ歩いていない。

祭りの後の微かな余韻だけ残して、もう街は眠りにつこうかとしていた。

その静寂を切り裂くように、T君の電話が鳴った。

僕らは急いで駐車場に戻った。

すると、グリーンのバカでかいランドローバーが駐車場に入ってきたのが見えた。

もやは騒音レベルの爆音HIPHOPを響かせながら、やつらは佐賀の地に降り立った。

悪童Y尾、狂犬Mのり、イケメンMちゃこ、おしゃべりK太、おバカ天才E太。

みんな小学生からの幼なじみ。いつものメンバー。

やつらは車を降りて、僕の顔を見るなり指をさして大笑いした。

「なんやお前その顔!ウケるー!」
「もう目が開いてないやん!」
「いやいや、こいつ元々目開いてねーし!」

心配するわけでなく、こうやって人のピンチをいじって笑う。

男同士なんて、下手に心配なんかされても恥ずかしいから、こんな調子が心地よい。

ただ、かけつけてもらって言うのもなんだが、車から降りてきたやつらの姿を見て思わず笑ってしまった。

手には各々金属バットやスパナ、何やら角材のような物を持っている。

もう、やる気満々。

果たして彼らは救出作戦ということを理解しているのだろうか?戦争にでも行く装いだった。

少しだけ僕が不安になった時、おバカ天才E太が持っている武器に違和感を感じた。

やたらと長いその棒をよく見てみると、それはアイスホッケーのスティックだった。

「E太、お前それなんや?」と僕が聞くと、E太は嬉しそうに「この先っちょ曲がっとるやん?それで相手のうなじをパッカーンいくけん!」と嬉しそうに身振り付きで答えた。

こいつは小学生の頃から少しだけ人と違う想像力があって、それは凡人には理解できない。

まぁ、そんな天才のアイデアは置いといて、僕はみんなに状況を説明した。

とりあえず歩ける範囲の場所はT君と散々探したので、車2台に分かれてもっと広い範囲で探すことにした。

作戦は、シンプル。
「ヤンキー探す→見つける→闘う→D君救出する」

これだけだ。

暴走族見学のヤンキーがたむろする24時間営業のファミレス、キャバクラやスナックが乱立する飲み屋街、広い公園…。

とりあえず手当たり次第、探し回った。

時折、1号車から「ヤンキー発見!」という連絡が入る。特徴を聞いて、僕が判断する。

そんなやりとりが何度か続いた。

最初はご機嫌だった仲間たちも、度々続く空振りに、徐々にテンションが下がっていった。

しまいには、僕が「違う、そいつらじゃない」と答えると、1号車のメンバーから「もうこいつらでよくね?」という恐ろしい声が聞こえて来る。

そんなら彼らをなんとかなだめ、捜索を続けた。

そういえば、ここで一つ10代青少年男子の心理解説をひとつ。

そもそもなぜ、D君がいなくなった時点で警察に届けないのか、わからない方もいると思う。

よくよく考えたら暴行もされているので、立派な傷害事件とも言える。

眼の上を腫らし、血塗れな僕が被害届を出せばそりゃ警察も動いてくれるだろう。

ただ、青少年男子的には警察に届けた場合、こちらの身元も伝えなきゃならないわけで「そんなことしたら、やり返せんやないかい!」という今で言う、半沢直樹的考えがある。

だから、警察に捜査をお願いするなんて発想は少なくともこの時点では毛頭ない。

さて、話を戻そう。

地元の救助隊の到着から2時間が経った。

複数のヤンキー集団にも確認するも、めぼしい情報もなく、みんなのモチベーションは著しく低下していた。

「もう1人で帰ったんじゃね?」

「電車もないのに帰れんめーもん。」

「ヒッチハイクとか。」

「んなわけねーやろ。」

こんな不毛な会話をなんども繰り返していた。
そして、僕らは、もうこれ以上探しても見つからない、という結論に達した。

「警察…行こか。」

これはみんなを巻き込んだ僕が決断し、言わなければならないセリフだった。

「そやな…。」
異論を唱える者は誰もいなかった。

それから僕らは佐賀警察署に向かった。

夜中に突然訪れた7人の少年。
しかも、1人は顔面が腫れ上がっている。

警察官も「こりゃないごとか?!」と言わんばかりに、制服警官に加え、事件を担当するであろう私服警官まで登場した。

僕が事情を説明する。

警察官は僕に言う。
「君もだいぶやられたんやろ?!被害届を出してください。」
「いやいや、それはどうでもいいんですよ!」

とにかくD君がいなくなったから、拉致られてたらやばい。すぐに探してくれ。と何度も伝える。

ふに落ちない面持ちだったが、なんとか理解してくれたのか、何やら話し合っている様子。

とりあえず無線で探してくれることになり、僕らは警察署内で待つことになった。

すると、ほどなくして、1人の警察官がやってきて、僕らにこう言った。

「D君、見つかったぞ!」

僕らは歓喜の雄叫びを上げた。とにかくよかった。本当にほっとした。

ただ、あまりにもすぐ見つかったので不思議に思った僕は聞いた。
「どこにいたんですか?!怪我は?!」

「大丈夫。今ここにパトカーで向かってるから。」

20分ほどして、警察署内にパトカーが到着した。

その後部座席には、確かにD君が座っている。

降りて来るD君に僕とT君が駆け寄る。
「おい、D君、大丈夫か?!」

すると、D君は目に涙を浮かべ、「ごめん…」と言った。

僕はその「ごめん」の意味がわからず、一瞬戸惑った。

その後、D君は警察官と奥の部屋に入っていった。

何が行われているかわからない僕らは、「なんで連れて行かれるんだ?!」と他の警察官に詰め寄った。

すると、警察官が衝撃の事実を口にした。

「D君は今、自転車の窃盗で事情ば聞かれよるけん、お前らはおとなしく待っとけ!」

え…?
自転車の窃盗…?

意味がわからなかった。
僕らはヤンキーに絡まれてボコボコにされた。んで、D君がいなくなった。

あまりに見つからなかったので、拉致られているのかと思っていた。

だから、どこに拉致られていたのか、誰に拉致られていたのか。

それが聞きたかった。

なのに…、なぜ?

すると、奥の部屋からD君と警察官が出てきた。

そこで、初めて、ことの真相がわかった。

僕らが絡まれた時、彼は怖くて逃げ出した。
そして、どうしていいかわからず怖くて、家に帰りたいと思った。

もう電車もバスも走っていない。
タクシーで帰るお金もない。

そして、その辺にあった自転車を盗み、久留米方面を目指した。

その途中、こんな夜中に国道を自転車で走る少年を不審に思ったパトカーに職質をされ、盗難が発覚。

その連行されるパトカー内で無線が流れ、近くの交番でなく、佐賀警察署に連れてこられた。

ということらしい。

その説明を聞いた、みんなが動揺した。
「は?どういうこと?」と一回の説明では理解できないやつもいた。

特におバカ天才E太は、何度も何度もいろんなやつに説明を求め、うざがられた。

ただ、いつもはなんでもいじって笑いにする、そんな僕らではえ、ひとつも笑える状況ではなかった。

「だいすけがやられよるのを見とるのに、1人で逃げたってこと…?」

狂犬Mのりが、とてもとても低いトーンで呟いた。

みんなそれはうっすら理解していたけど、口には出さなかった。出してはいけない、そう思っていた。

次の瞬間、僕の脇を1人の男がすり抜け、D君の元に向かった。

Y尾だ。

Y尾はD君の胸ぐらを掴んでこう言った。
「仲間を置いて1人で逃げるっちゃ、どういうことかー!」

仲間を強く思うがゆえのY尾の言葉。

昔から、そういうやつだった。僕が中学時代、クラスの全員に無視されて一人ぼっちだった時、最初に声をかけてきたのはあいつだった。

「お前3組でシカトされとるらしいやん!そんなんほっといて俺たちと遊ぼうぜ。」

そう誘ってくれた。

仲間が他の中学校のヤンキーに捕まった時、いの一番に助けに行ったのもあいつだった。

そんなやつだった。

Y尾の行動に一瞬みんなたじろいだが、警察署内という状況を思い出し、慌てて止めに入った。

D君は突然の出来事に驚いた顔を見せたあと、「本当にごめん…」とボロボロ泣いた。

「いやいや、大丈夫やけん!」
「気にすんなって。」
僕とT君はできるだけ笑って答えた。

それでも少しばかりヒートアップしそうな地元の仲間をなだめ、D君をT君の車に乗せた。

そして僕は、「面倒かけて悪かった。」と地元メンバーに伝えた。

「よかよか、気にすんなやん。」
「オチはビビったけど、とりあえずよかったやん。」

そう声をかけてくれるやつら。
本当にいいやつらだなと感謝の気持ちでいっぱいなった。

地元メンバーが車に乗り込みドアを閉める時、「だいすけ、こっち乗れやん。」とY尾が言った。

僕は一瞬だけ迷ったが、「悪い。とりあえずD君送って連絡するわ。」と言ってT君の車に乗り込んだ。

「おう、わかった。」

と言って、それぞれの車は走り出した。

帰りの車では僕とT君は、今日起こったことには触れず、精一杯くだらない、おもしろ話に徹した。

D君は時折笑ってくれだが、その笑顔はどこか悲しそうだった。

程なくして久留米に到着し、D君を家まで送っていった。そして、T君から地元メンバーが集まるいつものファミレスまで送ってもらった。

地元メンバーと合流すると、さっきまでの事件が嘘のように、いつものくだらない話で盛り上がった。

女子の話、洋服の話に音楽の話、おバカ天才E太の話には腹を抱えて笑った。

もうお日様が登り始めた頃、ようやく家路に着いた。

鏡でみた僕の顔は少しだけ腫れが引き、濃い紫色に変わっていた。歯磨きの時はパックリいった下唇にピリッと痛みが走った。

ただ、災難といえば災難なのだが、D君が無事に帰ってきたこと、僕のピンチに仲間が駆けつけてくれたこと、僕のために怒ってくれる友達がいること。

そして、何があってもバカな話で笑い合える仲間がいること。

そんなことを思い返して、今日のことを忘れっぽいあいつらのために、思い出に刻もう。

そう心に誓い、右目の少しのうずきとともに、深い深い眠りについた。

ある夏の日のお話でした。

では、また。

<<おしまい>>


<<あとがき>>
朝方まで遊んで眠りについた僕は、昼過ぎにようやく目が覚めた。

目が覚めると全身がギシギシと痛む。その痛みで昨日の出来事をようやく思い出した。

痛みに堪えながら、リビングのドアを開けると、ソファにうち母、別名KING貴美子が鎮座していた。

(うわ、今日母ちゃん休みか。最悪や。)

この紫色になった顔を見られたら、何か言われるに違いない。もしかしたら、心配をかけるかもしれないと思ったその時。

「おはよう。あら、あんた喧嘩してきたんね。」

特に驚く様子はない。

「その顔は負けたんやろ。情けない。やられたらやり返さな。負けっぱなしはいかん。」

逆光にシルエットを浮かばせながら、好物の焼酎ロックをうまそうに飲み干しながら、KING貴美子は呟いたのだった。

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