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久留米青春ラプソディ vol.5

(汗と涙の野球部物語 編 第4話)

いざ、最後の大会まで残り3ヶ月。

元少年野球メンバーに「もう一回野球やろうぜ大作戦」決意するもどこから初めていいかわからない。

どうしたもんかと思いながらチャリンコで学校へ向かっていると、まさにドンピシャのタイミングで<元センターの俊足君>が僕の前を走っている背中が見えた。

彼は僕の家から徒歩1分の場所に住んでいて、少年野球時代、自主練をいつも一緒にやった。休みの日も彼の弟や近所のやつらと空き駐車場で日が暮れるまで野球をして遊んだ。

今だ!

そう思った僕は、立ち漕ぎでスピードをあげ、彼に追いついた。

「おっす!」

後ろから突然話しかけられた彼は、コケるんじゃないかというくらい驚いた。

そして、僕は野球部で起こった事件や現状を伝えた。

彼はうんうん、真面目に聞いてくれた。

それから、ついに勇気を持って次のセリフを口にした。

「ねぇ、もう1回野球せん?」

その瞬間、彼は真っ直ぐ前を見つめたままでこういった。

「いいよ。」

僕は驚いた。驚きすぎて急ブレーキをかけてしまった。

僕を置き去りに走っていく彼にどうにかまた追いついて、一応確認した。

「陸上部はどげんすると?」

「辞めるばい。」

あっけらかんと笑いながらそう答えた。

陸上部で県大会くらいまでは期待される彼だったし、野球のブランクも2年ほどある。それなのにいともあっさり承諾してくれたのだ。

後日談だが、彼は弟が僕たちがいた少年野球にいて、いつも自主練の相手をしている中で、やっぱり野球がしたいとずっと思っていたと教えてくれた。

1人目。

2番・センターの俊足君が仲間に加わった。

そして、学校に着き、2人目。<卓球部のジャンボ君>にターゲットを絞った。同じクラスだった彼には休み時間に話しかけることにした。

すると、なんと驚くことにジャンボ君も、「いいよ!」とあっさりOKだった。

彼は、驚く僕の顔を見て笑った。

「お前からのお願いなら断らんよ。」とだけ、笑顔で言った。

5番・ファースト、長打力が魅力なジャンボ君が仲間に加わった。

とりあえず、こんな感じで大作戦初日は終わった。

僕の妄想スタメンオーダー表にふたつの大きな赤丸がついた。

そのオーダー表を眺めて、嬉しくなった。

そして、次なるステップ。

不動のリーディングヒッター<運動神経抜群な1番バッターの抜群君>にターゲットを絞った。

彼は今までの2人のように簡単にはいかないと僕は考えていた。

運動神経もずば抜けていて、スタイル抜群。陸上部で1年生の頃から活躍していたこともあるが、とてもクールな性格であまり感情を表に出さない。

プライドが高く、ノリだけでOKするようなやつじゃないことは、僕が一番知っている。

だから、僕は今までの直球スタンスとは別の作戦でいく事にした。少年野球時代のライバルたちが今、どんな風になっているかを伝え、プライドを刺激する作戦だ。

ちょっとだけ、彼向けにアレンジを加えて・・・。

「●●ライオンズのヘボピッチャーがが〇〇中学校のエースになって偉そうにしてる」とか「▲▲バッファローズの三振王が△△中学校の4番バッターになって調子に乗ってる」とか。

するといつもはクールな彼が、「はぁ?!あのヘボピッチャーが?!ムカつくわ〜。」とか「三振王のくせにあいつが4番?!腹たつ〜。」とか少しずつ熱くなってきた。

そして、僕は追い討ちをかけるようにこう伝えた。

「あいつらさ、お前ら南薫(僕たちのチーム)は全然大した事なかった、って言いやがったぜ。ムカつくやろ?」と。

中学になり、徹底してクールなキャラを装っていた彼。しかし、誰よりも負けず嫌いで熱い男。彼の目にメラメラ炎が宿ったのを、僕は感じた。

そして、僕は声のトーンを少し落として、言った。

「あいつら、俺たちでギャフンと言わせてやろうぜ。」

彼がその言葉になんと答えたかは言うまでもない。

まさにセンスの塊。最強の1番バッターが仲間に加わった。どこでも完璧に守れる彼は最重要ポジション、ショートを守ってもらう事で合意した。

そしてまた、妄想スタメンオーダー表にでっかい赤丸を追加した。

それから、数日。

順調だった僕のこのプロジェクトは、ある壁にぶつかる事になる。

それは、野球の守備に置いて<扇の要>と呼ばれるキャッチャーというポジションを任せるにふさわしい<不動の4番バッターウメ>が学校に来ないのだ。

ゴリゴリのヤンキーになった彼は、学校に来たとしてもフラッと現れて、いつの間にかいなくなる。そんな調子だから話しかけるタイミングが見つからない。

一度、教室にいるところを見かけたので、話をしてみようと試みたのだが、彼は僕の話を遮って、気だるそうに、

「今さら野球とかするわけねーやん。」

ポケットに手を突っ込んだまま、バカにするようにそう言った。

どちらかというと気の強い僕は、そんな彼の態度にムカついた。若干切れそうになったものの、どうにかこらえて、もう誘ってやるもんか!と思った。

放課後の練習は経験者の3人が加わる事で、急にレベルが上がった。ショートの抜群君はブランクを微塵も感じさせないグラブさばきを見せ、センターの俊足君は異常なほどの守備範囲で外野を縦横無尽に走り回った。ジャンボ君は空振りこそ多いももの、芯でとらえた時の打球はグランドを超え、プールまで届く圧巻の飛距離だった。

元々野球部にいたおにぎり君やお猿君もそのプレーに刺激を受け、今までにないくらい必死でノックを受け続けた。

泥だらけになり、声はかすれ、クタクタになったが、みんな笑顔だった。

そんなみんなの姿を見て、僕がやったことは、間違ってなかった。

そう思えた。

ただ、その反面、僕の中でひとつだけ、引っかかっていたものがあった。

やっぱりあと一人。

ウメが足りない。

リトルリーグで挫折したあいつ。元々不器用で友達作りが下手なあいつ。野球という自分の居場所を失い、グレるしか存在を表現できないあいつ。

暗くなった部室でキャッチャーミットをひとり眺めながら、やっぱりもう一度あいつと話してみようと思った。

そして、僕は数年ぶりに彼の家に向かった。

<<続く>>

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