見出し画像

誕生日を迎えるのが怖かった去年の話

おはようございます、こんにちわ、こんばんわ

私は8月21日生まれの戌年、獅子座の女です。
先日の投稿でも今月は誕生月って書いた気がします。
8月誕生日の子たちって、ちょうど日本では夏休み期間に突入しているので
学校に登校したら友達から「お誕生日おめでと!」ってお祝いされることがないんですよ。
また我が家は誕生日パーティーを開けるほど大きな家ではなく、関東近郊のマンモス団地住まいでしたのでたまたま誕生日の話をして覚えていた友達から公園であったときにお祝いの言葉をもらったりする程度だったんですね。
さみしい、かなしいといったマイナスは気持ちはあまり持たなかったのですが、「わたしの誕生日は家族以外覚えていないという現実が普通」というちょっとひねくれた性格に育ちました笑

成人してからは誕生日は母か自分がケーキを買ってきて、美味しく頂くのが毎年の過ごし方として定番化しておりました。
同級生の男子に「誕生日は母親も母になった記念日だからありがとうっていうといいよ」という話を聞き、その男子にめちゃくしゃ関心したのと、この受け売りを守って母に「〇年目の母親記念日おめでと」と超高速でぼそっと伝えています。恥ずかしいからね、やっぱり。

そして、やっぱり自分にとっては特別な日なので大事な決断をよくしてしまう日でもあります。

香ばしいかおりがしそうな決断といえば、、、4年前遠距離で付き合い始めた年下の男性に別れを告げる覚悟をしたり、その1年前には別の男性ですが状況をはっきりしてほしくて連絡をしたり、と交際に関する決断をしたり、仕事を辞める決断をしたり。
誕生日は1歳年齢を重ねるので生まれ変われる気がしていろんな決断をしてしまうことが多い日でもありました。

そんな中、昨年は祝40歳の2回目の成人式を迎えられた年だったのですが、本心は「40歳になるのが怖かった」のです。
その当時は何でこんなに怖かったのか形容できませんでしたが、無事に40歳を遂行し終わりそうな今、何に対して恐怖を感じたのか何個か説明ができるようになりました。

・周りを比較してこんな40歳でいいのか不安だった
・人生の半分が経過したことが怖かった
・19歳の私と40歳の私、正直なにも成長していなく感じ
 こんな大人でよいのだろうかと思った

誕生日が近づくにつれて、必要最低限の会話で過ごし、口数が少なくなり、SNSへの投稿も減りゲーム仲間たちからは「どうした?生きてる?」と言われる始末(笑)
ゲーム仲間には実年齢を伝えていないのでこのセンチメンタルな感情は伝えられないもどかしさ(笑)
去年は慎ましく誕生日を過ごしておりました。

迎えてしまった40歳に対して1年間真摯(?)に向き合った結果、40歳だからやってはダメ、もういい歳なんだからとかであきらめるのは惜しすぎる。まだまだやりたいことに挑戦していいし、年齢を理由にあきらめるのはもったいないことをしっかりと認識できる体験談をいろいろと聞いてやる気が溢れました。

41歳を迎えるまでに副業を開始して安定的な収入を得れるようにしたいと夢を持ちましたが、このドリームマップは少し更新する必要がありそうです。夢を描いてそれに向かって歩みだして気づいた様々なこと。
良いことも悪い事もすべて織り交ぜて新たなドリームマップに誕生日までに更新します(宣言)

ちなみに、ドリームマップとは関係ないですが、今年の誕生日を迎えるにあたってのご褒美行動は献血をしに行く予定にしております。