2023年、夏から秋 ①

 2023年の夏の暑さは異常だった。まずひとつに、気温が高すぎた。日記を見ると七月十七、十八日に「体温超えの暑さ、三十七度」と書いてある。わざわざメモしてあるぐらいだからよほど参ったのだと思う。それからこの時期、僕は夏風邪を引いた。咳と鼻水がとまらなくて、痰も切れない。外に出れば暑いわ、息苦しいわで、もう散々だった。この十日後には、国連のアントニオ・グテレス事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が来た[1]」と警告していたけれど、大袈裟だとも言い切れないところがかなり怖い。
 そしてもうひとつ異常だったのは、この暑さが続いていた期間である。三十五度前後の気温が九月の終わりまでみっちり続くのだ。日記によれば、九月の二十日に東京都心で八十八回目の真夏日を観測している。この積算真夏日はこれでとぎれることはなくさらに更新を続け、二十八日に九十日となり過去最多を記録した[2]。この調子だともう「残暑」とか生優しい言葉はあてにしないで七、八、九月はしっかり夏だと覚悟しておかないと身がもたないんじゃないかという気さえしてくる。来年からはもう六月に入ったら軽くジョギングして体を暑さに慣らさねばと思いながら仕事していた夏だった。 
 とはいえ、止まない雨はないのと同様、永遠に続く夏というのもまた存在しない。短いながらもちゃんと秋はやって来る。まず風が変わる。室外機から送り出される熱風のような風から、ちょっと涼しげな風に変わるのだ。それが汗のかいた体をほど良く冷やして、心地良い。こうなってくれば、もう秋だ。それから間欠的な雨が降り、雨が降るたびに気温が下がる。十月九日の月曜日もそういう肌寒い一日だった。

 ここから先はこの時期、日本の報道がそれ一色になったジャニーズ問題についての考察が含まれる。熱心なジャニーズファンだという人は、不快に思われるかもしれないのでぜひとばして読んでいただきたいと思う。ファンの方々の襟首を掴んでわざわざ神経を逆撫でしたくはない。僕としても。

 三連休の最終日、僕はシネプレックス幸手で映画を観ていた。タイトルは『アナログ』。二宮和也主演で、ヒロイン役が波瑠。北野武氏の同名小説が原作みたいだけれど、原作の方は読んでない。でもまあいいだろう、そう思って午後二時半からの回のチケットを購入する。売店でペプシコーラを買って、開場のアナウンスを待つ。案内板の一番スクリーンが「準備中」から「開場」に変わる。例によって、チケットの半券はもぎらない。その習慣はあたかも新型コロナが残していった置き土産のように、この映画館にいまでも残されていた。マスクを外す人だって増えてきているんだし、通常運航に戻せばいいじゃないかと僕なんかは思うのだけれど。
 中にいる人はまばらだった。しかしそれは、この映画が不人気であることを証明するものではないような気がした。というのも、僕はここに映画を観に来るたびに「この映画館はどうやって採算を取っているのだろう?」と不思議に思っていたから。だからこの作品にかぎって、客の入りが少ないというわけではないと思う。したがって、北野武氏のせいではないし、もちろんキャストのせいでもない。どちらかというと、我々が抱える人口の問題であり、平均年齢の問題なのだ。
 映画の方は結構楽しめた。二宮和也の演技には相変らず無駄がなく、波瑠は美しく謎めいていて、桐谷健太ら男三人の掛け合いも面白い。話の筋に斬新さこそないけれど(悲恋物で、しかし最後にちょっとした救いがある)、そのぶん安心して見ることができた。「良作」という感じの仕上がりである。ただこの映画を見ているあいだ(実を言うと、これを見てみようと決心する前から)、僕の頭を占拠していたのはジャニーズ事務所が開いた記者会見の内容だった。ちょうど一週間前の同じ月曜日、ジャニーズ事務所は二度目となる会見を開いたのだ。そこでは藤島ジュリー景子氏の手紙が代読された。その手紙のなかのある一部分が僕の頭にこびりついていて離れないのだ。彼女は確かにこう書いていた。


  母メリーは、私が従順な時はとても優しいのですが、私が少しでも彼女と違う意見を言うと気が狂ったように怒り、叩き潰すようなことを平気でする人でした[3]


 会見の翌日、MBSテレビの「よんチャンTV」内にて中村竜太郎氏が『メリー氏の人物像』について言及する一幕があった。この人は週刊文春記者時代の2010年に自身が書いた記事についてクレームを言いたいとメリー喜多川に呼び出され、ついでに五時間以上も監禁されたという体験の持ち主である。「そのあいだずっと罵詈雑言とか恫喝とか脅迫めいたことを言われてました[4]」と話す彼は、上に引用した箇所にたいしても続けてこう語っている。「メリーさんに会ったことがない人だと、ちょっと何言っているのかなという感じだと思うんですけど、(中略)『気が狂ったように』というあの表現というのは、あやっぱりそうだなというに思いましたね。それはもう実の娘に対してもそうだったのかという風に私の中では得心しましたね[5]

 時はさかのぼるけれど、八月二十九日に公表された調査報告書によれば、性加害は「1950年代から2010年代半ばまでの間にほぼ万遍なく存在[6]」し、さらにその間に被害に遭った未成年者の数は「少なく見積もっても数百人[7]」に上るという。性加害をした当の本人の「性嗜好異常[8]」については言うまでもないけれど、その実の姉であるメリー喜多川がメディアをコントロールすることを通じて「放置と隠蔽に終始[9]」した責任は重いと思う。姉弟一心同体の同族経営による弊害が思いもしないグロテスクなかたちで出てきたということだろうし、それが結果的に戦後最大の未成年者虐待例を生み出すことになった。
 しかし、それにしても気になるのは、この二人の晩年の人相だ。唇が極端に薄いのだ。相貌心理学―僕自身、つい最近知った学的領域である―によると、唇は「他者を受け入れる寛容性[10]」をあらわす部位だという。残酷な陽キャラというのが、この二人の実像だったのかもしれない。



[1] ロイター(Reuters Japan)「『地球沸騰の時代が来た』 国連事務総長、劇的で迅速な気候対策求める」、2023年7月28日、オンライン、ロイター(Reuters Japan)、インターネット、https://youtube.com/ReutersJapan?sub_...(2023/12/28にアクセス)。

[2] 一般財団法人 日本気象協会「日本気象協会 気象予報士118名に調査を実施 2023年の『今年の天気を表す漢字』は『暑』に決定」、2023年12月3日、オンライン、日本気象協会、インターネット、https://www.jwa.or.jp/news/2023/12/21974/(2024/03/31にアクセス)。

[3] 東京新聞「【全文】『ジャニーの痕跡この世から一切なくしたい』ジュリー氏の手紙 メリー氏との関係、パニック障害も」、2023年10月2日、オンライン、東京新聞、インターネット、https://www.tokyo-np.co.jp/article/281139(2024/04/06にアクセス)。

[4] MBS NEWS「【ジャニーズ】『メリー氏の人物像』性加害問題を長年取材した中村竜太郎氏の実体験『クレーム言いたいと呼び出され…5時間以上、罵詈雑言、脅迫めいたことを』【MBSニュース解説】」、2023年10月3日、オンライン、MBS NEWS、インターネット、https://www.youtube.com/watch?v=jq63z2YlJI4(2024/1/23にアクセス)。

[5] 同上。

[6] 林眞琴、飛鳥井望、齋藤梓「調査報告書(公表版)」、2023年8月29日、21頁、オンライン、インターネット、調査報告書(公表版).pdf (saihatsuboushi.com)(2024/04/08にアクセス)。

[7] 同上。

[8] 同上、42頁。

[9] 同上、44頁。

[10] 佐藤ブゾン貴子『あなたの顔には99%理由がある―相貌心理学で学ぶ顔のセルフマネジメント』河出書房新社、2021年、108頁


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