発展途上国に小学校を建てる / あるいは本質の話

先日、発展途上国に小学校を立てる募金の話をした。

発端は知人と話をした時だ。
知人は駅前でラオスに小学校を建てる募金を見かけたそうだ。
駅前でたまに見かけることがある。新宿などだろうか。

発展途上国に小学校を建てるために募金をしています
僕と同じように教育についてろくに考えたこともなさそうな、僕と同じぐらいの歳の学生が、元気よく声を張り上げている。

発展途上国に小学校を立てる募金はほとんど意味がない。

ラオスへの募金を言われた彼は、募金に興味はなかったが500円を払った。
見知らぬラオスに思いを馳せたのではなく、彼らの募金活動に対する労いとして。
そして彼は、ラオスで小学校が立たない理由は何故かと聞いたた。
大学生は「なんか、村と政府が上手くいってなくて、」そのような曖昧な答えたらしい。

現実の話をする。もちろん発展途上国に小学校、初等教育機関は必要だ。しかし、発展途上国に小学校を立てる募金はほとんど意味が無い。

なぜなら、本質的に求められているのは小学校ではないかなら。
ラオスに必要なのは小学校ではなく、ラオスには何故小学校が根付かないか、を解決すること。

発展途上国は貧しい。貧しさを解消するためには働かなくてはいけない。
彼らにとって子供は貴重な労働源だ、わざわざお金を払って小学校に通わせ、教育を受けさせるより、働かせる方が効率が良い。
未来の投資である教育にお金を費やせるほど、彼らは豊かではない。

よって、ラオスの子供に初等教育を受けさせるために必要なものは、小学校ではなく、彼らの労働を手助けするもの。労働時間が短くなれば今と同じ労働をしながら、勉強も確保できる。

そこにはデザインの余地があるんじゃないだろうか。

Qドラム という製品がある。
有名なので知っている人もいるだろう。
発展途上国での水汲みを助ける道具だ。
今まではタンクを使っており、タンクに組んだ水を頭の上に乗せて運ぶ、そういう生活を彼らはしていた。毎日10km先まで水を取りに行く、なんてことも。

Qドラムの登場で、水汲みに使う労力は減り、一度に運べる量が増えた。頭の上に重いものを置く訳では無いから、今までのような健康被害も軽減される。
Qドラムはまだまだ高価で、手にした家庭は少ないが、それでも本質の解決に向かっているように思う。

同じように、発展途上国で解決できる問題というのは山ほどあるだろう。
意外と、募金活動したお金をデザイン会社(広義の意味とは違う、コンサル的な意味の)に頼むために使うというのが有り得るのかもしれない。

ラオスに小学校を立てる募金活動の人はそれぐらいのことを考えているべきだし、それらを踏まえた上で資金を使ってほしい。
末端の大学生が募金活動をしているとはいえ、ただ単に小学校を立てようという意識だけでは解決しないだろう。
発展途上国は意識高い大学生のおもちゃではないのだから。

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