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隣の芝生は青い、とは限らない

「例えばだよ、東京に二十年住んでいて、一度も外に出たことがない人がこの景観を眺めたらどう感じるんだろうね」

 橋を渡っていた時、スウェーデン人男性の声が明瞭に響いて来た。中高年の二人組の一人の声であった。

 私は一瞬歩きを止めた。通常、赤の他人の会話には注意を払わないが、やはり自国に関する名称は聴覚を過敏にする。

 日本人である私の姿が彼らの視界に入り込んだのか、おそらく違う。

 この場所は市の中心からはかなり離れている。円安に起因してか、最近海外にて日本人を見掛けることは、残念であるが滅多にない、増してはここは国際的に有名な観光地でもない。

 

 
 二人組が立っていたのはこの辺である。

 この位置からは数艘のプライベート・ボートがリゾートホテルを背景にしながら緩慢に移動している様子がうかがえる。

 私がまだ血の気の多かった頃は、あるいは彼らに多少でも興味を持てたのであれば、二人組のところまで戻って、

「その興味深い議論をもう少しお聞かせ願えませんか?」

 などと話しかけていたかもしれない。

 彼らの定義するところの「東京」が知りたかった。

 彼らは果して東京を訪れたことがあるのか、それともメディアから得た情報から「東京」のイメージを想像しているだけなのか。

 彼らは親日であるのか否か。


人魚姫ならず男性の肉体美


 彼らの口から発せられたのが東京であり、他のアジアの都市でなかったことにはささやかな喜びを覚えた。東京は、未だに世界において知名度が高いということである。

 結局、二人組の「東京」に関する評価はわかり得なかったので、彼らの言わんとしていたことを勝手に想像するしかないが、

 彼らは、「東京を二十年間出たことがない人は、この長閑で美しい景観に感動するだろうね」、などと言いたかったのではないか。


多少入場料を課されるミニ砂浜

 

 豪華ボートの林立するマリーナ、そのボートとボートの間に見え隠れする、クリスタルを散りばめたような水面。

 欧州においては非常に頻繁に出現するマリーナの景観である。南フランスのサントロぺでもカシスでも、スウェーデン各地においても、ノルウェーのオスロでも似たような景観がある。

 私は欧州に二十年以上暮らし、酷似する景観を頻繁に見掛けて来た。

  
  


 
 
 この国に住んでいて、頻繁に感じることがある。
 
 この国には愛国主義が少なくない。

 政治、医療制度等に関しての不平は頻繁に耳にするが、選挙における投票率の高さを鑑みると、彼らのこの国への期待と政治への関心の高さが窺える。


ボートを運ぶセスナ機

 

犬と散歩する青年、或いは青年と散歩する犬


 スウェーデンという国を愛する同僚達に対し、私は、かなり強引に日本の素晴らしさを説いている。日本から帰国をした直後は、数か所のレストランから頂いた写真付きメニューのパンフレット等を要所要所のコーヒーテーブルに置いておく。

 スウェーデン人同僚達は、「へえ、すごく美味しそうだね」、と社交辞令を垂れる。しかし、それだから日本に今すぐ旅行をしようと計画する人はおそらくいない。日本は地球の裏側のジパングなのだ。

 以前の勤務先においては、同僚のうち二人を日本に送り出すことに成功したが、彼らは非常に満足をしていた。そのうちの一人はガールフレンドと日本にて婚約をした。日本を訪れたことに依って、お互いの気持ちがそれほど高まったということであろうか。




 現在の勤務先には自称グルメ通の同僚がいる。

 彼は、欧州グルメが一番優れていると信じて疑わない。

「貴方がグルメに興味があるのなら、是非一度は日本を訪れて、舌がとろけるほど本物のグルメを味わったら如何でしょう」、と私は彼に強引に提案する。私の態度は、ほぼ傲慢とも解釈されるものであり、おそらく煙たがられているであろう。

 彼は日本には全く興味がないと言う、よってこちらも余計に依怙地になるのである。彼には、是非、日本グルメを味わって頂きたい。

 実際、日本には寿司とラーメンしかないと思っている欧州人も多々存在する。

 しかし、それはそれで仕方がない。興味と言うものは人に強引に植え付けられて湧いて来るものでもないであろう。同様にそれぞれの価値観というものも、そう簡単には捻じ曲げられない。

 
 高校時代には、何故か欧州の自然に憧れていた一時期があった。

 そして現在、私は、欧州の森と湖水に囲まれ洗練された街に暮らしている。高校時代の念願が叶ったとも言えるかもしれない。


 冒頭のスウェーデン人二人が言及したこの景観、長閑な昼下がり。


 

 自身は東京出身ではないが、仮にこの風景をどのように評価するか、と訊ねられたとしたら、このように答えるであろう。

 
 世界中が荒れていても、ここだけには安寧な時間が流れている。

 呆然と眺めていたい景観かもしれない。

 しかしこの景観は、私にとっては鳥肌が立つほどの感動を覚えるようなものではない。

 
 私にそのような心理作用をもたらすのは、昭和の風情が残る、人間臭い、混沌とした、「洗練」「長閑」からは程遠い、このような景観なのである。


 

 二十年間、洗練された土地に暮らしてみて、このことをようやく確認出来た。



ご訪問下さり有難う御座います。

南仏初心者ガイドはあと二回ぐらい継続しますが、旅行記にはあまり興味の無い方もいらっしゃると思いますので、今回は旅行記からの休憩でした。

広島G7サミットに及んで、この曲を想起致しました。


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