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日本で唯一のプロライフセーバー西山俊の「今」

ライフセーバー名鑑No.7 西山俊 プロフィール

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西山 俊(にしやま しゅん)
湯河原LSC所属

日本唯一のプロライフセーバー。東海大学水泳部に入部するも、まったく練習について行けず他にやることを探していたところライフセービングに出会う。日本代表として5度の世界選手権に出場。2017年に行われたワールドゲームズでは4×50m障害リレーにおいて世界一の称号を獲得。全日本選手権オーシャンマン3連覇、チーム種目含め5種目の日本新記録保持者という輝かしい成績を持つ。

今の心境

 「コロナウイルス感染拡大の影響で世界選手権が延期となりましたが、今はどんな心境ですか??」
―――――――「特に何も…。」

 「全日本選手権なども一切なくなってしまいましたがやはりショックは大きいですか??」
――――――――――「特に何も…。」

なんと、ものすごく意外な答えが返ってきた。その訳とは…??

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「コロナウイルス感染拡大で自粛期間があったけど自分自身においては特に何もつらいことはなくて…。たしかに今、大会は何もないけど、いつかやるときに出場できれば良いかなと。絶対にこの大会に出場したかった!とか、今できないと困る!などそういう気持ちは全くなし。ダメージなし。トレーニングは今まで通り続けるし、やることは変わらないかな。」

と、淡々と語った。


 「では、何にむけてトレーニングを継続してらっしゃるのですか??」

―――――――――「全豪選手権だね。」

きっぱりと一言、返事が返ってきた


最大の目標「全豪選手権」

大学2年時の全日本選手権でオーシャンマンレースにおいて5位と早くも頭角を現した西山。この結果を受け、日本代表強化指定B選手に選ばれた。

大学3年時にはSANYO CUP(三洋物産インターナショナルライフセービングカップ)で初めて日の丸を背負い海外選手と戦った。大学3年も終わりかけの2010年、日本代表として全豪選手権へ初めて出場した。
日本で優秀な成績をおさめていた西山は「もしかして、俺、けっこういけるんじゃないか??」自信があった。
大学1年時、2年時と毎年オフシーズンにオーストラリアへ行っていたが、オーストラリアで開催される“本場の大会”に出場することは初めてで、期待が膨らんだ。

”ライフセービングの本場、オーストラリアで自分の実力を試せるぞ!”

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しかし、いざ大会会場についてみると、荒れ狂う海に腰がひけた。
そこには今まで見たことのない大きさの波が崩れていた。
実際に海に入ると、ますます波は大きく感じる。
波のパワーも今までで一番強く感じた。そう、サイクロン(台風)が来ていたのだ。レースにエントリーしているが…、
「沖にでられないんじゃないか??」
嫌な予感が頭をよぎった。

大会当日。内心、ドキドキしながらもスタートラインに並んだ。
とにかく、沖へ、沖へと、何枚もの分厚い波を越える。超えても、超えても、まだ沖にたどりつかない。安全管理をしているライフセーバーに声をかけられた。
「おまえは一体ここで何してるんだ??」
気づくと、約1kmぐらい砂浜沿いに流され、女子のレースエリアに自分がいた。まさかの、全種目で予選敗退。荒れ狂う海を見ながら途方に暮れていた。

突然異様な空気が大会会場を包んだ。なんと、19歳以下のレースに出場していた選手がいなくなったという。その放送が流れた途端、選手たちが海の中へと一斉に飛び込んでいった。安全課(安全管理をするライフセーバー)やオフィシャルの人たちは慌てて、
海から上がれ!!!危ないぞ!!!
と、叫んだが、選手たちは聞く耳持たず。必死にいなくなった選手を探した。その光景が今でも忘れられない。


(日本代表チームは全員レースを棄権せざるを得ないようなコンディションの海なのに…。さっきまで選手としてレースに出場していた全員が、この海に飛び込んで仲間を探している…) 
”一選手”だった全員が、その瞬間に“ライフセーバー”として動きだしたのだった。その光景が心に突き刺さった。

当時のオーストラリアでのニュース映像
※動画内の14:00頃に選手たちが身体一つで大きな波の中、探しに行く様子が見られる


ここ、オーストラリアでライフセービングをしたい。
自分のやりたいことが明確になった。今、思い返してみると、消防士になりたいと思ったのもこのことがきっかけかも知れない。そう語った。

大学を卒業し、オーストラリアで修行をするためのお金を貯めた。半年間、アルバイトで貯めたお金を手に握りしめ、渡豪した。そして帰国後、念願の消防士へ。思い描いたとおりの人生を送った。

プロへの転向

消防士として働く傍ら、変わらずライフセービングスポーツにも打ち込んだ。日本代表強化指定選手としても選ばれ続けた。仕事に練習、大会、日本代表合宿など目まぐるしい日々を送った。2014年、フランスで行われたライフセービング世界選手権に日本のエースとして出場した。しかし、結果は思いのほか振るわず…。
得意の種目、オーシャンマンレースでも決勝の舞台にすら立てなかった。

「もっと、もっと、ライフセービングに時間をかけたい。
 仕事とアスリートを両立させることができるほど、自分は器用じゃないのかもしれない。」

西山はプロへの転向を決意。世界大会から帰国後すぐに辞表を提出した。
「仕事と両立しているから、この結果で仕方ないよね。」
そんな言い訳が一切できない環境に自分の身を置いた。

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消防士という職業を聞けば、“安定”という言葉が思いつくだろう。
“安定”を手放してまで茨の道を選んだ理由とは…。
当時こそ一心不乱の覚悟で決断した出来事であったが、今、改めて振り返ってもらった。
「オージーに近づきたい。その一心だったかな。
あの、憧れの地オーストラリアでもっともっと戦える自分になりたい。
”あの日本人やるじゃねえか。”
ってオージーに認められたかったんだよね。
いや、今もそう思っている。」

西山は非常に強くオーストラリアのライフセーバー達に憧れを抱いていた。

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プロとして活動するために、スポンサー探しに没頭した。100を上回る企業に金銭的な支援をしてもらえないか当たった。
しかし、そう上手くはいかない。返信すらしてもらえない企業がほとんどだった。しかし、その中でもいくつか応援してもらえる会社が見つかった。それで生活をし、毎日毎日練習に明け暮れた。

ライフセービングをやっていて良かったと思う瞬間は??という質問には
「いつも!!!」と笑顔で答えた。
「自分がやりたいと思っていることに熱中できる今のこの環境がすごく充実している。逆にライフセービングと出会っていなかったら何をしていたんだろうって考えちゃう。毎日ライフセービングのことばっかり考えているし、日々を過ごしてるのもライフセービングの仲間。目標に向かって集中して取り組めるいまがとても楽しい」

これぞまさに「プロ」の特権だ。
自分の好きなことに熱中し、すべての時間をそれに捧げる。
よく小学生たちがプロサッカー選手、プロ野球選手と将来の夢にあげるように、多くの人が一度は夢に見た職業だろう。

”好きなことをしてお金をいただく。これ以上最高なことはあるだろうか”

プロになって良かったと思うことを聞いてみた。

「応援してくれる人がいるということを肌で感じられることかな。

プロになって、支援をしてくれる企業を探し回った。ライフセービングスポーツを紹介し、そして自分の夢や目標を話し、情熱をぶつけた。自分の“本気”に、“本気”で応援してくれる人に出会えたことで、自分がやっていることは、間違っていない。誰かから本気で応援してもらえるほどの価値のあることなんだと気づけた。

もちろん、プロじゃないときから家族や友人、チームメイト、みんな応援してくれているけど、やはり金銭的なサポートを受けるということはまた違うものだと思う。」


これはきっとプロななった人にしかわからないことだろう。

自分で自分を追い込む


しかし、良いことばかりではない。
むしろ、つらいことの方が多いのかもしれない。


ライフセービングはオリンピック種目でもないし、まだまだこれから普及していかなければならない発展途上のスポーツだ。実際の広告価値がないことは自覚している。正直言って、応援してくれる企業とwin-winの関係になるにはほど遠い。だからこそ、自分の“熱意”に共感して、応援してくれていることを実感した。

その想いに答えるのは“結果”だ。
“結果”が欲しい
“結果”が求められている
“結果”を出さなければ

負けられない

日本で唯一のプロライフセーバーとして活動するならば、誰にも負けちゃいけない

負けたらやめよう

負けたら辞めなきゃいけない

負けは許されない


気づくと西山は追い込まれていた。ライフセービング競技に打ち込みたくて自ら選んだその環境が自分を追い詰めていたのだ。プロに転向して数年後、ついに限界を突破した。

海で泳ぐのが怖くなった。
水に顔をつけることすら、身体が拒否してくる。
海を離れた、満員電車の中もいられない。
圧迫感が死を連想させる。

パニック障害と診断された。

▼西山のブログでも詳細を語っている
パニック障害、不安障害と言われて

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壁を乗り越えて出会えた本当の楽しさ


たまに泳げない日もあるが、今はだいぶ症状も落ち着き、練習に取り組めているという。今後の目標を聞いてみた。
「日本の大会云々よりも、やっぱり全豪選手権で活躍したい。マスターズでも良いから。もちろん、今はオープンの枠で出場するけどね。」

全豪選手権で活躍した後に、見据えているものは何かあるのでしょうか?

「ライフセービング日本代表として出場するときは、ライフセービングの普及や発展も頭にいれて活動しているけど、全豪選手権への挑戦は自分の素直は気持ちに従っているだけ。
とにかく挑戦したい、挑戦し続けたい。やれることをやるだけやって結果がでなかったら諦められる。だから、それまで挑戦し続けたい。自分の気の済むまで挑戦し続けたい。」

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そして、パニック障害を経て心境の変化もあったという

「以前は、負けちゃいけない。負けたくない。という想いがものすごく強かったけど、今は正直なところ負けても悔しくないというか…。特に、勝ち負けにこだわりがない。もちろん、勝てたら嬉しいけど、なんだか今は自分でも不思議な感覚。とにかく、目標に向けて頑張るって感じかな」


辛い経験を経てから、出会えた自分の素直な気持ち。
”挑戦すること”に本当の楽しさを感じているようにも見えた。
早くコロナウイルスが収束することを願い、オーストラリアの舞台を心待ちにしている西山であった。



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