「ニッポンノD・N・A」って何なん? モンゴロイドとジャパニーズ

7月16日21時00分、ハロプロの末っ子グループであるBEYOOOOONDS(ビヨーンズ)が、8月7日発売のメジャーデビュートリプルA面シングルのMVを三本同時公開しました。グループ結成からCD発売まで1年以上待たされたビヨーンズですが、その分相当な力の入りようです。

この気合はもしかするとハロヲタ以外には伝わりにくいかもしれないので、まずはこのMVを少し観てください。

いやぁ素晴らしい!この圧倒的な無駄の無さ。セット?そんなものパフォーマンス力が高いハロプロには必要ありませんよ。ハロプロのライブはライブハウスでもめちゃくちゃ盛り上がりますし、ハロヲタにはハロメンしか目に入りません。衣装?どんな生地やデザインでもハロメンは全員超可愛いので問題なしです。ハロヲタは長いハロプロの歴史の中で46億種類に及ぶ白衣装の違いを楽しんできました。コンセプト?いや僕にもよくわからないですが、逆に聞くけどそんなの考える意味あります?曲がめっちゃ良いから普通は気にならないと思いますよ。

えっ?何で英語字幕がついてるかって?質問が多いなぁ。ハロプロは海外にファンが多いからに決まってるじゃないですか!毎年海外でもコンサートしていますし、ヲタクも遠征のために語学力を鍛えられる。なんて配慮に富んだ事務所なんでしょう!あぁそれにしても朋子さんに殴られたい...

ん?、全然お金かかってなさそう?


正解!!!


流石にこれは極例と言えますが、数年前まではメンバーの素材だけで勝負している、素材は良いが料理が致命的に下手くそと言われがちなのがハロプロのMVでした。それに対して...

むむっ予算が多し!まず外でロケしてて健康に良さそうですね。練られた演出、丁寧な美術。随所に散りばめられた小ネタ。コンセプトは少女漫画と非常に明瞭。ハロプロの様式美とも言えるリップシンクやダンスショットもきちんと押さえながら誰が観ても楽しめる作品になっています。

他2作品もそれぞれ良い意味でイカれていて最高です。TwitterのTLでは絶賛の嵐。これまで如何に高度なMV鑑賞センスを磨いていたのかが忍ばれます。再生回数の伸びも好調で、3作品とも100万再生は超えそうです。

ただし、一つだけ手放しに褒められないのが『ニッポンノD・N・A!』

40過ぎたおっさんでさえ黄色い歓声を上げて団扇を振り乱しそうな平井美葉さんのイケボ、90年代へのリスペクトを感じるサウンド、これまた平成の記憶を呼び覚ます未成年の主張のオマージュ、全く内容のないサビ、良いところを上げればキリがない一方で、タイトルからして危うさがあります。

だって”ニッポン” の ”D・N・A”ですよ。

DNAはデオキシリボ核酸。

旧優生保護法を巡る訴訟や、大阪なおみ、八村塁、サニブラウン・ハキームなど日本以外のルーツをもつ選手への差別的感情が取り沙汰される今日此の頃、遺伝子というモチーフはかなりセンシティブであるいえるでしょう。その上、枕詞が「ニッポンノ」ですから今挙げた例の後者には思いっきりぶつかっています。武道館での発表時から僕の中にあるポリコレセンサーが警戒音を発していたのも事実です。

ただ、ここに関しては曲中で赤羽橋高校2年生の前田こころ先輩が

「DNAとは『デオキシリボ核酸』、『デオキシリボ核酸』ですからーー!」

とおっしゃっているので、あくまで記号ですよ。あの『U.S.A』のオマージュでゴロが良かったです!と言い張る逃げ道があります。D.N.AはそれこそU.S.A並に連呼されていますが、見て分かるとおりほとんど意味は感じられません。

Hey everybody Hey YO! everybody
DADADA DADADADA DNA
Hey everybody Hey YO! everybody
DADADA なんだかんだ DNA

ふーっ安心しました。さすがの事務所もそっち方面のバランス感覚は持ち合わせていたようです。差別的な意味合いなんてありません。マンパワーみたいなもんです。ただの記号ですよ記号。デオキシリボ核酸です。
っと安堵したのもつかの間、そのあとに続く歌詞は...

Hey everybody Hey YO! everybody
DADADA DADADADA DNA
Hey everybody Hey YO! everybody
DADADAっと モンゴロイド DNA

止まりかけたポリコレセンサーがけたたましく鳴り始めてしまいました。

モンゴロイドは差別用語?

とはいえ、モンゴロイドの何が問題なんでしょう?まずモンゴロイドなんていう言葉は殆ど日常会話で使うことないですよね。社会の教科書、地理か世界史か忘れてしまいましたがそんな中に書かれていた黄色人種を表す言葉。白人がコーカソイドで、黒人がネグロイド、あとオーストラロイドでしたっけ。メンバーは中学生のみぃみや桃々姫はおろか全員意味を知らなかったとしてもあまり驚きません。いや普通に失礼か...

モンゴロイド自体は学術的に人種を分類する際に生まれた言葉なので、出自からすると差別的な意味合いはありませんが、その分類が肌や目の色を初めとする身体的特徴からなる、いずれ非科学的で偏見であるとして否定されるような基準から行われていたことは見過ごせません。

また欧米ではダウン症患者を指す蔑称として(見た目が東アジア人に似ているという理由で)「モンゴロイド」が用いられてきた過去があり、一般に差別用語として認識されているようです。国外で自分にあまり好意的でない非モンゴロイドから、モンゴロイドと呼ばれた場合、「ダウン症」と言われたと捉えて間違いないわけですね。これは二重に卑劣です。

海外のハロプロファンに差別用語を連呼していると捉えられるのは非常にまずいですね。アイドルの楽曲で使われるのに相応しいとは言えない気がします。

差別用語は誰が使うかによって意味が変わる

しかし、差別用語には誰が発言するかによって意味合いが大きく変わってきます。例えば「モンゴロイド」がニューヨークのハーレムで道行く「ネグロイド」に向かって"Hey Nigger(ニガー)!"なんて言ったらいくら以前に比べ治安が改善したと言っても健康な身体でお家に帰るのは難しいでしょう。

一方現在黒人ラッパーの歌詞などには平気でニガーという言葉が多用されます。差別用語をあえて自称として使うことで己のアイデンティティを確認しているわけです。「兄弟」とか「俺ら」のようなニュアンスです。ただ、これは差別を受けた歴史のある黒人のみに許される言葉であって、今でも白人やアジア人がうっかり口にしたらボロクソに叩かれます。

僕は作詞をした野沢トオルさんが意図していたのも、「ニガー」的な意味合いに近かったのではないかと想像しています。YMOのY(イエロー)的な用法ですね。

個人的には世界で一番大好きなバンドandymoriに『モンゴロイドブルース』という曲がありまして、純血とか混血とか思いっきり人種を連想させつつ本意がはっきりしないナンセンスな歌なんですが、退廃的で気だるくカッコいい。これを聞いて以来、海の向こうの白人や黒人の物語を羨望の眼差しで眺める「モンゴロイド」というアイデンティティが結構好き、というかしっくりくるので、そういった辺境人的意味での自称「モンゴロイド」には割と好意的です。

ジャパニーズ=モンゴロイドか?

なんじゃい結局肯定派かい!と思われたかもしれません。いや、僕だっていつもハロプロの味方ではいたいわけですが、まだ一番厄介な問題が残っています。それはこの曲が明確に「1億2600万人のジャパニーズ」に向けられたものであるという点です。

まず、1億2600万人のジャパニーズは全員モンゴロイドではありません。日本に帰化をした人、外国のルーツを持ち、日本で生まれ育ち日本国籍を選んだ人、同質性の高い日本社会では無視されがちですが、モンゴロイドではない日本人が存在しています。

ニッポンノD・N・A!という曲名でモンゴロイドDNAという歌詞があったら、それは日本人=モンゴロイドであると言っていることにならないほうがおかしいでしょう。非モンゴロイドの日本人に対する配慮を欠いていると言わざるを得ません。僕がどう感じるかとか、野沢さんがどう感じるかという問題ではないわけです。

幸か不幸かコミュニティが強固で人口の多い在日コリアンや華僑、日系ブラジル人などは一応同じ「モンゴロイド」であるためすぐさま猛烈な抗議を受けることはないかもしれませんが、彼らとてモンゴロイドと一括りにされることを良しとすることはないでしょう。

そしてより複雑なのがハーフ(ミックス)の方の存在です。例えばハロプロ研修生の松原ユリヤちゃんはベラルーシとのハーフ(便宜上使わせていただきます)です。これから自我ができていく中で彼女が自分はモンゴロイドなのだろか?日本人なのだろうか?と考える日があるかもしれません。D・N・Aはビヨーンズのデビュー曲ですからこれから何度も何度も聞く機会があるでしょうし、何らかの形で彼女自身が歌う可能性も十分考えられます。

どう考えるかは彼女次第ですが、もしその際に違和感や疎外感を感じてしまったらそれってすごく悲しくないですか?
実力診断テストで爆笑をさらっている時、彼女が何人だとか、彼女の人種がどうだとか、そんなことを考えている人はいなかったと思います。彼女が多くの人に愛されるのは純粋に彼女個人のキャラクターや、発言、そしてパフォーマンスからでしょう。

彼女だっていつかは大人になるでしょうが、ハロプロにはいつまでもユリヤちゃんが「簡単だから」とか「難しそうだから」ぐらいの理由で曲を選べる、自分がモンゴロイドだとかコーカソイドだとかそんな言葉で不必要に悩む必要のない場所であってほしいと切に願います。

それにハロプロはもっといろんなルーツを持った子をとっても良くないですか?僕は15期オーデの間よく妄想していたんですが、アリアナ・グランデみたいなほんまもんのグルーブをもった小学生が入ってきたりしたら超ワクワクするし、めっちゃグラマラスなラテン系の子がいてもいいし、逆にめっちゃダンスが下手なアフロアフリカンの子や、めっちゃシャイなラテン系の子やってきて成長してくのも面白いじゃないですか。

どんなルーツであってもしばらくハロプロに浸かればハロプロっぽくなってしまう。そしてハロプロという超特殊な環境の中で逆にそれぞれの個性が際立ってくる。そんな秘伝のタレみたいな力こそハロプロの魅力ではないでしょうか。

だから、モンゴロイドなんていう限定は必要ない。

「ニッポンノD・N・A」って何なん?

この曲がこれだけ問題を孕んでいながら、ほとんど低評価がされていない理由は、そもそもタイトルである「ニッポンノD・N・A」が明確になってないからです。

ハロプロでは、つんく♂ちゃんが日本大好きboy(ハワイ在住)なので、日本、日本という言葉やテーマは頻繁に登場するものでした。

その代表といえばやはり『LOVEマシーン』。バブル後の湿気た空気の中で日本の未来はwow wowとか言ってを一世を風靡したわけです。しかしこの曲の主人公は日本でもその未来でもありません。これはまず第一に恋をする私が愛する人に向けて歌であり、その視点は基本的にミクロです。

つんく♂の書く日本ソングには必ず日本へのストレートな愛と、ミニマムでリアルな人の息遣いがあります。

一方「D・N・A」は新聞記事のような第三者目線で社会が風刺されますが、個人は登場しません。ジャパニーズは基本的に批判の対象で、古くて非合理的な習慣(=DNA)に支配されて世界から取り残されそうになっている存在です。

一応最後の方には雄々しく

令和に生きる 新風世代
凛として 光放て
独創力 まさに最高峰
ニッポンノD・N・A!

と奮起を促すのですが、ここを聞きのがしてしまうとただ単にネガティブな日本批判と日本人=モンゴロイドという無意味で誤った命題を繰り返すだけになってしまいますし、では日本のD・N・Aとは独創力だ!と言われてもその内容はまったく見えてこないわけです。

つんく♂はというと…

”米がうまいぜ!日本中
お茶を飲め飲め最高茶葉”

”漢字最高日本文学
長寿大国日本です
美人ぞろいのジャパニーズ”
(HOW DO YOU LIKE JAPAN? 〜日本はどんな感じでっか?〜)

この恐ろしいほど具体性。陳腐ともナイーブとも言いようはあると思いますが、この人日本大好きなんだなってのは伝わってくるのではないでしょうか。

ここまで読んでもらえれば僕がいわゆる保守的な立場でないのは伝わっているかもしれませんが、こういう具体性のある愛国心、自然なナショナリズムというのは悪いものではなく、むしろ好ましいものだと思います。僕もやっぱ日本食が一番美味しいとか思いますし、日本の四季が好きです。

でもこのナショナリズムが国とか人種とかの記号によって操作されてその中身が問われなくなると非常に危険な存在にもなるわけです。なんとなく日本いいよねとか、日本よ立ち上がれとか言われて糞みたいなところに連れてかれてくのは嫌じゃないですか。

ある意味「D・N・A」の最も恐ろしいところはそこです。これだけで評価するのはアンフェアですが、野沢さんからはつんく♂に比べて日本に対する思いというのはあまり伝わってこないのに、日本という得体の知れない大きな主語が使われている。

この曲の正体はDADADADA言っているダダイズムと平成の記憶の寄せ集めで、言ってしまえば日本人=モンゴロイドなんて別に主張しようとは考えていないわけです。ここに普通は使わない異質な言葉や、社会風刺、大きなテーマと日本愛、これらは如何にもハロプロっぽくてハロヲタが好きそうな要素を入れようとした。

何となくハロプロっぽい、何となく日本っぽい語感を探した結果、それがモンゴロイドではないでしょうか。

悪意のない、しかし無思慮で無自覚な暴力性。それに気づかずにリズムや映像にのせられて、「うわぁ最高!」とかね、僕も思っちゃいましたが、そうやって踊っている間に誰か傷つけているかもしれないと思ったら怖い。


これを書いている間に「D・N・A」は「眼鏡の男の子」の再生回数を超えて1位になり、このままだとテレビCMとして流れることになります。

改めて言っておきますが、僕はビヨーンズが大好きだし「D・N・A」のMVは良く出来ています。高瀬くるみさんの表情なんか本当にいくら褒めても足りないくらいで、泣きそうになるくらい感動しました。実質的にビヨーンズのプロデューサーである野沢トオルさんには、これからもイカれた作品を作り続けて欲しい。それを何にも考えずに笑いながら観ていたい。

でも、その前にもう一度メンバーも野沢さんも、そして現場で踊り狂うヲタクたちにも考えて欲しいと思います。

「ニッポンノD・N・A」って何なん?


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