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「仕事」と「労働」の違い。

ドイツの哲学者であるハンナ・アーレントは、「人間の条件」という本の中で「仕事」「労働」を明確に区別した。

アーレントによれば、仕事とは「人間の個々の生命とは別個に、世界に存在し続けていくモノの創造に関わる営み」であり、労働とは「人間の肉体によって消費される、必要物の生産に関わる営み」のことを言う。

とてもわかりづらいが、簡単に言うと、労働は「生活や消費のために仕方なくおこなわれる生産活動」、仕事は「消費以外の価値を生み出すものをつくる活動」ということだ。

はるか昔の時代、労働は奴隷たちがおこなっていた作業であり、地位の高い人たちからは敬遠されていた。ご存じのとおり、現代の先進国では奴隷制度はすでに廃止されており、誰もが自由に仕事を選べる権利を持っている。

もしソクラテスが現代にタイムスリップしてきたとすれば、きっとこう言うだろう。

「なるほど、これが令和という時代か。それで、奴隷はどこだ?」

奴隷を雇うお金を持っていた人たちは、生活に必要な労働を奴隷に任せ、自分たちは芸術的作品を作ったり、哲学に勤しんだり、創造的な活動をおこなう仕事にもっぱら精を出していた。昔の時代では、仕事は高貴な活動だと考えられていたのだ。

この記事では、仕事と労働の違いについて見ていき、後半では人間にとっての仕事の意味について掘り下げていく。


仕事と労働の違い

現代では「仕事」にあまりいいイメージはついていない。明日も仕事だと思うと憂鬱になる人も少なくないだろうし、日曜の夜のサザエさんさん症候群などはその典型例だ。仕事は「できることならしたくないもの」と思っている人が大多数である。

では、なぜ現代では仕事がそこまで敬遠されるものになってしまったのだろうか。それは、現代人にとって仕事が「お金を稼ぐための手段」にしかなっていないからである。つまり、「仕事」と「労働」をごちゃ混ぜにしているのだ。

アーレントの定義で考える労働の代表的なものといえば、食料品や衣服の生産などである。それらは人間が消費するために必要であり、人間の生活には欠かせない必需品だ。さきほど述べたとおり、「生活のために仕方なくやる仕事」、それがアーレントのいう労働である。

それに対してアーレントが言う仕事とは、音楽や絵、詩や工芸品といった、必ずしも生きるために必要ではないものをつくる営みのことを指す。こちらは芸術的活動全般が当てはまるといって間違いではない。生きるための消費ではなく、純粋な創造と楽しみによる行為。それがアーレントの言う仕事である。


現代は「労働」から解放されつつある

アーレントの仕事と労働の区別は明確だが、その意味を現代にそのまま適用することは難しい。というのも、アーレントの区別は一昔前のフォーディズム的生産体制のときには有用だったかもしれないが、現代は生活のための労働から解放されつつあるからだ。

フォーディズム的生産体制とは、1910年にヘンリー・フォードが自動車の大量生産のために導入した作業方式のことである。簡単に言うと8時間労働と単純な繰り返し作業のことを指す。

産業革命後の世界では、とにかく生きるためには働かなくてはならなかった。フォーディズム時代において、アーレントの言う仕事ができる人はほんの一握りの上流階級であり、ほとんどの人たちは労働に勤しみお金を稼いでいたのだ。

そうした時代背景の中では、仕事と労働を区別し、「人間らしく生きるためには労働ではなく仕事をするべきだ」という主張が深い意味を持った。しかし、現代ではすでにアーレントが言う「労働」は消えつつある。

もちろん、世界的に見ればまだまだモノが足りない国や社会もあるだろうし、日本でも生活のための仕事が完全になくなったわけではない。だが、現代は昔に比べてモノに溢れ、日本を含み先進国では食料や衣服は有り余っているのが事実である。

アーレントが述べた労働の定義は、一昔前のものだと言わざるを得ない。現代に生きる私たちは、一人ひとりに「労働」ではなく「仕事」をする選択肢が与えられている。


人を豊かにする現代の仕事

さて、労働から解放された現代の仕事についてもっと考えてみよう。たとえば、衣服をデザインしている人や自分のお店を開いている料理人は、どちらも産業革命以後の時代では労働の一部だと考えられていただろう。

しかし、現代では衣服を作ることは消費することではなく、創造することに変わりつつある。ただ着るのではなくファッションを楽しむために人は服を買う。料理も同じだ。ただ食べるという目的のために料理は作られてはいない。現代では家族や友達と料理を楽しんでもらうために料理は作られている。

衣服をデザインする人も、自分が美味しいと思う料理を作る人も、生きるために仕方なくやっている労働ではなく、人の人生を豊かにする仕事をしているのだ。つまり、現代の日本では誰でも労働を仕事に変えられる社会の中に生きているといえる。

イスを消費するために作るのは労働だ。だが、職人がイスの素材から細部までこだわりを持ち、誰にも作れない芸術的なイスを作るのは仕事である。労働は単純作業の側面が強いが、仕事は創造性に関わっていることが多い。美術品や工芸品、音楽やモノを作ることはまさに典型例である。


仕事が人生を豊かにする

現代は労働を仕事に変換しやすい社会ではあるが、現実にはまだまだ労働をしている人がたくさんいる。朝起きて通勤することに苦痛を感じたり、同じ作業を一日中やらされたり、ただ生活のためにお金を稼いでいる人は「労働者」で間違いないだろう。

それを単に心意気の問題として片付けるのは簡単だが、それでは問題の本質はいつまで経っても解決しない。労働を仕事にし、現代人が抱いている仕事への嫌悪感を消すためには、仕事のあり方について真剣に考えなければならない。

仕事は人生の多くの時間を費やすものだ。そして、仕事こそ人生を豊かにしてくれるのだ。

カールマルクスは「労働時間の短縮」が人間の自由に必要だと述べた。マルクスの時代では、将来的に人間は週15時間程度しか働かなくなるだろうと思われていたが、2021年の現代を生きる私たちは未だに1日8時間、週40時間労働をしている。

サービス残業や休日出勤といった問題も絶えず、ワークライフバランスとはほど遠い生活をしている人や、ワーカーホリックになっている人も多い。アーレントが述べているように、労働と仕事を区別して考えることも大切だが、もっと大切なのは現代の仕事のあり方を考えることである。


「仕事=労働」から抜け出す

現代では「好きを仕事に」というフレーズをよく聞くが、自分の好きなことをしてお金を稼いでいる人は、自分の仕事を労働だと思ったりはしないだろう。もちろん、それは本人の心意気や考え方の違いにもよるだろうし、どんな仕事をしていても「自分は労働をしている」と考える人もいる。

しかし、現代は昔よりも格段に自分の仕事に対して意義を感じられる時代になっている。

自分のやっていることを労働ではなく仕事だと思っている人は、ワーカーホリックのように好きなだけ働いてもストレスは感じない。もちろん一定の限度内の話だが。一方、仕事が労働になっている人は、できる限り働く時間を短くし、自由な時間が欲しいと思っている。

両者の違いは、単純に仕事を労働だと思っているかどうかの差である。そして、自分が望みさえすれば、「仕事=労働」の考えから抜け出すことができる。

たとえば、労働を仕事に変えるにはいくつか方法がある。一つは、好きな仕事をすること。もう一つは、考え方を変えることだ。特に、後者の考え方を変えるのは誰にでもすぐできることである。ただ、自分がやっていることに対して主体性を持って取り組めばいい。

このことについては、以下の記事で詳しくまとめているので、ぜひ読んでいただきたい。


お金を稼ぐだけが仕事じゃない

実際、単純に考えれば「仕事」も「労働」も大した変わりがないように思うだろう。どちらも結局は何かをつくるための活動であり、労働は消費のために、あるいは生きるために働くこと、仕事は個人の楽しみや芸術的な営みのための活動である。

現代では仕事は「お金を稼ぐために仕方なくするもの」という認識が一般的である。お金さえあれば仕事なんてせず、毎日遊んで暮らしたい、そう思っている人も多いだろう。

しかし、仕事とは決してお金を稼ぐためだけの活動ではない。お金があろうがなかろうが、元々人間は仕事をする生き物である。なぜなら、仕事こそ人生を豊かにしてくれるからだ。これは私たちの先祖たちの行動を見ればすぐにわかる。

私たちの祖先は生きるために仲間で狩りをし、たくさん獲物が取れたときは焚火を囲いながら仲間でワイワイ騒いでいた。その楽しみのときに音楽が生まれ、現代ではアーティストといった仕事に発展していった。


自分にとっての仕事とは何か?

どんな仕事も、はじめはただ楽しみのための活動だったのかもしれない。それが時代の変化に伴い、単純作業の労働になったり、音楽や作家、画家や職人といった仕事に分化していったとも考えられる。

仕事を敬遠する人が多い中で、私たちが考えるべきは「自分にとっての仕事とは何か?」「どうすれば仕事から人生の豊かさを感じられるようになるのか?」についてである。

時間によって管理される単純作業としての「労働」ではなく、楽しみのためや他人のため、芸術的な営みのための活動である「仕事」をする。その中にはきっと自分にしかできないことがあるはずだ。

人生の時間のほとんどは仕事に捧げられている。だからこそ、お金や生活のための「労働」ではなく、自分にとって楽しい営みである「仕事」についてもっと真剣に考えるべきである。


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