繁栄への道 〜強さの解釈、弱者の勝ち方〜

誰でも最初は弱者だ。
今ではとてつもない大きな企業でも、最初は零細企業だったのだ。
創業者の伝記のようなものを読むと、創業からしばらくは、中小零細企業としていかに勝ち残るかに苦心したという言葉を散見する。
弱者はどのように生き、繁栄までの道をたどるものなのだろうか。

先週の短編本『植物の防御戦略 〜非攻撃的に生き抜く“内”の強さ〜』では、植物の「シャープな強さ」に生き抜く秘訣を見出した。
今回は、「強さ」の理解を深め、弱者の勝ち方について探求してみたい。
強さとは、植物の毒のような刺すような強さや、恐竜のような大きさや力だけではないはずだ。
なぜなら、それぞれ全く異なる特徴を有しながら生存・繁栄し、そして時には滅亡もするからだ。
強さを正しく解釈することで、弱者の勝ち方や繁栄への道について、考えていきたい。

植物の「シャープな強さ」

ここでは、先週の短編本を少しだけ振り返る。

植物の中には「毒」を持っている者がいる。
私たちが日常的に触れている、タバコのニコチンも毒であるし、あるいは抗がん剤も植物成分に由来するが、薬である反面、副作用という毒性もある。
植物は、これら毒によって、外敵から身を守っている。

あまりイメージがないだろうが、ニコチンはタバコ2,3本分で死に至る物質であり、法律によって劇物指定されている。
抗がん剤も、その副作用の強さは認識されているところだろう。
つまり、植物は、非常に少ない量で生物に強い障害をもたらす物質を、体内で作り出すことができるのだ。

また、その毒の種類も多岐に渡る。
無数に存在する植物が、様々な毒を体内に作り出しているのだ。
その理由は、いかに強い毒でも、その耐性を備える敵が現れることは自然界では珍しくないからだ。
その耐性は、遺伝子と共に他者に伝搬していく。
また、その毒に対峙する敵が多いほど、耐性=攻略法を見つけられる可能性は高くなってしまう。
したがって、いかに強い毒性を備えても、それが皆と同じであれば突破されてしまい、自身の敵がその耐性を備えてしまう可能性が十分にあるということだ。
だから、他の種とは違う毒性を備えておくことも、生き抜く上では重要なのだ。

このような、それぞれに違う、少量で強い毒を有する植物の性質を、「シャープな強さ」と表現した。
植物は、このシャープな強さを備えることを一つの武器として、動けないにも関わらず厳しい自然環境を生き抜いているのだ。

さて、ここからは、この「強さ」というものの理解を深めながら、弱者の勝ち方や繁栄への道について考えていきたい。
そもそも、強い、弱いという表現は正しいのだろうか。
なぜなら、圧倒的な強さを誇る者でも時には滅亡し、一見弱そうに見える者でも生存・繁栄しているからだ。

オンリー1でナンバー1になる

ここからは、稲垣栄洋著『弱者の戦略』(新潮選書)から学んだことを参考に考えていきたい。

いきなり刺激的な話になるが、生物の世界の法則では、「ナンバー1しか生きられない」とされているそうだ。

例えば、ガウゼの実験というものがある。
これは、一つの水槽にゾウリムシとヒメゾウリムシを入れると、ゾウリムシが駆逐されて滅亡するという結果を示したものだ。
この水槽には、水やエサが豊富にあった。
つまり、おそらく初期の個体だけが生きる分には十分だったが、子孫繁栄という大命題のもとエサを奪い合い、ヒメゾウリムシがその生存競争に勝ち、水槽内を支配したのだ。
ゾウリムシは敗れ去り、その水槽内では滅亡してしまった。
自然界では、ナンバー2というのは存在し得ないという、厳しい掟があるようだ。

しかし、この掟には続きがある。
水槽内のゾウリムシの種類を変えて、ゾウリムシとミドリゾウリムシにしてみる。
すると、両者とも生き残ったのだ。
何が違うのだろうか。
それは、棲む場所とエサが違うのだ。
ゾウリムシは、水槽の上の方にいて、大腸菌をエサにしている。
ミドリゾウリムシは、水槽の底の方にいて、酵母菌をエサにしている。
だから、お互いに奪い合うことなく、共存できたのだ。

このような棲み分けによって、生物は生き抜いている。
ゾウリムシとミドリゾウリムシは、場所とエサを棲み分けた。
他にも、夜行性の生物は、昼に活動する生物と棲み分けているし、春に咲く花は、夏に咲く花と棲み分けている。
砂漠や山岳地帯に棲む動物は、草木が豊富な地上動物と棲み分け、地中に潜む虫は、地上や空に生息する虫と棲み分けている。
みなそれぞれに違う環境に身を置くことで、生きているようだ。

オンリー1かナンバー1か、どちらがあるべき姿かという議論がある。
これまでの話を踏まえると、オンリー1を目指すことで必然的にその領域でナンバー1になる、というのが一つの答えであるように思う。
自然界にナンバー2が生き残るという法則がないのであれば、生き残っているだけで何かしらのナンバー1であるということになる。
地球上というレベルではナンバー1ではないのだが、オンリー1の領域を見つけ、そこでナンバー1になることが生存と繁栄のキーポイントのようだ。
そして、生存競争における強さとは、オンリー1でナンバー1になるということが、一つの結論であると考えられる。

ここで、今生きているそれぞれの種がナンバー1なのであれば、強い、弱いという表現はあまり意味を成さないということになる。
重要なことは、いかにその領域においてのポジショニングを築くか、ということのようだ。

しかしながら、ある程度の地位を築いた生物は、領域を選ばずナンバー1になれてしまう可能性がある。
圧倒的な力をもつものは、棲み分け領域を侵してしまっても、ある程度は力でねじ伏せることができてしまうだろう。
ヒエラルキーのトップにいる者は、どこでもなんでもナンバー1を目指すことができるのかもしれない。
つまり、細分化された領域ではなく、地球というレベルで見た時には、強者と弱者は確かに存在するのだ。

では、弱者ならではの戦い方や、時には強者を追い越す戦い方には、どのようなパターンがあるのだろうか。

弱者の戦い方

弱者の戦い方の1つ目は、「条件を多様で複雑にする」ことだそうだ。

弱者と強者が、力に任せた一騎打ちをすれば、弱者が敗けることは目に見えている。
しかし、武器の利用を可能にすれば技術で勝てる可能性があるし、地形が複雑であれば作戦で勝てる可能性がある。
少なくとも、強者は弱者に勝つためのコストを払わなければならなくなる。
強者は往々にして、物理的に巨大であり、必然的に必要なエネルギーが多くなる。
少し動くだけで大きなエネルギーを必要とするので、動いたら大きなリターンを得る必要があるのだ。
あるいは、小さなエネルギー源を確保しても、大きな身体の足しにはならない。
だから、1回の戦いにコストがかかったり、それで得られる獲物が小さいなどの、コスパが悪い戦いには挑まない可能性が高いのだ。
ましてや、敗ける可能性もあるのだとすると、その戦いは避けようとするだろう。
勝てる(と思っている)相手はいくらでもいるのだから。
これは、自分のルールに強者を引き込む、あるいは新たなルールの世界を創ることで、強者の侵食を防ぐと言い換えることもできるのかもしれない。

先日、下北沢にある「ダーウィンルーム」というお店に行ってきた。
ここは、生物進化や生物そのものに関する書籍に加えて、昆虫の標本や、古代人の頭蓋骨の模型などが売られていた。
また、その道の第一人者を招いて読書会を開いたり、喫茶店として飲み物や軽食も提供していた。
そこはまさに、店作りを多様で複雑にしている典型だった。
大手の書店は、ここまで複雑な店作りをするという結論は出さないように思うし、その意思決定にも多大な時間を要するだろう。
何より、あまり大きくない店舗と、下北沢という立地がフィットしているというようにも感じられた。
つまり、強者にとってはコスパが悪いのだ。
自分たちだけのこれまでの普通とは違う、多様で複雑な世界を創ってしまうことで、ライバルを牽制できているのだ。

弱者の戦い方の2つ目は、変化のタイミングを狙い、さらには多産であることだ。
この戦い方は、弱者と強者の立場を逆転させる可能性を秘めている。

以下は、アメリカの生態学者コネルが提唱した、「中程度撹乱仮説」のグラフだ。

スクリーンショット 2019-12-13 8.20.24

撹乱とは、かき乱すという意味で、環境の変化の大きさを表す用語だ。
横軸が撹乱度で、右にいくほど撹乱度が高い、つまり環境変化が激しいことを示してる。
縦軸は生物の種類で、上にいくほど種類が多い、つまり生存できる生物種が多いことを示している。
このグラフが示すことは、環境変化が激しい、例えば地球が氷河期に突入したりすれば、その激しすぎる変化に多くの種が耐えられず絶滅することを示している。
他方で、環境変化が少ない落ち着いている状況でも、その環境に適応して地位を確立した強者が敗者を駆逐し、生存できる種が少なくなることを示している。

注目すべきは、撹乱度が中程度大きい場合は、多数の生物種が生きられるということだ。
環境が変化するということは、その環境に適した特性も変化するということだ。
それまでの環境に強く適応した強者は、変化後の環境には脆弱性を示す可能性が高い。
例えば、暑い環境に適応し強さを発揮した生物は、寒い環境には弱いと想定される。
つまり、弱者にとって、変化が激しい時はチャンスなのだ。

外来種の問題がある。
元々その地になかった生物が、何らかの経路を経て持ち込まれ、その地で大きく繁栄してしまう問題だ。
例えば、外来種である西洋タンポポは、在来種の日本タンポポよりも繁栄しており、日本タンポポを駆逐していると言われることがある。
しかし、その真実は、人間が土木工事によって日本タンポポを駆逐し、その後の空白となった領域に西洋タンポポが進出してきているというのだ。
西洋タンポポも、日本タンポポが生えている草むらには進出することはできないらしい。
つまり、新参者は、何らかの大きな環境変化(この場合は人間の土木工事)の後の空白地帯に、そのチャンスを求めれば繁栄できる可能性があるということだ。

変化の時、多産であることも重要だ。

生物の世界では、卵の大きさと数は反比例すると言われている。
つまり、大きな卵を産もうすれば数は少なくなり、反対に数を多くしようとすれば大きさは小さくなる。
これは、一度の出産で卵全体に供給できるエネルギー量は一定だからだ。
そして、大きな卵の方が生存率は大きくなるが、小さな卵はその生存率の低さを数でカバーしている。
だから生物は、「多産多死」か「少産少死」かを選択しなければいけない。

一般的に、強者は「少産少死」であり、弱者は「多産多死」である。
なぜなら、強者であれば、少数の卵を外敵から守りながら育てることができるからだ。
仮に、弱者が少産少死を選択しても、強者に襲われてその少産の卵を奪われてしまう可能性が高い。
だから、弱者は多産多死を選択し、多くは死んでしまっても、少ない割合でも生き残ることに期待して、多数の卵を産み落とす。
ちなみに人類は、少産少死だ。

多産多死の特徴は、その生き残り方だけにあるわけではない。
「多様性」と「スピード」も備えているのだ。
多産であれば、それぞれの卵に遺伝子の違いが内包されることになる。
また、多産多死の生物ほど、成長が早い傾向にあるため、親になり次の子どもを産み落とすまでのサイクルが短い。
このサイクルの短さ、スピード感は、環境変化に適応するにあたっての重要な意味を持つ。

進化とは、世代を越えた突然変異によってもたらされる。
基本的には親に似ているはずの形質が、突然変異によって子に備わり、それが環境に適応した場合に、その形質が次世代以降に受け継がれていく。
つまり、多産多死で、その生み出すサイクルが短ければ、一定期間あたりに突然変異が起きる回数も多くなり、進化していく可能性も高いのだ。

これらの特徴を踏まえると、変化の時は、多産多死の方が有利なのだ。
なぜなら、変化の時は、それまでと同じ形質では生き残れないことを意味しているからだ。
多産多死で、とにかく多様に早く生み出し、そのサイクルの中で、その環境に適応していくことを期待するのが妥当なのだ。
少産少死では、多様性に乏しく、生み出すサイクルも遅いため、変化した環境に適応できる確率は多産多死に比べると相当低いと考えられる。

以上を踏まえると、弱者は複雑な環境を選ぶか自ら創り出すことが、一つの戦略になりそうだ。
あるいは、変化が起きている環境に飛び込み、その環境に適応をすることで、強者に逆転することができる。
その場合は、多産多死で、多様に早く生み出すことが必要とされる。
強者は、一つの命を産み落とすまでに時間がかかるため、環境適応という点では弱者が有利になる可能性が高いのだ。

弱者の一歩目

弱者には、その道の選び方がある。
強者がいないところ、敵が少ないところを選ぶことが求められる。
しかし、当然のことながら、その選択の先には困難がつきまとう。
容易な道であれば、既に他の生物が進出しているからだ。
それら、困難な道を選んだ生物は、それぞれに苦難の時を経て適応していくのだ。

例えば、砂漠に進出したラクダ。
ラクダは、コブに水を貯めているイメージが強いが、実は違うそうだ。
コブは脂肪のかたまりで栄養分の蓄積先だそうで、水分は血液中に蓄えているのだそうだ。
エサと水に乏しい環境で生きるために、そのように進化したのだ。
他にも、砂漠で生きるために、足はかんじきのように面積が多くなり、砂が目に入らないようにまつ毛が伸びていて、鼻の穴は閉じるようになっている。
砂漠で生き抜くために、変化を重ねたのだ。

地中に進出したミミズは、もともとは頭や足のような器官がある生物だったと考えられる。
それが、土の中で土を食べて生きるという生存方法に適応し、器官が退化していった。
土の中で生きる、最も適した形態に進化していったのだ。
不要なものは捨てたのだ。

早春に咲く花もある。
夏になれば、活動する昆虫も多く受粉が成されやすくなる反面、ライバルも多い。
だから、大きく立派な花を咲かせられない花は、早春に咲くのだ。
小さな花でも、早春に咲けば目立つので、虫に見つけてもらいやすい。
普通、花の種は、冬は暖かな地中で過ごす。
しかし、早春に咲かすためには、寒い冬の間も、地面に出て葉を広げ光合成をして、エネルギーを蓄えている必要がある。
夏に咲く花が冬の終わりと共に目を覚ます頃に、早春に咲く花は、その蓄えたエネルギーを一気に咲かすのだ。
ここで耐えて重ねていた努力が報われる。

これらの生物は、最初は適切な形態など分からなかっただろう。
というよりも語弊を恐れずに言えば、人間以外の生物は、調査をして考えて戦略を練り、意思を持ってその生息場所や形態を選んでいるわけではない。
生息地の環境変化によって、止むを得なく新たな領域に棲み始めるのだ。
例えば、最初の陸上生物は、浅瀬に棲む海洋生物が、海水面の後退によって強制的に陸上に棲むことになったと考えられている。
その後、突然変異によって備えた形質が陸上に合った者のみが生き残り、子孫を残していったのだ。
その突然変異のくり返しで、より陸上に適応し、別の種へも変容していくのだ。
その無数の変化のくり返しによって新天地を開拓し、現在の多様な生物がいる。

人類は、考えて、意思をもって選択することができる。
しかし、だからといって最初から答えが見えているわけではないことも、多いのではないだろうか。
その環境に飛び込み、無数の失敗を経て、適応した形にたどりつける。
最初から答えが見えているところには、既に強者が存在する可能性が高い。

弱者の勝ち方は、強者に比べて普通ではない。
既に棲む領域が決まっているのであれば、強者がそこに魅力を感じないように、複雑で多様な環境やルールを作ってしまうことも一つの手だろう。
あるいは、これから領域を選択できるのであれば、変化の起きそうなところで多産的に挑戦するのが良さそうだ。
そして、オンリー1となることで結果的にナンバー1になることも、目指さなくてはいけない。
なにより、進化は無数の突然変異の結果にたどりつく一つの適応形だから、突然変異を繰り返さなければいけない。
普通では勝てない、普通ではたどりつけないのだ。
人類よりも永い歴史をもつ生物の世界が、そう教えてくれている。

〈参考文献〉
・稲垣栄洋著(2014)『弱者の戦略』(新潮選書)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

リベルは、もっと自由な発想や思考を持ち続けたいという願望から、始まりました。考古学や生物学などの、ビジネスから離れた専門の先生から、新たな視点を得ることを目指しています。 ここでは日々思ったこと、考えたことを書いています。 https://liber.community/

ありがとうございます!励みになります!
リベルは、もっと自由な発想や思考を持ち続けたいという願望から、始まりました。考古学や生物学などの、ビジネスから離れた専門の先生から、新たな視点を得ることを目指しています。 noteでは日々思ったこと、考えたことを書いています。 https://liber.community/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。