権威を纏う主役と権威を創る黒子 〜ミシュランガイドに学ぶルールメイカーの作法〜

猟銃自殺をしたミシュラン三ツ星のシェフがいます。
フランスで三ツ星レストランを営んでいたベルナール・ロワゾーという人物です。
彼が自殺をしたのは、2003年、星を維持・獲得したシェフがミシュランガイドによって発表される直前のことでした。

ロワゾーは生前、「三つ星を失ったら、私はヴァテルになる」と公言していました。
ヴァテルとは、17世紀の名料理人で、王室に雇われていた料理人です。
ヴァテルはその当時、国王ルイ14性を迎える祝宴を取り仕切り、睡眠を削って準備に没頭していました。
しかし、昼食用に注文していた魚介類が届きません。
料理が完成しないと信じ込んだヴァテルは、自ら命を断ったのです。
魚介類は届いのは、その直後のことでした。
ロワゾーはまさに、ヴァテルと相似した最後を迎えたのです。

他にも、ミシュランの星の異様とも思える絶対性の高さを感じさせるエピソードがあります。
2010年に三ツ星を獲得したジル・グジョンは、このように言っているのです。
「僕にとって、ミシュランは聖典だよ。ミシュランすなわち世界と言っても過言じゃない。」

ミシュランの三ツ星と言えば、特にグルメではない人でも、それを獲得したお店のクオリティーの高さを疑う人はいないでしょう。
しかし、これらのシェフのエピソードには少し意外に思うことがありました。
ミシュランで三ツ星を獲得するほどのシェフであれば、腕は超一流であり、星などなくても他の一流店や一流のお客さんから一定程度認められているところでしょう。
さらに、偏見かもしれませんがこのような一流シェフは、自分の考えや独立心が強い性格であるというイメージがあります。
そのようなシェフが、ある意味では他人が定めたルールである「三つ星の獲得」という競争に必死になっていることに意外性を感じてしまったのです。

先週のリベル短編本『倭の五王の外交意図 〜不安定な情況における、外の力の意味〜』では、5世紀の日本列島の統治に奔走した倭の五王が、中国から権威を授かるために外交をくり返していたことを学びました。
社会の発展に直結するようなヒト・モノ・情報は、既に朝鮮半島から得られていましたが、混乱する国内や朝鮮半島情勢を治める手段として、中国の権威に頼ったのです。
この歴史的事実からは、権威の価値や重要性を時代を越えて学ぶことができましたが、その対象が政治に寄っていました。
そこで今回のnoteでは、もう少し現代的で身近な例として、現代のミシュラン・ガイドの星が持つ権威に着目し、権威獲得に奔走する側(シェフ)と権威を創り出す側(ミシュランガイド)の実像に迫ってみたいと思います。

私たちは普段、意識せずとも権威獲得に奔走する側であることの方が多いのではないかと思います。
例えば、少し嫌な言い方になってしまいますが、、、大学受験では、合格すれば大学が持つ権威を纏う(まとう)ことができます。
もちろん本来の目的はその大学で学問を修めることになるのですが、その権威を獲得できるという側面もあり、それが多少なりとも人生にプラスに作用していると言えます。

近年は、既存のルールの中で戦うのではなく、新たなルールを創るという思考の切り替えが必要だと言われます。
今回は「ミシュランの星」という個別事例に終始してしまいますが、権威を取り巻く二者の整理をした上で、ミシュランは星という権威をどのように創り出したのか、ということにも思考を巡らせみたいと思います。
尚、ミシュランのシェフやガイドブックに関する知識や情報は、国末憲人著『ミシュラン 三ツ星と世界戦略』(2011年、新潮選書)に依っています。

権威を纏う「主役」 -シェフ-

冒頭に記したように、三ツ星を獲得するシェフは、三ツ星の権威の絶対性を信じ、並々ならぬ覚悟をもって獲得や維持に努めています。
他方で、そのような努力の先に獲得できる星は、ミシュランが定めた枠組みの中のものであるとも言えます。
中には三ツ星を手放すシェフもおり、その一人であるオリヴィエ・ロランジェは、その手放した理由の一つを次のように言っています。
「三つ星シェフとして十年、十五年とやっていくことを考えると、何だか籠(かご)に入った鳥のような気分でした。その間にできることがもっとたくさんあるんじゃないか。」
三ツ星を獲得する競争は熾烈であり、星を追う人生には期待と共に窮屈さも感じざるを得ないということのようです。

と、ここまで星を獲得することのネガティブな話ばかり取り上げてしまいましたが、当然のことながらポジティブな側面もあります。
それは、「権威の獲得によりその世界の主役になる」という点です。

星の授与によって注目されるのは、ミシュラン自体ではなく、星を獲得したシェフです。
その人は、一夜にして注目の対象となり、社会の主役の一人となるでしょう。
他の例を挙げるとすれば、お笑いのM-1グランプリなどもそうでしょうか。
主役になるのは、M-1の主催側ではなく、優勝したお笑い芸人です。

その世界の主役になれば、当然お店にお客さんも押し寄せ、他の活躍の機会も増えていくことになります。
例えば、「世界一星を持つシェフ」と言われたジョエル・ロブション氏は、十数カ国の国で店を持ち、28もの星を獲得したとされています。
また、最近では、ジョエル・ロブションの名を関した商品も見受けられます。
つまり、ロブションはその長年の実績から、権威を与えられる側から、授ける側に移行していったとも言えるのかもしれません。

他方で、ミシュランは、ロブションのようにその道の主役を経て権威を授ける側になっていったわけではありません。
ミシュランはタイヤメーカーです。
したがって、ロブションのように食事に関する何らかの強烈な権威や知名度を有しているわけではありませんでした。
では、ミシュランのガイドブックはどのような経緯で、現在のような立ち位置を築いていったのでしょうか。

権威を創る「黒子」 -ミシュラン・ガイド-

ミシュラン・ガイドは1900年、ドライバーのための“無料”冊子として発刊されました。
発起人は、ミシュラン社を創業したミシュラン兄弟でした。
ミシュラン・ガイドの存在は知っていても買ったことがない人も多いのではないでしょうか。
現在はミシュランは“有料”で発刊されており、しかもミシュラン・ガイド東京版は3500円程度と比較的高額です。
その無料から有料への転換の経緯は後述します。

発刊当時のガイドの内容は、自動車メーカーの宣伝、ミシュラン営業所の一覧、自転車のタイヤん交換方法の解説などの後、フランスの都市をアルファベット順に並べ、それぞれの街の概要とそこにある自動車用の設備を紹介していました。
そのような多様な情報が、全399ページにもわたって紹介されていたようです。

そして肝心の食事に関する情報は、レストランではなくホテルの情報として掲載されていました。
その掲載方法は、「ワイン付き夕食込みの宿泊費」と思われるものを、三ツ星103軒、二つ星205軒、一つ星990軒掲載していたのです。
これらの星は、単に宿泊費の高さごとに星の数を決めたもので、三ツ星が一番高いホテルでした。
つまり、実際の料理の美味しさや清潔さなどは確認していなかったのです。

ミシュラン・ガイドは、きたる自動車とタイヤの将来の発展を見据えて、先手を打つために発刊されたと考えられています。
当時の自動車産業の状況としては、1896年にヘンリー・フォードが自力で最初のガソリン自動車を開発しましたが、量産機として有名なT型フォードが発売されたのは1908年です。
つまり、1900年のミシュラン・ガイドの発刊は、大衆が自動車に乗る時代が本当に来るのかどうか微妙なときの一手であると考えることができます。
発刊の明確な意図は分かりませんが、自動車の時代に何らかの影響力を持ちたかったことだけは伺えます。

実は、自動車利用者のための情報誌はミシュラン・ガイドが初めてのものではなく、先行するものがありました。
しかも、その構成や情報の内容などを見ていくと、ミシュラン・ガイドはある他の雑誌をコピーしたものであると考えられるのです。
さらには、ホテルなどに星をつけて評価する方法も、特段目新しいものではありませんでした。
つまり、ミシュランガイド自体は新たな発明ではなく、その継続的な改善の中で今のような地位を獲得していったと考えることができるのです。

ミシュランの「星という権威」の創られ方

そのミシュランガイドも、いくつかの変化を経て徐々に現在の形に近づいていきます。

まず一つ目の変化は「有料化」です。
ガイドは1920年から有料化されました。
その理由は、ミシュラン兄弟が車の修理工場を訪れたとき、傾いた作業台の足代わりに数冊のガイドが利用されているのを見たことがきっかけだったと言われています。
それを見た兄弟は、「人間はお金を払ったものしか大切にしない」と悟って有料化したのだそうです。

しかし、別の見方もあり、こちらの方が先にあった理由ではないかとも考えられます。
それは、有料化に踏み切る少し前にガイドへの広告の掲載をやめたため、印刷コストを何らかの方法で賄う必要があったということです。
当初ガイドには、自動車メーカーの他にホテルの広告も掲載していました。
しかし、これではガイド内で行うホテルの格付けと混同されてしまいます。
そこで、ガイドにはホテルの広告は掲載せず、完全に独立した立場でホテルを評価することを選択したのです。

この有料化によって、ミシュラン・ガイドが得たことは「中立性という信用を得て大切に読んでもらえる」ようになったことでした。
広告がないことは、広告主への忖度の必要がないことを意味しました。
また、お金を払って買った読者は、大切に持ち歩き、無料のときよりは隅々までガイドに目を通すようになったと想像されます。
もちろん「お金を払って買ってもらう」という新たな課題が生じましたが。

二つ目の現代の形に近づく変化は、「調査員」です。
前述したようにミシュラン・ガイドの評価は、当初ホテルの宿泊費の高さだけで星の数が決められていました。
しかし現在は、知っている方も多いかもしれませんが、調査員の調査によって星の数が決められています。
この調査員のあり方も、ミシュラン・ガイドの権威性を維持するために適切なものであると考えられるのです。

ミシュラン・ガイドの調査員は、著名な料理研究家や食通で名を馳せるような人ではなく、ミシュランの社員である「一般人」です。
その多くはホテル学校の出身者で、数ヶ月の研修を経て調査員としての活動を始めます。

一般人であるおかげで、シェフや店員に気づかれることなくお店のサービスを受け、中立的に判断することができると考えられます。
仮に調査員であることがバレた場合は、調査員を代えて、改めて店を訪れるそうです。
担当する地域も、一度担当した後は、同じ地域を数年間は担当しないようにして、素性がバレないようにしています。

また、当然のことですが、調査員はシェフやお店関係者から物を受け取ったり、特別に親しくなるなどの行為を禁止されています。
調査回数も、異なる調査員によって複数回行われ、一人の人間だけで判断することはありません。
さらには、食事後は店側から料理の方針や店の状況も聞き取り、店側の言い分も聞きます。

つまり、読者からお金をもらうという収益のあげ方も、調査の運営方法も、一貫して「中立性」を保っているのだと言えます。
この中立性の徹底が、読者からの信用や信頼と、一流シェフに命を懸けるほどの、「聖典」だと言わしめるほどの信頼と情熱を生み出しているのではないでしょうか。
確かに、権威は権力と違って押し付けて機能するものではなく、周囲の人々が自然と認めるものであると思います。
そのような権威の特性を踏まえると、特定の誰かに傾倒したような思想や存在ではなく、中立性は求められる要素ではないかと考えられます。
日本における権威の代表例といえば天皇陛下ですが、天皇陛下も特定の誰かの幸福を祈るのではなく、国民全員の幸福を祈る存在です。
大学の先生にも権威が認められますが、先生も自身の考えや理論は持つものの、それは膨大な調査や思考を経た上で確立されるものです。

もう一つ注目すべきことは、「ミシュランの権威は仕組みによって創られた」ということです。
決して著名な評論家などの力を借りたわけではなく、一般社員である調査員による調査や、ガイドの地道な改善と運用、そしてその長い歴史によって築かれたものでした。
そのミシュラン・ガイドの構成要素一つ一つは地味ですが、その集合体としてのガイドブックや星の進呈はとても華やかな印象を持つものです。
なにせ、そもそもミシュランガイドの発刊元はタイヤメーカーであるミシュランなのですから、そこに食事に関する根源的な権威を求めることは困難です。
あくまでもゼロから、一貫したポリシーに基づく仕組みの構築と、その運用の継続によってミシュランの権威は創られたのだと考えられます。

ところで、シェフに星を授け、レストランの世界を盛り上げているミシュラン社自身は、どのようなメリットを享受しているのでしょうか。

ミシュランのパリ本部の上級副社長は、ミシュランガイドの価値をこのように語ったそうです。
「(・・・)牛乳やティッシュペーパーと違って、人々がタイヤを購入するのはせいぜい二年か三年に一度だけです。その間、消費者とミシュランをつないでいるのがガイドなのです。」
「良質のガイドをつくる会社は良質なタイヤもつくる。この関係をわかってもらえることが、私たちにとって大切です。ガイドとタイヤは同じ会社がつくっているのですから」

素人目線だと、ガイドとタイヤは全然違うものだから、消費者がそこまで想起するのだろうかと疑問に思いますが、ブランド力とはそういうものなのでしょう。
少なくとも、タイヤだけでは一般人が日常的に発しなかったであろう「ミシュラン」という言葉を、人々は頻繁に口にしています。
ガイドはミシュランの知名度に大きく貢献していることは間違いなさそうです。

またさらに付け加えると、ガイドの発刊を始めた狙いは、舗装道路も道標もなかった時代に旅行者の便を図り、それによってタイヤ利用を促進するということにありました。
これもなかなかに間接的なアプローチですが、この意図が本当なのであれば、ミシュランは自動車時代の夜明け前、自らマーケットを創ることに奔走したことになります。
そのようなロマンある創業者のもとに、ミシュランガイドという世界的に有名で権威あるガイドブックが創られたことには、なんだか納得感を覚えてしまいました。

おわりに -権威という渦-

シェフが命を懸けるほどの情熱を引き出すミシュランガイドの星の権威。
それを獲得した者は、料理の世界に主役として放たれ、レストランが賑わうだけではなく、実績を積み重ねればジョエル・ロブションのように強い影響力を持つことができます。

他方で、権威の発行元であるいはミシュランガイドは、もう少し泰然自若として冷静な出で立ちあるように感じられました。
中立性を徹底した仕組みによって、その権威を築き上げてきたのです。

私たちが今後の人生や仕事において、どちらの立ち位置を選択するのか分かりませんが、両者の対比は興味深いものでした。
権威というのは時代を越えて存在するもので、その周囲では、その獲得に人々が奔走するものです。
それは、時には倭の五王にとっての中国の権威のように国を治める力にもなれば、ミシュラン・ガイドのようにシェフの人生を定め、料理の世界を賑わせる一要因にもなり得ます。

普段あまり意識することはありませんが、私たちはその権威によって巻き起こされる渦の中で生きているのかもしれません。
少し高い視座から眺めてみると、自分を巻き込んでいる様々な権威の渦を見ることができるのでしょうか、どうなのでしょうか。
いずれにしても、私たちの世界を取り巻く「権威」というものは、今後も深めていきたいと思えるテーマでした。

〈参考文献〉
・国末憲人著『ミシュラン 三ツ星と世界戦略』(2011年、新潮選書)

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リベルは、もっと自由な発想や思考を持ち続けたいという願望から、始まりました。考古学や生物学などの、ビジネスから離れた専門の先生から、新たな視点を得ることを目指しています。 ここでは日々思ったこと、考えたことを書いています。 https://liber.community/

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