複雑なものを複雑なままで 〜「宮沢賢治」に考える環境への“非”依存性〜

複雑なものを複雑なままで 〜「宮沢賢治」に考える環境への“非”依存性〜

リベル

(文量:新書の約13ページ分、約6500字) 

 変化する環境を生き抜くには、どのような考え方や姿勢を持てばいいのでしょうか。それは変化に対応し続けることだ、と言われてしまえばそれまですが、対応し続けることは簡単ではなく、それだけで人生が終わってしまうような気もします。

 先週の短編本『変化を生きる生物 〜長期戦略のベースコンセプトを考える〜』では、激烈に変化する環境を生き抜いてきた生物の進化の歴史から、その戦略を学びました。
 具体的に学んだことの一つは、生物は、変化にその都度対応するというよりも、「そもそも環境変化の影響を受けにくくする」という進化の方向性を持つということでした。
 また、その進化の方向性をもう少し別の切り口や言葉で捉えることにより、「環境からの独立」という生存戦略のコンセプトを学びました。「環境からの独立」を果たす身近な例としては、巣を作ってエサを蓄えたり多少の雨風を凌げるようにすることで、自然環境の変化の影響を緩和することなどです。巣をさらに高度にしたものが人類の建造物であり、人類の場合は他にも教育や農業などによって環境からの独立を果たし、また生物の世界には協力・共生というさらに強力な独立方法もあることを紹介しました。
 環境から独立することの効用は、敵が襲ってきたり気候などの自然環境が変化したりしても、その影響をなるべく小さくとどめ、生き残れる可能性が高くなることにあります。このように聞くと、環境から独立できる者は、差別化されたシンプルな強さを有していることを想起しないでしょうか。
 しかし、シンプルな強さは模倣されやすく、限られたパイを奪い合う競争に巻き込まれ、次第に環境から独立しているとは言い難い状況になるとも考えられます。また、何らかの普遍的な価値を圧倒的なレベルで有していても、競合が多ければ、その価値が相対的に薄れ、顧客などを惹きつけ続けることは困難になります。もちろん、競合との戦いに勝ち続けて圧倒的No1になれば、環境から独立していると言えるほどの地位を獲得することができるかもしれません。ただ、そのような争いをせずに環境から独立する方法はないものかと考えてしまうのです。
 このように「環境からの独立」と「シンプルな強さ」は必ずしも一致しないと感じ、環境からの独立を果たすための要素は何なのかと考えたときに頭に浮かんだのが、詩人・童話作家の「宮沢賢治」(1896-1933年)でした。


「宮沢賢治」の環境からの独立

 『雨ニモマケズ』や『銀河鉄道の夜』などを代表作とする宮沢賢治が、詩人や童話作家として注目され始めたのは賢治の死後のことでした。生前に刊行した本は、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』の2冊だけで、しかも自費出版に近く、発行部数もそれぞれ1000部で、人の手に行き渡ったのはそのさらに一部でした。
 しかし、賢治の死後、詩人・草野心平らの尽力により賢治の作品群が急速に社会に知られるところとなっていきます。つまり、「宮沢賢治」は、本人の知らないところで様々な人にプロデュースされ、世に出てきたのです。

 代表作の一つである『雨ニモマケズ』は、詩としてだけではなく戦時中のスローガンとしても用いられました[1]。ここに『雨ニモマケズ』を紹介します[2]。太字は後から参照し説明するために、こちらで追記しました。

「雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリ(※)ノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

(...)」
※「日照り」の意

 カタカナが多く少し読みにくいですが、素直に読むならば、耐え忍び、人の役に立つような生活や生き方を望む賢治自身の価値観を表していると解釈できます。これは戦時中の「滅私奉公」「国民皆兵」に沿うイメージであり、国家がスローガンに用いた理由も頷けます。
 しかし、この詩は戦時中のスローガンとして用いられた後、戦後の学校教育でも採用され、またその後も絵本などの様々な媒体に進化しながら広く流布していきました。実際に宮沢賢治関連の書籍のブックレビューを見ていると、現代でもバイブルのように愛用しているという人の声も多く見られます。

 賢治の死後から80年以上経ち、その間、戦中、戦後、高度成長、バブル崩壊、失われた20年など様々な社会環境の変化がありました。賢治の作品は、その変化を経ても人々に傍らに置かれる存在であり、あるいは人々の中で進化していると見ることもできます。
 このように様々な時代背景や状況において必要とされてきたことを知った時、「宮沢賢治」という存在は変化の影響を受けない普遍的な何かを有しているのだと感じました。つまり、「宮沢賢治」は環境から独立しているのです。

 では、宮沢賢治が環境から独立できたのには、どのような要因があるのでしょうか。それは、複雑なものを複雑なまま表現したことに、その要因があるのではないかと考えています。

「複雑さ」が生む想像や創造の余地

 先に紹介した『雨ニモマケズ』は、一つの見方としては、耐え忍び、人の役に立つような日々を求める人生観を感じさせました。それは、人々の模範となるような完成度の高い人間をイメージさせます。
 しかし、さらに深く読み解いていくと少し違った解釈も出てくるようなのです。

 日本大学芸術学部教授の山下聖美氏は、『雨ニモマケズ』に書かれた人生観や価値観は、賢治が求めながらも手に入れられなかったものであると解釈しているようです[1]。
 賢治は、名家の当主として世間体を重んじる父と、「人のために生きるのス」と言って賢治を育てた母を両親に持っていました。母の言った「人」とは、現実に生きている世間の人たちのことを意味していました。そのような家族関係の中において、一度は教職に就きながらもその職を辞し、農村における芸術の実践という理想を掲げるような賢治は、生きづらさを感じていたようにも想像されます。
 『雨ニモマケズ』の10,11,12行目の「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ」とは、自分の考えを表に出さずに周囲に合わせるような言動を良しとする価値観を表しているようにも解釈できます。
 そして、最後の2行の「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」の「ナリタイ」には、なりたいけどなれなかった、というように読み替えることもできるのです。

 ここからは私なりの解釈ですが、このような読み深めをふまえると、本心からなりかったかどうかは別にして、世間や両親が求めるそういうものになれたほうがもう少し楽に生きられたのに、という孤独感がにじみ出た表現にも感じられてきます。
 つまり、『雨ニモマケズ』とは、耐え忍び人の役に立つことを是とした賢治の生き方ではなく、「もしそういう生き方ができたなら…」という別の自分の理想を追求する生き方しかできない賢治の、人生の切ない一片を表していると見ることもできるのです。

 賢治その人自身や表現物の複雑さを、さらに感じさせる詩があります。
 『雨ニモマケズ』の最後から5行目には「ミンナニデクノボートヨバレ」とあります。デクノボーとは一般的にはネガティブな像を表すことが多いですが、『雨ニモマケズ』ではその愚直な姿勢を肯定するように読み取れます。
 しかし、賢治の別の詩『えい木偶のばう』[3]では、「デクノボー」をもう少し別の対象として扱っているのです。

「えい木偶のばう
かげろふに足をさらわれ
桑の枝にひっからまれながら
しゃちほこばって
おれの仕事を見てやがる
黒股引の泥人形め
川も青いし
タキスのそらもひかってるんだ
はやくみんなかげろふに持っていかれてしまへ」

 この『えい木偶のばう」は、『雨ニモマケズ』の4年前に書かれたものであると考えられています。文化人類学者・批評家の今福龍太氏は、『えい木偶のばう』でデクノボーは他者化され、忌避きひの対象として描かれていると述べています[4]。冒頭の「えい」とは激した言い方であり、『雨ニモマケズ』の穏やかな雰囲気とは少し異なるものです。
 今福氏によると、賢治はこの詩を書く1年前、花巻農学校を辞して、農耕を通じて真の「地の人」になろうとし、周りの青年たちを集めて農民芸術を論じ始めたのだそうです。しかし、農民の中へ入っていこうと開墾を始めた賢治の百姓生活を、近隣の農民は冷ややかな目で見ていたとも言われています。

 ここで、私なりの解釈を述べてみたいと思います。
 賢治の置かれていた状況を想像すると、この詩は賢治の頭の中にうごめく批判的な「偶像」に対して書かれたものなのではないかと感じました。「かげらふ」とは陽炎のことですが、蜃気楼が出現する要因ともされる光の屈折によって物体が歪んで見える現象のことです。賢治は、本当はそこに存在しない人や、本当は誰も言っていない批判的な態度や言動を頭の中に抱えながら、農業に邁進していたのではないでしょうか。
 賢治がそのような批判的な想像をしなければいけなかったのは、そういう周囲の態度や言動が日常的にあったからかもしれませんし、自分で自分の目指すところを信じきれない側面もあったのかもしれません。ただ、詩の最後に「はやくみんなかげろふに持っていかれてしまへ」とあるのは、その時にはそこに存在しない幻、頭の中で生み出されてしまう想像を振り払いたいという、賢治自身の苛立ちに近い感情なのではないかと思ったのです。

 しかし、この解釈が正しいかどうかは分かりません。本当にそこに居た村の人々が賢治に奇異な目を向け、陽炎によって足元がゆらめいていた状況を書いていたのかもしれません。
 ただ、重要なことは、このように多様な解釈を生み出し、許容するような器としての力が賢治の詩や「宮沢賢治」という存在そのものにあるということです。その器としての力を生み出している要因は、賢治が人間的な複雑さや不完全さを詩の中にそのまま表していることにあると考えています。
 シンプルで明快なものはそこに解釈を加えることは困難です。
 しかし、賢治の詩のように、デクノボー一つに対してまるで相反する意味が付与されていれば、そこに様々な解釈が生まれます。その解釈の余地は、言い換えれば人々に想像や創造の機会を与え、様々な人の力によって「宮沢賢治」という存在が創られていくことになります。
 そのような多様な人の多様な解釈によって創られた「宮沢賢治」は、時代を超えられる普遍性のようなものを内包し、時代が変化しても人々の傍らに居てほしいと思われる存在となったのです。ここまで発展した「宮沢賢治」は、もはや他の何か・誰かが模倣したり代替することが不可能に近い存在であると考えられます。

 「宮沢賢治」という存在が環境からの独立を果たせた要因は、人間の感情や生き方といった複雑なものを複雑なままに表現したことにあるのではないかと考えます。その複雑さの中に想像や創造の余地が生まれ、多様性や普遍性を内包しました。それによって環境が変化しても影響を受けにくく、環境から独立していったのではないかと考えられるのです。

「シンプル」と「複雑」

 シンプルな方が人に伝わりやすく、一強としての地位を獲得できるように感じられます。
 たとえば、Amazonなどは、圧倒的な品揃えや配送の早さなどを提供することで、ネットで物を買う利便性を追求しています。その提供している価値はシンプルで分かりやすいものです。AmazonPrimeやKindleUnlimitedなど、どんどん追加されていくオプションサービスは人々を惹きつけ、もはやAmazonなしの生活は考えられないと言っても過言ではありません。

 他方で、これまで見てきたように、「宮沢賢治」のような複雑さにも人を惹き付けるものがあるようです。そしてそれは、様々な人の解釈を交えながら創造されていき、環境からの独立を果たしたと言えるほどに発展した状況を見ることができました。
 そもそも賢治は、『春と修羅』『注文の多い料理店』以外は自らの手で外に出してはいません。『雨ニモマケズ』も、賢治の黒い手帳に鉛筆で書かれたものを、死後にまわりの人によって世に出されました。賢治の作品には未完成の草稿が多く、その草稿には書き換えられた後が多く見られるそうです。その複雑で未完成の作品が、様々な人の手によって世に出され、様々な解釈と共に広まっていったのです。

 「シンプル」と「複雑」という相反する性質は、人間の美意識にも関連する見解があります。
 人間は、真円や直線などのシンプルな形を「良い形」として認識する性質があります。前提として、人間は生きていく上で膨大な量の情報を処理しなければならず、なるべく情報はシンプルに脳に収まる方が、脳にとって良いということになります。なので、シンプルなものを見聞きした時、あるいはシンプルに理解できた時に、脳から快楽(報酬)物質が分泌される仕組みが備わっています。それが脳にとって良いことだからです。生物は、快楽物質を求めて行動をするので、シンプルな形や情報などを求める傾向にあると言えます。

 しかしながらもう一方で人間は、複雑さや不完全さにも、「美」を感じることができます。
 英国の脳科学者セミール・ゼキは、フェルメールの絵が心を惹きつける要因の一つに、「あいまいさ」をあげています。フェルメールの絵に描かれた場面には、背中を向けて何かをしている人物や、はっきりとは描かれないために見る人が「何だろう」と詮索したくなるようなあいまいさがたくさん含まれています。そして、このあいまいさが、「こうかもしれない」「ああかもしれない」という、広い解釈可能性につながります。
 つまり、フェルメールの絵を見た人は、描かれた場面や人物を、自分の体験や記憶に重ねたり、家族や知人の姿とつなげたりすることによって、心を惹きつけられます。こうして、細部まではっきりした絵よりも深い感興を、フェルメールの絵のあいまいさは呼び起こすのです。
(このような人間と美の関係性ついては、松木武彦著『美の考古学 ー古代人は何に魅せられてきたか』(新潮選書)に学びました。)

 シンプルなものにたどり着いた時、何かの兆しが見えたような気がしてモチベーションが上がることがあります。
 しかし、物事をシンプルに捉えたり表現したりするということは、同時にその他の様々なものを捨てることも意味します。
 シンプルなものは人に伝わりやすく、ある社会背景においては人々を一つの方向に向かわせるという点で必要とされるものかもしれません。ただ、そのシンプルさは無理矢理に導き出されたものであったり、まだ過程にある断片的な答えである可能性もあります。また、理想を求める賢治の心奥のように、そもそも複雑にしか表すことができないものもあると考えられます。
 なんとなくシンプルな答えが求められるような気がする現代において、複雑なものは複雑なまま持ち続ける、あるいは表現してしまうことを大事にしてみてもいいのかもしれません。そのような複雑さが実は普遍的なものであったり、周りの人が解釈を重ね発展させてくれることで、環境から独立した一つの世界を創ることにつながるのかもしれません。

〈引用・参考文献〉
1.『なぜ「雨ニモマケズ」は国民的な文学となったのか』(NHKテキスト View)
2.『雨ニモマケズ』(青空文庫)
3.『木偶のばう』(青空文庫、一〇三五)
4.今福龍太著『宮沢賢治 デクノボーの叡智』(新潮選書)

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