バランスが崩れる「経済と“宗教”」 〜「会社」に代わる拠り所の必要性について〜

社会には、目に見えないところに心の安定をもたらす装置があるのではないかと考えることがあります。
これだけ物質的に豊かになっても、それだけでは幸福を感じきれないことが近年認識され始めていると思うからです。
他方で今の日本ほどには物質的に豊かではなくでも、幸福度が高い国や時代はあるようにも思います。

現代は、会社に就職することで安定した生活がある程度保障され、社会には様々な救済措置も用意されています。
他方で、例えば戦後などは会社に就職するということは難しく、生活の糧を得るために個人商店を始めるなどといったことが割と当たり前だったのではないでしょうか。
近年では個人で商売を始めることは果敢な挑戦としてポジティブに捉えられるますが、昔は違う意味合いで商売を始めたのだろうなとふと思うことがあるのです。
それが経済成長と社会制度の整備によって、仕事も進学も、生き方も選べるようになってきました。
しかしそれでもストレス社会と言われ、なんとなく閉塞的な雰囲気が漂っているように感じます。
決して物質的に豊かなだけでは幸せになりきれないことが、近年示されてきているのではないでしょうか。

前回のリベル短編本『人々が仰いだ古墳』[1]では、地域首長が「経済と宗教」の両方の面でリーダーシップを発揮し、そのもとに人々がまとまり平和的な共同体が形成されていたことを学びました。
この「経済と宗教」という言葉が、妙にピンときました。
戦後、経済的な面では急速に成長してきた一方で、目には見えにくい宗教的要素はおざなりにされてきたのではないでしょうか。
特に「無宗教」を自称する人が多い日本では、なおさらその可能性は考えられます。
決して宗教を振興したいわけではありませんが、世界各地で宗教が生活に根ざしているのを見るかぎり、そのような要素は人間社会に必要なのではないかと考えています。
生きていく上で日本人だけが宗教的要素を必要としないとは、考えにくいからです。
そのような前提を置いた上で、社会における宗教的要素に対する理解を深めながら、現代社会に何となくはびこる心の不安定の要因について考えてみたいと思います。

まずは、「経済と宗教」が両立されていた社会のイメージとして古墳時代を紹介します。
次に、「宗教」というもののイメージを抽象的にですが少し掘り下げます。
そしてその上で、近代の日本社会における宗教とは何だったのかを考え、現状を確認しながら今後につながる示唆を得られればと思っています。
ちなみに話の方向性としては、近代の日本社会における宗教的要素は「安定が保障されていた会社」にあり、近年はそれが失われてきており社会不安につながっている、としています。

古代日本社会の「経済と宗教」

国家というものが成立し始める飛鳥時代の前、古墳時代は、日本列島の各地は豪族によって統治されていました。
中央による全国支配ではなく、比較的地方分権的な社会であったのです。
地方首長はその地域のために「経済と宗教」の両輪で奔走し、リーダーとして存立していました。

その時代、地域の経済活動の主は稲作でした。
それは自分たちの食い扶持であり、その地域を経済的に豊かにするものでした。
加えて、朝鮮半島を経由して往来していた渡来人や、その渡来人がもたらした技術やモノが、さらなる経済発展の可能性をもたらしていました。
やり手の地域首長は、元々は日本にいなかった馬の生産や、須恵器と呼ばれる新型の土器の生産などに力を入れ、積極的な産業振興を行いました。
水田や治水に関わる土木工事も行われていましたが、大規模なものにいたっては、いくつかの地域共同体が協同で行うこともありました。
その際には複数の地域を代表した大首長が共立され、そのリーダーのもとに人々がまとまり、大規模開発にあたったのです。

首長がリーダーシップを発揮したのは、このような経済発展の側面だけではありませんでした。
首長は、自然に祈りを捧げる祭祀王の役割も果たしており、先頭に立って人々や地域にとっての脅威に対峙する存在でもありました。
そのような姿を表すのが、2012年に群馬県・榛名山の麓の火山灰の層から発見された、地域首長と思われる人物の男性骨です。
その男性骨と共に発見された希少性の高い甲冑から、地域首長のものではないかと考えられているのです。
発見されたのが火山灰層であり、また武装した身なりであったことから、その首長は、火山の噴火に対して武威を示し立ち向かっていたのではないかと考えられるのです。
おそらく、火山の鳴動に初めは祭祀の力を持って向き合っていましたが、それでも治まらず襲ってくる猛威に、最後は武の力をもって立ち向かったのだと想像されるのです。
現代に生きるの私たちの常識ではその時の首長の心中を想像するのは困難ですが、人々の先頭に立って、自然の脅威に対峙することも首長に求められるところだったのです。

このように首長は、「経済と宗教」の両面で先頭に立ち、人々にその恩恵をもたらしていました。

古墳は、そのような地域首長が祀られる墓でした。
古墳の様々な役割の紹介はリベル短編本に譲りますが、とりわけ大きな古墳は大事業に対峙した首長が祀られていると考えられます。
「経済と宗教」の両面から地域に発展と安定をもたらす首長に、人々は信頼を置いていたと想像されます。
その大きな古墳を目にするたびに人々は、その偉大な首長が治める地域にいるのだという安心感を感じていたのではないでしょうか。
決して物質的な幸せだけではない、精神的な幸せも首長がもたらしていたのであり、それらを地域共同体の人々は共有していたと考えられるのです。

宗教とはどのようなものなのか

このような古墳時代の社会情景を学んだ時に平和的な印象を覚え、また「経済と宗教」というフレーズにも何かピンとくるものを感じました。
社会には「経済と宗教」の両方が必要なのだという、納得感のようなものです。

言うまでもなく経済発展は私たちにとって必要であると思います。
安定的な衣食住の確保は当然に必要ですし、人はみな欲しいものもあるからです。
古墳時代の人々も、渡来人がもたらす珍しいモノや便利なモノに心を踊らせ、その交流に意味を感じていたと考えられます。
また、資本を投じて社会にとっての脅威にあらかじめ備えることで、生存の可能性を高めることができ、安心感も得られます。
しかし、どんなに備えても絶対の安心が得られるわけではなく、心の安定を獲得しきるのは困難であると思われます。
社会の脅威を完全に予測するのは困難ですし、お金だけの関係では人は孤独を感じてしまうものでしょう。
したがって、経済面だけを追求しきった社会や生き方では、幸福度が高くなりきらないのではないかと考えられます。
そこで、宗教的な要素が社会に必要とされると考えられます。

しかしながら、だからといって宗教面だけが強調されすぎてもいけないと考えます。
何かを生産し自分たちが食べるものを確保したり、一定程度先を見据えた社会基盤への投資や備えは必要です。
それらがなければ、実体が伴わない社会となってしまいます。

古墳時代の地域社会では、経済活動である産業振興を積極的に行い、宗教活動である祭祀や古墳の築造も行っていました。
そしてこの二つの相互作用が、地域共同体や人々の生活に好影響をもたらしていたと思うのです。
宗教的な力でまとまった人々は、大規模な土木工事や、新たな産業でも協力し合うこととなったでしょう。
そして協力して成した事業によって、経済発展が遂げられ、生活が豊かになっていったのです。
それが首長の求心力を高め、さらに人々がまとまり、同時に安心感も与えたのだと思います。
もちろんこの時代には、「経済や宗教」という認識は人々にはなかったはずなので、人々は感性の赴くままにそのような概念を築き上げ、それらが共存する社会で生きていたのだと想像されます。

古墳時代、あるいはその前後の時代において、人々は一つの地域共同体の中で過ごし、仕事も生活も同じ人たちで共にしていました。
良くも悪くも運命を共にする共同体であり、それ故にいざという時にも一人ではないという安堵感も感じられていたことでしょう。
そこには、食べていくための経済と、心の安定をもたらす宗教が意識されることなく同居していたと考えられるのです。
「人々の心の拠り所」として、宗教的要素が社会に内在していたのだと考えられます。

では、古代社会に存在していた経済と宗教、特に宗教は、どのように現代に引き継がれてきたのでしょうか。

心の安定を感じられる場だった「会社」

農業中心の社会では、仕事と生活は一つの集団で完結していたと考えられます。
現代でも農家は家族やその親戚で生産や販売活動を完結させていることが多いように、農業社会では、親しい関係の人が仕事も生活も共にすることが一般的であったと考えられるのです。
しかしその後、工業社会に移行する中で、地域共同体を離れて工場で働く人が増えていき、会社というものも発達していきました。
終身雇用や年功序列は、工業社会において、熟練工を会社につなぎとめるために発達した仕組みであるとも考えられています。
このような仕組みが整う中で、生活を安定させるためには生まれ育った地域を離れ、会社に就職する方が得策であるという考え方が一般的になっていきました。

このような社会変化は、経済と宗教の恩恵を受けられる場を分離させていったと考えることができます。
一つの地域共同体の中で仕事も生活も完結していたものが、仕事を会社で行うようになったことで、生活の糧を得る場所と、心の安定を得る場所が分かれていったのです。
さらにこれら二つの場所は、核家族化や地方から東京への人口移動の加速の中で、物理的にも離れていきました。
仕事終わりに帰ることができる共同体がなくなり、心の安定を得る場所が人々の周りから失われていったのだと考えられるのです。

しかしながらその喪失の過程には、もう1クッションあったと考えることができるようです。
工業化社会以降も私たちの社会には、宗教的要素を担う装置が存在していたと考えることができるようなのです。

東京工業大学リベラルアーツセンター教授で文化人類学者の上田紀行氏は、高度経済成長の日本社会において、宗教的要素は「会社」にあったと言います[2]。
終身雇用と年功序列によって、一度会社に入ったら、給料は上がり最後まで勤め上げられる会社は、人々の現在も未来も保障してくれ、不安も解消してくれます。
それはまさに人が宗教に求めることと同じであると言うのです。

つまり会社は、「経済と宗教」の両方の役割を果たす場所として機能していたと考えることができるのです。
そのような強力な結束が、敗戦からの高度経済成長を成し遂げ、世界から注目されるに至った要因の一つであるとも考えることができるのではないでしょうか。
「社員は家族である」という考え方は現代では揶揄の対象となることがありますが、高度成長期にはそれが実現されており、うまく機能していたのだと考えられます。

しかし、現代では終身雇用や年功序列が崩れ、宗教の側面が失われ始めています。
その宗教的要素の喪失の起源は、現代より少し前のバブル崩壊後の大企業の倒産に求めることができると考えられます。

残念ながらデータを見つけることができなかったのですが、以前1990年代末頃に女性の総合職者数が一気に増えたというデータを見たことがありました。
直感的には、男女雇用機会均等法の制定は1986年であり、バブルの崩壊は1991年頃と記憶していたので、1990年代“末”という時期には疑問を感じました。
しかし調べてみると、1997年には山一證券の倒産があり、1998年には北海道拓殖銀行の経営破綻があったのです。
それまでは、男性が外に出て働き、女性は結婚後は家事や子育てに専念するというのが一般的な考え方であったと言われています。
そのような考え方が、就職できれば退職まで安泰だと思われていた大企業の倒産を目の当たりにして、変化したのだと考えられるのです。
男性だけではなく女性も働き、生活の安定を図る必要性を感じさせたのです。
これは、会社に安定を求められないという意識の変化を意味し、同時に大きな不安をもたらしたとものと想像されます。
また、共働きは「家庭」という安らぎの場所を失わせる可能性もはらんでおり、心の安定を得られる場所のさらなる喪失につながったとも考えられます。
女性総合職の就職希望者が増えた他の要因として、1997 年の男女雇用機会均等法の改正により、努力義務であった募集・採用、配置・昇進における差別が禁止され、違反に対する制裁措置が設けられたことも考えられます。
ただ、この改定は後押しになったとは思われますが、男性も女性も総合職として働くという価値観の転換には、大企業倒産という社会不安の方が大きく寄与したのではないかと考えています。
人は大きな不安を感じたときに大きく動き出すと考えているからです。

同じく1998年頃には、自殺者数も大幅に増加しました。
これも山一證券の倒産や北海道拓殖銀行の破綻の時期と重なります。
バブル崩壊後、景気はいずれ回復すると人々は考えていたと言われています。
しかし、大企業の倒産などを通して、高度成長の終わりと、会社が守ってくれるという社会通念が崩れたことが、人々の認識の中に浸透していったことでしょう。
そのような社会不安が、自殺者数増加の一つの要因となったと考えられるのです。

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出典:自殺者数の推移(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/1-01.pdf

会社に代わる心の拠り所の必要性について

かつて経済と宗教の恩恵を受けられる場は一つでした。
地域共同体の中で、農業を中心とした経済活動と、仕事も生活も共にする人々による宗教的活動で、人々は生活の糧と心の安定を得ていたと考えられます。
工業化社会へ移行した後も、会社が、終身雇用や年功序列といった制度などを通して、人々に心の安定をもたらしていました。
しかし、バブル崩壊の後、その安定を提供することが困難になっていきました。
それは人々も徐々に認識するところとなり、共働きの促進や、自殺者の増加につながっていったと考えられます。
「経済と宗教」が同時に失われ、人々の心に大きな不安をもたらしたのです。

バブル崩壊後、失われた10年、20年を経て、徐々に有効求人倍率も回復し、会社に経済的恩恵を求めることができるようになってきました。

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出典:完全失業率、有効求人倍率 1948年~2018年 年平均(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0301.html

しかし、宗教的要素を再び会社に求めるのは困難であると考えられます。
グローバル化や技術革新の加速によって変化が激しくなってきている現代においては、安定的な成長や雇用の確保を会社が保障することは困難であると考えられるためです。
心の拠り所としての機能を求めすぎるがあまり利益を圧迫するようなことになれば、経済的な恩恵を働き手にもたらすこと自体が出来なくなってしまいます。

好調の時、右肩上がりの成長局面の時には、経済と宗教の両方を会社に求めることでうまくいっていました。
会社にはそれだけの受け皿があり、会社に身を委ねることに人々は疑問を抱かず信じることができていたのです。
それが戦後の短期の急成長を成し遂げた要因であると見ることもできるでしょう。

しかし、社会は変化し波があることを前提にするのであれば、そのような一元的なあり方では保たないのだと考えられます。
社会には、あるいは人生には波があることを前提とするならば、不安定な時でも受け入れてくれるところが別で必要だと考えられるのです。
それが心の拠り所となる「宗教」なのではないでしょうか。

宗教的要素が社会に必要だと言ってしまえばそれまでなのですが、具体的にどのような要素を備えるべきなのでしょうか。
そのヒントの一部は、過去のリベル短編本の『未進化な心の混乱 〜現代のコミュニティ生活のあり方を考える〜』にあるのではないかと考えています。
この短編本では、人類のどのような進化の歴史によって私たちの心が築かれてきたのかを紹介しています。
その上で、心を満たすための集団を「内」、生活の糧を得るための集団を「外」と定義し、それぞれの集団が備える要素を紹介しています。
この「内」の集団が、宗教的な要素を備えた集団と類似するところがあると考えられるのです。
今回は具体的な宗教的要素については深く言及できませんでしたが、今後のリベルの中で積極的に扱っていきたいと思っています。

〈参考文献〉
[1]リベル短編本『人々が仰いだ古墳 〜認められるリーダーになるために〜』https://liber.community/lookup-at-kofun/
[2]池上彰著(2014)『池上彰の教養のススメ』(日経BP)

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