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池袋で変なじじいに絡まれたお話

 こんにちは、こんばんは。
 一つ、お話を聞いてもらえますか?

 先日、久しぶりに池袋に行きました。
 池袋といえば、私の芥川賞候補になった小説『五つ数えれば三日月が』の舞台で、私にとってかなり思い入れのある場所です。
 小説の中で、二人の女性の主人公は池袋西口公園で周りの風景を漠然と眺めながらかき氷を食べ、そのあと近くのドン・キホーテで花火を買って、荒川へ向かいました。
 小説内の時間は2018年6月下旬、ちょうど池袋西口公園にあった噴水が撤去されて間もない頃でした。その撤去工事はもちろん東京オリンピックのための建設の一環で、小説内ではこの池袋西口公園の変貌は、東京、日本、そして時代がどんどん前へ前へと突き進んでいくことの象徴として置かれています。

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 小説の時間から2年が経ち、2020年7月、コロナ禍がなければ今ごろ日本中がオリンピックで賑わっていることでしょう。当然、池袋西口公園の工事も終わり、今や立派な「グローバルリング・シアター」として生まれ変わっています

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 公園の縁に立ち、その真新しい景色を心に留めようと広場を眺めながら、私は暫く感慨に耽っていました。と、その時のことでした。
 隣にいつの間にか知らないおじいさんがいて、何やらぼそぼそとつぶやいている。おじいさんは総白髪で、ぼろぼろの服を着ていて、両手に何かの荷物を持っている。何のことかな、と思いながら私がそそくさとその場を離れようとすると、背後からいきなり、

「バカ! 人の話を聞けや、バカ!」

 と、罵声が飛んできました。

 ああ、今のつぶやきって私に話しかけているつもりだったのか、全く赤の他人である私に、これはナンパか何か? と思ったのと同時に、「バカ」と罵られて当然いい気はせず、
「聞こえなかったよ」
 と言い返しました。すると、

「人の話を聞け! バカ! 死ね!」

 と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し、しかし声がかなり大きくなったので私もかっとして、
「生きてるもん!」
 と叫び返しました。それでも更に大きな声で「バカ! 死ね!」と背後で喚いているので、私は彼に背を向けたまま中指を立てながら、その場を離れました。

 ここまで読んで、あなたはどう思いますか?

「挑発なんてせず、さっさと離れればいいのに」
「向こうは背後から襲ってくる可能性があるから、中指を立てるという挑発は危険すぎる」
「こんな挑発をしたのだから、攻撃されて怪我しても自己責任だ」

 と、思う人方もいるかもしれませんが、もうちょっと話を聞いてください。

 どんなに肝が据わっていても私は女性で、状況を全く考えず男相手に挑発する勇気なんてありません。「バカ」「死ね」と罵られても全く戦う姿勢を示さずに逃げてしまうというのは性に合わないけれど、実際に行動に出られたのは、

 ①夜とはいえそこは池袋西口公園で、周りはまあまあ明るく、しかも人が多い
 ②相手は老人で、体力の面では私は必ずしも負けていない
 ③私の手元にはいざという時に自衛用の武器になれそうなものがある
 ④すぐ近くに見回りの警備員がいる

 というその場の状況から、相手が逆上して無闇に襲いかかってくる可能性が低いと判断したためです。
 実際、相手は襲いかかってきたりしませんでした。

 しかし、仮に私の判断が全て誤り、相手が襲いかかってきて、そのため私が怪我をしたとしたら、それは本当に「自己責任」なのでしょうか。

 そもそも、世の中のある種の男は、自分には全く知らない女に話しかける権利があり、女はそれに応答する義務があると思い込んでいること、そのことの方が遥かに問題なのではないでしょうか。

 ナンパという行為を全否定しようというわけではありません。私の知り合いの女性の中には六本木でナンパされてその相手と付き合い結婚し子供まで生んで幸せそうに暮らしている人がいます。出会いのきっかけの一つとしてはありでしょう。
 しかし、話しかけて(そもそも人に聞こえるような声量ではなかったしね)無視されたからといって、「バカ」「死ね」と罵るのは、本当に何様のつもりだよ、と、そう思いません?

 それでも、こんな「何様のつもりだよ」な男たちはこの社会に実在していて、彼らの存在に怯えて多くの女性は一人で夜道を歩くのを恐れ、そのため夜遊びを諦めたり帰宅時間を早めたり治安が悪いと思われる場所を避けたりと、実に多くの自由を自ら放棄せざるを得ない、というのが現状です。
 そんな自由を放棄しようとせず、侮辱に立ち向かおうとする女性が傷付けられた時に、社会は彼女たちにこう言います。「自己責任だ」と。

 私はネットで見かけた、女子高生がナンパ男に暴行された事件を思い出しました。35歳の男と10代の女子高生という歴然とした力の差があるこの事件でさえ、女子高生を批判する意見が散見されるのです。

https://www.topics.or.jp/articles/-/377083

 勘違いしないでほしい。誰にも邪魔されず、安全を脅かされることなく夜の街を闊歩するというのが私たちの人間としての、ごくごく当たり前の権利です。自分が飼っているペットか何かみたいに軽々しく話しかけないでほしい。いや、話しかけてもいいけど、無視されるのが当たり前だと思ってほしい、「キモイ」と言われてもまあそうだよなと鼻を軽くひっかいて次に当たってみよう、くらいの心の余裕がなければナンパなんてやめた方がいいでしょう。その辺、新宿辺りのナンパ師に見習ってみてはいかがでしょうか、変なじじいや、35歳の暴力男よ。

 ちなみに私のその後はといえば、身体的には無事だったし心理的にも一矢報いたという快感を得てまあまあ健康的だったが、それでも様変わりした池袋の風景を眺めながら物思いに耽る気持ちが台無しになってしまいました。とてつもなく大きな損失です。私は作家で、このことをエッセイのネタにできるというのがせめての救いなのですが。


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