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ちょっとばかし新宿二丁目の話をしませんか?

「新宿二丁目」という言葉を目にしたとき、あなたは何を思い浮かべますか?

 雑居ビルに潜むゲイバー?
 オネエ言葉を操る毒舌のオカマ?
 ハッテン場で人目を盗んで情交を結ぶ男たち? ネオン煌めくゲイの繁華街?

 これまでの文学作品において「新宿二丁目」という場所が登場すると、おおむねそういうイメージになるかもしれません。そんな固定観念も部分的には真実でしょう。
 あなたは新宿二丁目に行ったことがあるかもしれませんし、ないかもしれません。どちらにしても、0.1平方キロメートルしかないのこの小さな街に、400軒を超えるセクシュアル・マイノリティのバーやクラブが集まっているという事実を知っていれば、あなたはこの街の特異性を認めざるを得ないはずです。
 そんな特別な街は、世界を見渡しても日本にしかないのです。

 そして、この400軒の店のうち、ゲイ向けの店、あるいはゲイが主体の店が、300軒を超えています。レズビアンやバイセクシュアルの女性を主な客層としている店は、約20軒しかありません
「新宿二丁目=ゲイの街=ゲイタウン」というイメージも、そこから来ているのでしょう。

 しかし、それだけではありません。それだけでは、この街の全貌にはなりません。

 人数が少なくても、声が小さくても、この街に集まり、瞬間的に人生を交差させてからまた散じていく女たちは、歴然と存在しているのです。
 この女たちは、同性愛者かもしれないし、異性愛者かもしれないし、どちらでもないかもしれません。日本人かもしれないし、台湾人かもしれないし、どちらでもないかもしれません。いわゆる健常者なのかもしれないし、何かしらの障碍を抱えているかもしれません。生まれた時からずっと女である人もいるし、そうでない人もいるかもしれません。
 この女たちは、出会いを求めてこの街を訪れているかもしれないし、友人を訪ねに来ているかもしれないし、もっと別の何かを追い求めているのかもしれません。この街を居場所として頻繁に通っている人もいるかもしれないし、心からそう思えない人もいるかもしれません。

 そしてあなたもご存知かもしれませんが、「ゲイタウン」になる前に、新宿二丁目は遊廓、赤線、青線だったのです。
 ほんの90年前、新宿二丁目にあった「新宿遊廓」は、関東大震災で大きな被害を受けた「吉原遊郭」などを超えて大繁盛しました。
 太平洋戦争中に「東京山手大空襲」で焼け野原と化するも、戦後には赤線・青線として復活しました。
 つまり、今日同性愛者を主体とする「ゲイタウン・新宿二丁目」は、かつては異性愛者を主体とする「売春地帯」だったのです。

「ゲイタウン」「ハッテン場」「オカマ」「ゲイバー」といったこれまでの固定観念では到底語り切れないほど、新宿二丁目という街は多様な人間と豊かな歴史、そして物語に溢れているのです。
 そんな物語を、私は小説にしました。『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)です。

 これまでの「新宿二丁目=ゲイ=男性同性愛者」といった固定観念とは違い、ポラリスが降り注ぐ夜』は、新宿二丁目という街を訪れる、様々な女たちの物語です。
 国籍も、世代も、操る言葉も、セクシュアリティも、これまでの経歴も大いに違う彼女たちは、この街にある「ポラリス」というレズビアンバーで人生を交差させ、瞬間的な輝きを放ち、そして夜明けとともに去っていく。そんな物語です。
 断言しよう、この小説は「どうせ流行りのLGBT」「今さらジェンダーとかもう飽きた」といった思考停止の感想を遥かにしのぐ力を内包しています。

 この小説は、夜空に輝く北斗七星のように、「日暮れ」から「夜明け」までの7つの物語で構成されています。
 これまで李琴峰の小説を読んできた人も、初めて李琴峰の小説を読む人も楽しめることを保証します。今まで見たことのない風景、考えたことのない世界が広がるはずです。
 改稿を含めて1年以上かけて書き上げたこの小説の値段は、たった1600円(税抜)です。飲み会の半分くらいの値段です。行きたくもない飲み会を1つ断って、代わりにこの小説を買えば、お釣りが出ます。
 流行り病がはびこる中、家で本を読むのが一番安全なので、防疫対策にもなります。

 ここまで読んでも、なお本書を手に取るべきかどうか迷っているあなたのために、判断材料をいくつかご提供しましょう。

■『ポラリスが降り注ぐ夜』書評

■「新宿二丁目」関連エッセイ

 願はくは、ポラリスの光があなたにも降り注ぎますように。そしていつか、この煌めく街であなたと出会えますように。

書くためには生きる必要があり、生きるためにはお金が必要になってきます。投げ銭・サポートは、書物とともに大切な創作の源泉になります。