ある夢

ある夢

 ある夢を見た。

 夢の中で、私は教室の中にいた。

 台湾と中国の戦争が始まった。

 その情報を持ち帰ってきたのは校内放送で呼び出された学級委員だった。彼によれば、男女問わず学生全員が戦争に参加しなければならない、という国の通達があったらしい。女子には二種類の役割が与えられる。男子と同様に武器を持って敵に肉薄して戦うか、人体砲弾になるかのどちらかだ。

 人体砲弾、つまりは人間を砲弾として発射するのだ。消耗品だ。

 学級委員が女子の役割分担リストを朗々と読み上げた。私は前者だった。夢の中で私は胸を撫で下ろしたが、人体砲弾に選ばれた女子達を見ると、誰一人悲しんだり怖がったりする様子を見せなかった。戦場で散ることこそ本望だ、と凛とした態度を取る人もいれば、普段と変わりなく笑ってはしゃぐ人もいた。

 本当は、私達のクラスはあと数か月で卒業する予定だった。卒業さえすれば、戦争のために身命を捧げよなんて命じられることも無い。よりにもよって戦争は卒業寸前に始まったのだ。そのせいで私達の日常は崩壊した。

 学校は更に、参戦の決意と愛国心を表明するためにクラスごとに出し物を用意し、全校生徒集会の時に見せよと命じた。

 夢は次の場面へ転換した。全校生徒は朝礼時のように、クラス単位で校庭に集合していた。順番が回ってくるクラスは前方に出て、全校生徒の前で出し物をやることになっていた。

 戦争に参加したがらないクラスもあった。戦争反対の意志を表明するために、彼等は朝礼台の前で様々な方法で自決した。朝礼台の前は瞬く間に血塗れになった。それでも会は続いていた。朝礼台に立っていた先生は全く気にする様子が無く、戦争に行けない軟弱なやつを淘汰するのもこの出し物大会の目的の一つだ、と言わんばかりだった。

 あるクラスはなぞなぞ大会を企画した。集会に参加しているクラスが一つずつ問題を出して次のクラスに答えさせる、というものだった。次のクラスが答えられないような問題を出題できたクラスは高い評価を得られ、問題に答えられなかった場合はクラス丸ごとその場で殲滅されることになる。

 私達のクラスが出題する番だった。前に立っている男子生徒が出題した。漢字は全部で幾つあるか、という問題だった。

 隣のクラスから一人、痩せ細った男子生徒が前に出て質問に答えた。彼は歴代様々な韻書・字書のデータを引用しながら、これ以上無いほどに完璧な答えを出した。お蔭で彼のクラスは死亡を免れた。

 ところが彼はいきなり滔々と演説を始めた。自分は決してこんな不条理な戦争には参加したくない、と表明し、そしてその場で自決した。

 彼の演説に突き動かされ、多くの生徒は彼を見倣って、参戦を回避するために自決を遂げた。鮮血は噴水の如く高々と噴き上がった。私もまた彼に共感し、立ち上がって何故か手に持っていたナイフで首を切ろうとした。

 そこで夢は突如終わった。

 日本に来た二〇一三年の最後の日に見た夢だった。夢の真意は今でも分からない。

(『文學界』2018年8月号掲載)

書くためには生きる必要があり、生きるためにはお金が必要になってきます。投げ銭・サポートは、書物とともに大切な創作の源泉になります。