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【記者会見】緊急声明に4438名の賛同「LGBT理解増進法はいらない、求めているのは差別禁止」

5月6日(木)11時に「LGBTQがいじめ・差別から守られる法律を求める緊急声明」についての記者会見を行いました。

「緊急声明」を5月2日(日)に出してから4日間で【4438名】の賛同をいただきました。賛同人に加わっていただいたみなさま、本当にありがとうございます。

記者会見では、緊急声明について、また、現在与野党間で審議されているLGBTQをめぐる法案について、「性的指向や性自認に関する差別的取り扱いの禁止を規定すべきだ」とするさまざまな立場の方から発言をしました。

以下、発言の要旨をまとめます。

※以下、TBSのYouTubeで、記者会見の映像【全編】をご覧いただけます。

「信号機」がない状態

まず、冒頭呼びかけ人の一人である一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣より、自民党が提案している「LGBT理解増進法案」の懸念点や緊急声明を出した経緯について話しました。

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現在、LGBTQをめぐる法案について与野党協議が行われ、今週が大詰めと言われています。すでに野党は「LGBT差別解消法案」を2度にわたり国会に提出していますが、今回、自民党が「LGBT理解増進法案」を今国会提出の方針で調整しています。「議員立法」での成立を目指すとしており、これは全会一致が原則と言われています。

差別をなくすためには、性的指向や性自認に関する「差別的取り扱いをしてはいけない」という基本的なルールを示すことが重要ですが、自民党は差別の禁止ではなく「理解の増進」にとどめようとしています。

この「理解増進」は、一見聞こえは良いですが、実際には性的マイノリティが差別から守られることはなく、昨今広がっている性的マイノリティに関する世の中の動き後退させる危険性すらある内容です。

懸念としては大きく3つあると考えています。

一つは差別を放置する懸念です。

例えば「トランスジェンダーであると伝えると10社連続で採用選考から落とされた」「『同性愛が他の生徒にうつる』とクラスから追い出された」といった差別的取り扱いが実際に起きています。

連合の調査によると、LGBTが身近にいるという人のうち、こうした差別的取り扱いを受けたり見聞きしたりした人が約4割にのぼっています。

すでに障害者差別解消法や男女雇用機会均等法でも示されているように「差別的取り扱いをしてはならない」という規定がなければ、実際にこうした差別の被害を受けても守られません。「理解がなくて残念でしたね」と当事者は泣き寝入りせざるをえなくなります。

二つ目は、同性婚やパートナーシップ制度の導入を阻害する懸念です。

理解増進法では、そもそも「理解」とは何かが示されていません。このままの内容では、今後同性婚の法制化やパートナーシップ制度の導入に対し、いつまで経っても「社会の理解が足りない」「理解を広げることが先」など、言い訳としてこの法律が使われ続ける可能性があります。

さらに、地方自治体はこの法律をベースにさまざまな施策を進めていきます。その際、自民党にとって都合の悪い「理解」は取り入れることができず、例えば同性婚という文字を啓発パンフレットに入れられなくなったり、さらには教育や労働、医療の現場の取り組みも制限されてしまう懸念があります。

三つ目は、トランスジェンダーへのバッシングを広げる懸念です。

自民党で開催された複数の会合で、トランスジェンダー女性に対するバッシングが行われています。海外のトランスジェンダー女性の写真を資料として提示し、「グロテスク」などという言葉も使い、トランスジェンダー女性の実態を無視した、あまりに差別的な発言がされています。

このような認識のもと「理解」を広げる法律をつくるというのは、トランスジェンダーに対するバッシングを助長しかねません。

いま日本では、性的マイノリティに関する差別をしてはいけないという基本的な姿勢すら示されていません。

これは「信号機」がない状態だと言えると思います。性的マイノリティの多くがカミングアウトしていません。カミングアウトすると突然不当な差別的扱いという交通事故にあってしまうからです。

このまま理解増進法ができてしまうと、もし事故にあっても、「それは理解がなかったから仕方ないね」「あなたの受け取り方の問題だよ」「考えすぎじゃないか」と言われ、当事者は守られません。加害してしまう側も何が赤信号なのかわからない状況なのです。

法律で「差別的取り扱いはしてはいけない」と赤信号をつくることで、差別を受けてしまった人を守り、差別を未然に防ぐことができると思います。

私たちは今国会での早急な法整備を求めています。しかし、このままの内容では法律がない方がマシということになりかねません。

2019年に行われた全国意識調査では、性的マイノリティに対するいじめや差別を禁止する法律に対し、約9割の人が賛成しています。

求めているのは「かわいそうな人を理解してあげましょう」ではなく、性的マイノリティもそうでない人も「平等」に扱ってほしいということです。

いま明らかにそうなっていない現実があります。だからこそ、性的指向や性自認に関する差別的取り扱いの禁止を明記し、性的マイノリティがいじめや差別から守られるための法律の整備を求めます。

トランスジェンダー当事者を救う法律を

続いて、Rainbow Tokyo 北区代表の時枝穂さんが発言しました。

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私はトランスジェンダー女性の当事者です。出生時は男性として生まれ、女性として暮らしています。

多くのトランスジェンダーの当事者が自認する性で暮らしたり、自分らしく働くことができていないと感じています。

私も職場でトランスジェンダー女性であることを伝えて、女性として扱ってほしいと言うと、会社は「余計な問題を起こさないでほしい」「迷惑をかけないでほしい」と言われたことがあります。

例えば男性用のロッカーを使用したくないと言っても、戸籍に準じて強制的に男性のものを使わされました。「くん」づけで名前を呼ばれたり「からだの構造はどうなってるのか」など、いちいち他の人がいるところでそうしたことを言われたこともあります。これは私だけでなく、いろいろな当事者からも声が寄せられています。

当事者の中には、いじめや偏見により職場で安心して働くことができず、うつになったり休職したり、退職に追い込まれるケースが少なくありません。

トランスジェンダーの当事者は、ホルモン注射をしたり自認する性に容姿を少しでも近づけようとしたりしますが、金銭的な理由や社会の偏見などから治療を断念するケースもあります。

「理解増進法」を進めるアドバイザーの勉強会に参加しましたが、著しくトランスジェンダーの人権や尊厳を傷つける発言がありました。

一人でも多くのトランスジェンダー当事者を救う法律が作られることを望みます。

明確なルールがないから人権の侵害だと言えない

続いて、一般社団法人こどまっぷ代表の長村さと子さんが発言

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家族の形が多様化していますが、日本ではまだまだ根強い伝統的な家族観があります。父がいて、母がいて、そこに子どもが産まれるのが自然。そうでないものは、不自然であるというようなものです。

私の友人に、トランスジェンダーの男性で、女性と結婚した方がいます。彼が子どもが欲しいと婚姻した夫婦が受けられる認定の病院に相談したところ、「自分の体を傷つけてはいけない」などと言われ、その結果、配偶者の方が子どもを持つための生殖医療を受けることができませんでした。

また、他のトランスジェンダー夫婦の友人が、他の病院で子どもについて相談をしに行ったところ、「トランスの人とどうやって性的関係を結んでいるのか」「そもそもトランスの人は精神を病むことが多い」など、不安があるなか受診した病院で、実際の治療とは無関係の質問をされ、結果受診を考えさせてくれと言われ、とても傷ついた方もいます。

私自身も、20代の頃に勤めた飲食店でレズビアンであることをアウティングされ、職場全員に知られてしまいました。その当時、男性のみが請け負っていた肉体的にハードなポジションに配置換えをされ、レズビアンであることを気持ち悪いと言われ、常に酒の席でネタにされていました。数年勤めた結果、自分一人だけ昇給もしてもらえないという差別的な扱いを受けました。

亡くなった父の葬儀では、私の同性のパートナーが「なぜ親族の席に座っているのか」と親戚に言われるなど不当な扱いを受けたこともあります

差別は、すぐ目の前にあります。けれども、差別を受けた時には、ショックを受け、傷ついて、すぐには差別的な扱いをされたことに気付けなかったりします。

そして、気づいたとしても、明確なルールがないので、それが人権の侵害であると、私自身も言えなかったです。

活動をしていると「LGBTQの人が子どもを持つなんて、子どもがかわいそう」だという人もいます。「いじめられるから子どもを持つべきではない」という人もいます。

差別が許される社会では、子を持つ選択肢すらジャッジされ、生まれてきた子どもが嫌な思いをすることにつながることもあるでしょう。でもそれは、差別をする側の問題であって、セクシュアルマイノリティの親を持つその子どもの問題ではありません。

現在こどまっぷで行っている、LGBTQで子どもがいる、または欲しい人に向けたアンケートの途中経過でも、子どもを持つこと、また子育てにおいて不安なことの中で、「法的制度が整備されていない」「社会の偏見や無知」と答えた方が全体の70%以上、「子どもがいじめにあうかもしれない」という人が60%いました。

「嫌い」という感情は、誰しもが持っている感情です。人は皆違いますが、全ての人がそれぞれの違いを理解して受け入れるということ、考え方を変えるというのは完全には難しいことだと思います。

けれども、その感情を理由に、相手の権利を侵害したり、暴力をふるったりすることは許されません。しかし、残念ながら「差別的取り扱いをしてはいけない」という決まりを作らなければ、そうした差別をなくすことができません。

何をしてはいけないのか明確に、ルールを作ることが、理解を広げていく前提として必要です。私はLGBTQの人々に対する差別的取り扱いを明確に禁止する法律を望みます。

このまま法律を通すことに反対

続いて、明治大学法学部教授の鈴木賢さんが発言

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私は「LGBT理解増進法」なるものの、この法律ではダメな理由を3つあげたいと思います。

まず第一に「法の目的」が適切ではありません。LGBT理解増進法の目的には「性的指向および性同一性の多様性を受け入れる精神の涵養(かんよう)並びに性的指向及び性同一性の多様性に寛容な社会の実現に資することを目的とすること」と書かれています。

この法律に唯一意義があるとすれば、性の問題を私的空間から引き出して政治化したことですが、あまりに不十分だと言えます。

「寛容な社会の実現」と言いますが、これは「落ち度があるけどおおめに見る」ということです。しかし私たちには過失もなければ落ち度もありません。単に平等な権利を求めているだけで、おおめにみてもらいたいのではないのです。なので「寛容な社会の実現」と、そんなのはいらないと言いたいと思います。

当事者の法的権利を保障する法律をつくるべきです。法的主体性の確立、これが必要です。ところが、LGBT理解増進法では、「LGBTQ」は客体なんです。法の主体ではありません。

多様性を受け入れる「精神の涵養」では権利は保障されません。権利保障の前提としての「理解の増進」は不要不急だと思います。理解増進はゆっくりやってくださって結構です。重要なのは、平等な人間として承認すること、それだけです。「(性的マイノリティも同じ)人間だ」「だから平等」「だから差別はいけないんだ」ということなんです。

二つ目、「法の性格」建て付けが適切ではないと思います。理解増進法は「啓発促進法」になっています。必要なのはそれではなく、差別の被害を受けた時に訴えられる根拠、「救済を求めるための武器」を与える法律です。

権利の侵害、差別の被害を受けたときに、当事者を救済する手段や仕組み、どういう手続で被害を回復できるのか。そういった仕組みが理解増進法には何も書かれていません。この法律は当事者不在の法律です。外国のLGBT差別禁止法というのは、救済の手続が記載されています。

三つ目、LGBTQにかかわる法で重要なのは、異性愛やシスジェンダーだけが”正常”だとする規範をやめること。そういう法律でないと意味がありません。

「婚姻の差別をやめる」ことは、いの一番だと思っています。まず最初に民法を改正して、婚姻の差別をやめることが大きなメッセージになります。それができなくても、それに至る道筋をつけないといけない。差別やスティグマを貼ることをやめるための法律が必要です。

しかし、残念ながら理解増進法はこうした建て付けになっていません。ですから、私たちはこの法律ができたとしても、たいした変化はないだろうし、むしろ同性婚を法制化しない理由にされてしまう懸念があります。このままこの法律を通すことは断固反対です。

理解はあとからついてくる

続いて、トランスジェンダー活動家の畑野とまとさんが発言。

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私からは「とにかく理解増進法はいらない」というお話しをさせていただきます。

理解というのは「後からついてくるもの」であって、人権が認められて、その状況が続くことで社会の理解を得ていくということになると思います。

なぜ今、この法律が取り立たされているかというと、オリンピックの関連で、五輪憲章のなかに「LGBT差別をしてはいけない」と書かれているからです。男女平等の話も同様ですよね。

でも、森発言からもわかる通り、今年2021年で、本来はオリンピックが”終わっている年”であるにもかかわらず、男女差別すらあるような状態です。

日本には「差別の禁止」が憲法に書いてあるわけです。だから大前提として、差別を禁止しないといけければいけません。「国民の理解が得られていないから、あなたたちの人権は認められませんよ」と、そんなような理屈が通る国はたぶん日本以外ないと思います。

差別禁止法は世界中多くの国で採用されていますが、理解増進法というような法律、国民に理解を得られるために法律をつくっている国はないと思います。

フランスで同性婚の話が出たときに、警察発表で7万人くらいの同性婚に反対するかなり大規模のデモがおきました。でも、フランスは同性婚を認め、それから何年か経って、そのような大きなデモが行われることはなくなりました。

権利が一般化して、理解はその後からついてくると思います。どこの国でも当たり前のことです。理解のために法律はいりません。

後退させる内容なら、法律はないほうが良い

続いて、NPO法人キッズドアの渡辺由美子さんが発言。

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普段は貧困や低所得家庭のお子さんに対する学習塾や居場所を行っています。年間2000人くらいのお子さんを見ていますが、当然その中に(LGBTQのお子さんも)いらっしゃるわけです。

でも、学校の中でも、ご家庭でもうまくいかないことが多く、どこにも行くところがなくて、と。自傷傾向があったり、子どもがどんどん減っている中で、一人ひとりがのびのびと生きられることが重要な時代に、辛い思いをしなければいけない。

今回の法律の内容が、(世の中の動きを)逆に後退させるということを聞いた時に「とんでもないな」と思いました。

差別をなくすことは、もちろんLGBTだけでなく、例えば外国にルーツのあるお子さんや、経済状況などによっていじめられやすい子などもそうです。子どもたちを苦しめている、差別をなくす動きを積極的に進めていかないと間に合わなくなります。

法律を作るんだったら「差別をなくす」ということをぜひ言っていただいて、子どもたちが安心して学校に通えたり、日々を過ごせるようになってほしいし、そうではなく「後退」させる内容なのであれば、法律はないほうが良いと思います。

なんで差別が禁止なのか考えるところから「理解」がはじまる

続いて、エッセイストの小島慶子さんが発言。

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私は、今回の理解増進法について知ったときに、とても驚きました。なぜかというと、例えば、皆さんが「あなたがあなたであること」を理由につらいいじめ被害を受けているとします。

あまりにつらく、校長先生や、職場だと上長に「このいじめがつらいです、助けてください」と言いに行ったら、「わかりました、じゃあみんなにあなたのことを理解してあげるよう言ってあげるからね」と言われて、あなたは安心できるでしょうか。これは何の救済にもなりません。

もし自分がその立場になったらということをぜひ想像してほしいと思います。名前が「理解増進法」なので、一見「いいじゃないか」と思うかもしれないけれど、もし自分がほんとうに追い詰められて、生きるのが辛いときに、これは救済になるか。ならないですよね。

「いじめをやめさせてください」とお願いしているのだから「そうだね、いじめは絶対だめだね」とはっきり示すことで、はじめて安心できますよね。

「差別はしてはいけません」と言うことが必要なんです。「差別を禁止しましょう」とはっきり謳わず、「理解を増進しましょう」という案が出てきたことに驚きました。

当たり前ですが、日本では法の下に平等だと憲法に書かれていますよね。そうであるにもかかわらず、平等に扱われず、生きていくのがつらいと思っている人がいることがわかっています。しかも、性的マイノリティに関するいじめや差別を禁止する法律への賛成が9割ほどもいる。

そうであれば「平等」であるにもかかわらず、なお苛烈ないじめや差別、不平等な扱いを受けるひとがいる現状に対して、何が足りないのか。それは明らかですよね。「差別はいけません」とはっきりルールか示すことです。

どうしても理解したくない・理解できないという人たちが、この社会に一定数居続けてもなお、その人がたちが性的マイノリティに対し差別できないようにするルールが、唯一欠けているわけですね。

なので、まず差別はしていけないというルールを作る。そうすると「なぜルールができたのか」をきっと考えると思います。「自分は性的マイノリティを受け入れることができないのに、なんで差別をしてはいけないという法律ができたのだろう」と。そこが理解のはじまりです。

自分は受けれられないのに、なぜルールができたのか。そこから考え始めるのが本当の意味で、自分と異なる人と一緒に生きていくための理解の第一歩なんです。

まず差別を禁止した上で、そのあと理解増進だとか、知識の周知があるべき順番ではないかと思います。こうした理由から、私は今回、理解増進ではなく「差別の禁止」を求める場でお話ししようと思いました。

なぜLGBTQへの差別禁止を躊躇するのか

続いて、アートユニット・キュンチョメのホンマエリさんが発言。

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私は去年、表現の現場におけるハラスメントやジェンダーバランスの実態調査を行う「表現の現場調査団」を立ち上げました。その中でアンケート調査を行ったのですが、やはり表現の現場でも、LGBTQの人々に対する差別やハラスメントが起きていることがわかりました。

「理解を広げて、いずれ(差別を禁止する)制度を作ろう」ではなくて、「制度をつくることで理解を深めていくこと」が必要です。本当の基礎となる部分が「差別の禁止」を明言することです。

例えば、世界人権宣言には「すべてのひとは生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利において平等である」と書かれています。日本国憲法にも「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と書かれているんですね。なのになぜ今、LGBTQへの差別を禁止するということに躊躇するのでしょうか。

いま本当に、毎日、特定の人が属性を理由に差別されている現状があるのに、それを放置して良いはずがないんですね。理解して、いずれそのうちなんとかしようと思っている間に、傷ついている人はどんどん増えていくんです。

だからこそ、いますぐ差別を禁止するべきです。私は、速やかな差別撤廃の法整備をすべきだと思います。

理解増進法では社会は変わらない

続いて、ヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗さんが発言。

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日本国憲法や多くの国際条約で、日本は国として人権を守ることを約束しています。人権の一番の基本が「差別禁止」です。

人種や性別、宗教などと並び、「性的指向や性自認」に関する差別の禁止、これは日本はもちろん、世界中で人権を守る国家であれば、いの一番で取り組むことが義務になっています。

国連でも性的指向等による差別や暴力等の禁止の決議があり、日本はこれに賛成しています。これは、日本も国として差別の禁止をしていくことが義務であると宣言しているということです。

もちろん差別の禁止は今すぐ、むしろもっと過去にやるべきだったことだと思います。

ヒューマン・ライツ・ウォッチでは、LGBTの子どものいじめ全国調査をしました。トランスジェンダーに絞った調査も行っています。

この約10年で、LGBTに対する理解は広がっていますが、しかし、いじめや差別の実態はまだまだ苛烈なものがあります。特につらい思いをしている子どもたちの声も聞いてきました。

この社会を変えるためには、残念ながら「理解しろ」といってすぐに理解が広がるものではないんですね。だから「どういう行動をしてはいけないのか」というルールを定めることで、理解を広げていくのが一番の早道ですし、今苦しんでいる子どもや大人を救う方法だと思います。

理解増進法は、基本的に国や自治体に責務をかす法律ですが、非常に漠然としています。企業や学校などが行動を変える必要がない規定になっているんですね。国や自治体がLGBTの人たちを理解するための施策の方向性を示してはいますが、具体的なルールは変わらないんです。

なので、例えば企業の人事の方から「この法律が通ったら、我々は何かしないといけないことがありますか?」と聞かれると、この法律にはあまりないという答えになってしまいます。なので、社会が変わる原動力には残念ながらなりません。

今さら「理解を増進する」ということを言っても社会は変わらなくて、今必要なのは「本当に苦しんでいる人を救う法律」だと思います。

男女雇用機会均等法では雇用差別の禁止が義務化されています。「女だから就職できない」「女だから昇進できない」といったことはダメというルールができて、20年が経りました。今でも不十分ですが、”理解”は随分が進んだと思います。

しかし、もし今、女性は昇進できないなどといった差別が禁止されていない社会に生きていたら、と本当に恐ろしいものがあります。今そういった社会に放置されているのが、LGBTの人々です。

遅きに失したところではありますが、五輪憲章でも開催都市としての「義務」ですので、今、差別を禁止する法整備をしなければいけないと思います。

誰のために法律をつくるのか

最後に、一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣より再度発言しました。

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私自身、性的マイノリティ当事者の友人を過去に自死で亡くしています。「あの時こうしたら良かったのか」など、いろいろ後悔しました。コロナ禍でも、人づてですが、すでに数人の性的マイノリティ当事者の自死を聞いています。

LGBTQではない人と比べて、自殺未遂の経験はLGBが約6倍、トランスジェンダーは約10倍にものぼっています。

この国では性的マイノリティへの差別はダメというルールすら示してもらえません。こんなことがあっていいのでしょうか。

緊急声明に対し、本当に多くの賛同をいただきました。ひとりひとりの名前を手作業で声明文に追加しました。中には肩書きのある方もいれば、そうでない個人もいます。高校生もいました。

本名を出せず、通称名で書いてくれた人もいます。LGBTQの多くがカミングアウトできない現状で、きっと賛同しようか悩んだのではないかと思います。そんなリスクを負ってでも、差別はあってはならないと、そう思う人たちの願いが伝わってくるように感じました。

国会議員の方々にはこの一人一人の現実が見えているのでしょうか。何のために、誰のために法律をつくるのでしょうか。

同時に、これは「かわいそうなマイノリティのことをわかってあげましょう」という問題ではなく、この社会を差別を温存し続ける社会にするのか、社会から差別をなくすのか、どんな社会をつくるのかというマジョリティの問題と言えます。

性的マイノリティはいないのではなく、見えていない。どんな人の周りにも、家族や友人、同僚、クラスメイト、どんなところにも存在します。大切な人が差別されない社会をつくるために、ぜひ自分ごととして考えてほしいと思います。

今国会で、性的指向や性自認に関する差別的取り扱いを禁止する、実効性のある法律を求めます。

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